家の4分の3はデッドスペース!? アメリカで起こる”小屋ブーム”ーー今小さな家が見直される理由

大きな車に家、そもそも食べきることが前提とされていない山盛りの食事ーーアメリカを訪れ、そのスケールの大きさに圧倒された経験を持つ人は多いはず。同国では長きに渡り大きければ大きいほど良いとする価値観が重んじられてきた。

しかし、近年そのような風潮に疑問を感じる人が増えているという。

2008年のリーマンショックなど社会に大きなインパクトを与えた事件は、それまで支配的だった「大は小を兼ねる」という価値観からアメリカ人が脱却するきっかけを与え、自身を取り巻く環境を見直す人が増えた。

そして、今敢えて「小さな小屋」に住み替える人が続出しており、小屋ブームともいえる状況が生まれている。本稿では同ブームを生み出した社会的背景と、小屋に住むことで得られるメリットについて考察する。

アメリカの家は必要以上の大きさだった

まず、”普通に”生きていくのは大変だ。世間で一般的とされる生き方ーー大学を出て、就職し、結婚し家を買う。子どもを産み育て、立派に成人させるーーを全部クリアしようとすると、それに伴う膨大なコストが発生する。

特にアメリカの高額な学費に頭を抱える人は多く、学生ローンに関する情報発信と学生へのサポートを行う「NITRO」によると、アメリカの学生の4人に1人はローンを借りており、その平均額は37,172USドル(約400万円)、多くの人が月平均393USドル(約42,000円)の支払いに追われているという。

また同国の国勢調査局によると、アメリカ人の月々の住宅ローンの支払いの中央値は1,030USドル(約11万円)だといい、大多数の人間はそれを完済するために働き続けるわけだ。

また、冒頭でも述べたようにアメリカの家は大きい。2017年時点で、1世帯向け戸建ての床面積中央値は2,631平方フィート(約134畳)で、この大きさは世界的にみてもトップクラスだ。

しかしUCLAが実施した調査によると、多くの人はキッチンとテレビのある部屋でのみ過ごすことが多く、リビングやポーチなど、その他の部屋はめったに使われていないケースが多いことがわかったのだという。

ジョージア大学でランドスケープ・アーキテクトの教鞭をとるソフィア・A・ハート氏によると、実際に使われているのは600~800平方フィート(約30~40畳)だというから、いかにスペースを持て余しているかがわかる。

これらの事情を鑑みると、人々が「無駄にデカい上に高額な家を買う意味は…?」という結論にたどりつくのも自然に思える。ダウンサイジングの末の小屋というのは、このような経済的理由から彼らが生き延びるための一つの方法だったのだ。


(画像)ライフスタイルを劇的に変える移動可能な小屋(Tiny House Nation公式Facebookページより)

小屋暮らし一番のアドバンテージは経済的メリット

アメリカで最初の小屋専門建設会社が登場したのが2000年代、そして一般より建物を小さくすることで建築コストを下げ、約400平方フィート(約20畳)の空間を効率的に利用し、量より質を体現した小屋がアメリカの多くの州に出現するようになった。

その数は年々増加傾向にあり、2017年には小屋の売り上げは前年より67%アップしたという。

そのタイプも小屋を建てて一拠点に定住するタイプから、キャビンや車輪付きの小屋で移動可能なタイプまで、その人のライフスタイルに合わせて柔軟に選ぶことができる。

そして約20畳の小屋の平均価格は46,300USドル(約500万円)とのことで、基礎費用の119,000USドル(約1,300万円)を合わせたとしても、依然として経済的な価格だ。多くの人が住宅ローンから解放されることになる。

小屋暮らしについての情報を発信するアメリカの人気ブログ「The Tiny Life」によると小屋の購入者の68%は住宅ローンを組まずに購入しており、55%は平均以上の貯蓄があるという。うち32%は退職後のために十分な貯金できているとも。

このように、小屋暮らしがもたらす経済的なメリットは大きい。

小屋暮らし=仕事にする者も

じわじわと規模を拡大していった小屋ブームをさらに加速させた要因として、メディアの影響も大きいだろう。

2014年にネットフリックスで放送開始された番組「Tiny House Nation」はリフォームの専門家が小屋暮らし希望者のもとを訪ね彼らの理想の小屋を作るという番組だが、本年ですでに5シーズン目に突入した人気番組となっている。


「Tiny House Nation」(ネットフリックスのスクリーンショット)

また、小屋暮らしの実践者でSNS上でそのミニマル且つスタイリッシュな暮らしぶりで世間を引き付けるインフルエンサ-も数多い。インスタグラムで「#tinyhouses」と検索してみると、120万枚以上の写真がヒットし、湖畔にたたずむ小屋から木の上に取り付けらえたものまで、見る者の興味をそそる。

人気ブログ「Tiny House Giant Adventure」を運営するジェナ・スぺサード氏は2013年に小屋暮らしをスタートさせた。

ジェナ氏は、当時は給料日から給料日までの綱渡り状態で未来もなかったと自身のブログで過去を振り返るが「ある時、自分の人生を変えようと思った。すべてをダウンサイズして、小さな家を建てた。そうすると自由が見えてきたの」と語る。

現在彼女は世界中を旅行しながら、自身のライフスタイルをブログやYoutube上で発信して生活している。このように働き方が多様化したことも、小屋暮らしというこれまでの”普通”から逸脱したライフスタイルを可能にした一つの理由だろう。


この小屋とともにアメリカ、カナダの30州以上を訪れたという(ジェナ氏のブログより)

環境に与える好影響も指摘

世界経済フォーラムがアメリカ国内で小屋暮らしをする80名を対象に調査したところ、平均より45%も環境に与える影響が少ないことがわかったという。これは家に使われる資材やそれらを運ぶエネルギーなどから、光熱費、水道代などのランニングコストまで含まれる。

特に、アメリカの多くの住居は家全体の空調を一括でコントロールするシステムであることが多いため、必要な部屋だけ空調を効かすというのが難しく、家全体をダウンサイズすることはエネルギーの大きな削減につながる。

また同調査が指摘する、興味深い別の影響もある。なんと小屋暮らしは環境へのインパクトのみならず、生活者のライフスタイルにも大きく関与しているのだという。

小屋暮らし実践者の開始前後の生活スタイルの変化を比べたところ、キッチンが狭くなったことで外食が増えたという声や、ごみを保管しておく場所がないのでリサイクルに積極的でなくなったなどネガティブな意見が一定数報告された一方で、約86%が生活が好転したと回答したという。

彼女らは、雨水を貯水して再利用したり、食べ物の地産地消をより心がけるようになったり、ごみ極力出さないエコな生活様式に開眼する者が多かったとも。

2019年はネットフリックスで近藤麻理恵氏のお片付け番組も放送開始し、アメリカでも空前の断捨離ブームが起こった。大きさを重視するこれまでの価値観へのカウンターカルチャーとして、小屋暮らしがもたらすシンプルライフは今後も人々を魅了するのではないだろうか。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit

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