ネットフリックス新たな施策とクリエイターたちからの批判

YouTube、ポッドキャスト、アマゾン・プライム・ビデオなどを視聴するとき再生速度を1.5倍速や2倍速にしている人は多いのではないだろうか。

かつて、サードパーティ・プラグインでしか実行できなかった再生速度の調整だが、いまではプラットフォームが独自に速度調整機能を導入しており、好きなスピードでデジタルコンテンツを視聴できるようになった。忙しいビジネスパーソンや学習量が多い学生に重宝されているはずだ。

世界的に見ても世の中の変化速度が上がるにつれ、コンテンツ消費において再生速度を上げるとうのは「新しい標準」になっている印象がある。YouTubeなどが独自に再生速度調整機能を追加したことが、そのことを物語っているといえるだろう。

この「再生速度調整」に関して、いま英語圏ではネットフリックスが物議を醸し注目を集めている。

ネットフリックスは、モバイルデバイスに再生速度調整機能を試験的に導入し、ユーザーの反応を調べている。ユーザーの好みの再生速度でコンテンツを視聴できるのだから、この施策に対しては好意的な反応が得られるかと思いきや厳しい批判を受けているのだ。

その批判はユーザーからではなく、コンテンツ制作者たちから浴びせられている。

映画というのは、オープンロールからエンドロールまでが1つの作品。ストーリーや音楽だけでなく、ストーリーの流れるスピードも製作者が意図を持って決めたものであり、それを変えてしまうのは邪道であるという批判だ。

多数のハリウッド映画に加えネットフリックスの連続ドラマ『Love』などを手掛けた著名プロデューサーのジャド・アパトー氏は、ネットフリックスの施策に対しツイッター(10月28日投稿)で批判。

世界中のディレクターや制作者に共闘を呼びかけ、ネットフリックスに対し再生速度調整機能の導入を取りやめるように求めている。2019年11月12日時点で、リツイートは3569回、Likesは3万4823回と反響は大きい。クリエイターサイドからの共感が得られているようだ。

一方、コメント欄では再生速度調整機能の利便性や需要の高まりを指摘する声もあり、賛否が入り混じった状況となっている。視聴者サイドからは、世の中の変化速度の加速にともなう必然の動きとのコメントや同じ時間で複数の作品が視聴できるとのコメントが散見される。

このほかスパイダーマンのディレクターやアントマンのディレクターに加え、『ブレイキング・バッド』の俳優アーロン・ポール氏などもツイッター上で批判を展開している。

グーグルChromeの拡張機能が示す「速度調整」需要の高まり

コンテンツ制作者サイドからの批判がこの先ネットフリックスの施策にどのような影響を及ぼすのかは分からないが、仮にネットフリックスが再生速度調整機能の導入を取りやめたとしても、ユーザーは何らかの方法で再生速度を調整することが可能であり、状況はあまり変わらないのかもしれない。

デジタルコンテンツの視聴速度調整への需要の高まりは、グーグルのウェブブラウザChromeの拡張機能の1つ「Video Speed Controller」のダウンロード数からも見て取ることができる。

この拡張機能、HTML5上で再生される動画コンテンツであれば再生速度を何倍にも速くすることが可能だ。10倍以上も可能だが、速度が410%を超えた時点から音声は消える。

ワシントン・ポストが伝えたところでは、2016年6月時点同拡張機能のダウンロード数は10万回ほどだった。この時点でも拡張機能のダウンロード数としてはかなり多い方といえるだろう。

それが2019年11月時点では、9倍以上となる91万回に達しているのだ。約3年半で80万回以上ダウンロードされたことになる。


Chromeの拡張機能「Video Speed Controller」

YouTubeやアマゾン・プライム・ビデオなどさまざまなコンテンツに利用できるが、これらのプラットフォームでは独自の速度調整機能が備えられている。現時点で同機能を有してないネットフリックス用にダウンロードしたというケースは少なくないはずだ。

エンタメ・学習デジタルコンテンツにおける視聴速度最適化の必然性

今回のネットフリックス施策への賛否は、コンテンツ消費や学習における「速度」の重要性に光をあてることになるかもしれない。

マスメディア時代の動画視聴はすべての人が同じコンテンツを同じ速度で視聴するというものだった。しかし、速度の感じ方は人それぞれ。ある人には速く感じるものでも、別の人には遅く感じてしまうことは多々あることだ。

速くすぎるとコンテンツ内容を理解できず、逆に遅すぎても集中力が切れてしまうなどの問題が発生する。本来なら速度のパーソナライズが必要になるはずなのだ。

「視聴速度」に関するさまざまな研究が実施されており、興味深い結果を示している。

1999年学術誌Psychological Sciencesに寄稿された論文では、被験者にスピーチコンテンツの視聴において再生速度調整の選択肢が与えられた場合、平均40〜50%速度を高めることが判明。

人のスピーチを聞く場合、1.4〜1.5倍速が最適であることが示唆された。また、若い世代ほど速度を上げる傾向が強いことも観察されたという。

同じく1999年に発表されたマイクロソフトによる実験では、動画コンテンツの速度を上げると、視聴者が退屈するのを防ぎ、動画へのエンゲージメントを高められる可能性が示唆された。速度が遅いと、視聴者の集中力が持続せず、エンゲージメントが下がってしまうという。

おそらく「最適な速度」というのは、時代や年齢層によって幾分差があると考えられる。

米国医科大学協会(AAMC)が2018年3月に発表したレポートでもおもしろい傾向が報告されている。

米国の各医科大学では「ほとんど講義に出席しなかった」という学生数が2015年比で5%増加したことが分かったのだ。講義に出席しない代わりに、自宅で講義動画を視聴するのだという。ある学校では出席率が非常に低く、ノーベル賞受賞者の講義ですら、ほぼ空席状態だったと伝えられている。

この講義動画を視聴するとき、医学生たちが行っているのが再生速度を2倍速にするということだ。リアルタイムで聞く講義のスピードは遅く、上記研究で示されたように集中力が持続しない。2倍速にすることで、集中力を維持しつつ、効率良く学習を進めることができるのだ。

これは医学生に限ったことではなく、デジタルネイティブと呼ばれる世代にとってはごく普通のことといえるだろう。

こうした世代がデジタルコンテンツの消費のあり方を形作っていくとすれば、映画やドラマ視聴においてもスピードアップというのは不可避のものになっていくのではないだろうか。

文:細谷元(Livit