2019年1月にノルウェー在住のコメディアンØrjan Burøe氏がインターネット上に投稿するやいなや爆発的な再生回数を記録した、ある動画をご存知だろうか。

それはBurøe氏が自身の子どもと一緒にディズニー映画「アナと雪の女王」に登場する王女・エルサのコスチュームに身をつけ、同映画のテーマ曲「Let It Go」に合わせてダンスをしているという内容。

この動画が多くの人々の関心を惹きつけたのは、小さな女の子がドレス姿で歌い踊るような、よく目にするタイプの動画だったからではない。ディズニープリンセスに扮していた投稿者と子どもが、共に男性だったからだ。

動画のコメント欄には「性別に関係なく素晴らしいものを楽しめるこの男の子は幸せ者」や「お父さんも一緒に楽しんでいて最高の親子」といった、称賛の声が相次いだ。

Burøe氏はこの動画を通して、性別に関係なく、子どもは何にでもなれるのだということを伝えたかったのだと、CBSのインタビューで語った。

実は、多くの子どもが三歳までに自分の性別を意識し、男の子は青色やトラックのおもちゃを好み、女の子はピンク色やおままごとを選ぶという。この事実は、いかに子どもの成長フェーズの早期でジェンダーバイアスが存在するかを示している。

そこで、教育業界は幼児・児童教育において積極的にジェンダー教育を取り入れることで、よりフラットな目線を持つ人格を形成できるとし、特に幼少期に出会うおもちゃは子どもたちのロールモデルとなり得ることから、選び方に慎重になるべきという風潮が強まっている。

またジェンダー教育が推進されている背景として、女性、もしくは男性どちらにも分類されないノンバイナリージェンダーの増加も挙げられる。

カリフォルニア大学が行った調査によると、同州の27%のティーンエージャーは自身の性を従来のカテゴリーに当てはまらないと認識しているという。

さらにZ世代の内81%は、人は性別によってカテゴライズされるべきではないと考えていることがJ. Walter Thompsonのマーケティンググループが実施した調査で明らかになった。

今後数が増えていくアルファ世代(2010年生まれ以降)の性に関する精密なデータはまだ存在しないが、これらの社会背景を踏まえると、今後より世間が性に対してより寛容になることを求められるのは明らかだ。

世界初となるジェンダー・ニュートラル人形

近年おもちゃ業界も、男女の間にあるギャップを取り壊そうとざまざまな試みに取り組んできた。アメリカの小売り大手ターゲットは2015年から性別でおもちゃの売り場を分けることを廃止し、同年、ディズニーも子ども向けのコスチュームから男児用・女児用といったラベルを撤廃した。

店頭にはピンク色のパッケージのレゴブロックや、白や黄色などジェンダーニュートラルな色を使用したおままごとセットなども見られ、徐々に男女の垣根は薄れつつある。

そして2019年9月、おもちゃ大手のマテルが性別に関係なく遊べる人形「Creatable World」のリリースを発表し、おもちゃ業界に新たな革命を起こした。

バービー人形で知られるマテルは、これまで、様々な肌の色、体系、髪質などダイバーシティを考慮した人形を発売してきた。

今回のCreatable Worldは、6種類の肌色とそれぞれ付け替え可能なロングとショートのウィッグ付きで、バービー人形のような長いまつげに胸のふくらみもなければ、彼女のボーイフレンド・ケンのような肩幅もなく、”7歳のこども”のようなストンとした体つきで、中性のイメージを持つ外見だ。

付属の洋服もフェイクレザージャケットやサーフパンツなど凝ったディテールのものが多く、組み合わせにより100通り以上の組み合わせが可能だといい、女の子のようにも、男の子のようにも、はたまたどちらのようにも、まさに思い通りのスタイルを作ることができるのだ。


Creatable World(同社公式Facebookページより)

「おもちゃはその時代の文化を反映するもの。世間がますます多様性を受け入れている中、我々も全ての子どもたちが自由に遊べる人形を作る時がきたと感じた」と語るのは、マテルのシニアバイスプレジデントを務めるキム・カルモン氏だ。

また、同社のモニカ・ドレガー氏は「世間には、本来子どもにとって特別な日であるべきであるクリスマスですら喜べない子たちもいるんです。なぜなら、ツリーの下に置かれるおもちゃは自分たちの気持ちに寄り添ったものでないと知っているからです。

Creatable Worldは、より多くの子どもたちが、人形遊びを通じて自由な自己表現をできるようにとデザインしました。弊社は、現在の子どもたちの価値観から遅れをとっていましたが、ようやく彼らの求めているものを届けることができました」とTIMEに語った。

同商品は既にアマゾン、ターゲットやウォルマートなど国内のメジャー小売り店で販売開始されており、アマゾンのレビューも約8割が五つ星レビューを残しているなど、スタートは好調だ。

コメントの内容も「素晴らしい」や「娘が欲しがっていたもの」などポジティブなものが圧倒的に多い。とはいえ、センシティブなテーマであるため、現在はオンラインのみの販売に留め、今後はLGBTQ+のインフルエンサーたちのフィードバックを得つつ、他の販路を見極めていくとのことだ。


本体のボディーは同じだが、髪と洋服の組み合わせでフェミニンにもマスキュリンにもなれる(マテル公式Facebookページより)

女の子に贈るSTEM教育キット

シリコンバレーのエンジニア、デビー・スターリング氏がクラウドファンディングサイト・キックスターターで2012年に始めたプロジェクト「GoldieBlox」は、女の子による、女の子のためのSTEM教育キットとしてママエンジニアや、子どもにモノづくりに対する興味を失ってほしくないと願う主にミレ二アル世代の子育て世代に人気だ。


GoldieBlox(同社公式Facebookページより)

CEOのスターリング氏自身がスタンフォード大学卒のエンジニアだが、彼女自身、子ども時代はエンジニア職はオタクっぽくてとっつきにくく、男の子のための職業だと考えていたという。

実際、彼女が同社を創業した当時、国内の女性エンジニア率はわずか11%にすぎなかったようだ。また多くの女の子がわずか8歳を境に理系科目から興味を失っていく事実を知り、その現状を変え、女の子にモノづくりの楽しさを教えるために「GoldieBlox」を創業したのだという。

ウェブサイトはパステルカラーを基調としており、商品もラメの入った化粧品を作れるキットから、匂い付きディフューザーを作るキット、雲の形をしたライトを作るものまでさまざまで、価格は25USドル(約2,700円)~30USドル(約3,200円)。

8歳以上を以上を対象とした、月一回のサブスクリプションサービスも提供している。


ユニコーン型の光るクッションなど、女の子の興味を引くモノづくりキットが満載(同社公式Webサイトより)

子どもの目線は本来フラットなもの

マテル社の行った調査で、子どもたちは性別によって区別されたおもちゃを求めているわけではないということが分かったという。

アルファ世代の子どもたちは手渡されたおもちゃが「誰に向けて」「どのように遊ぶ」ように作られたかなどの説明は必要とせず、ただ目の前にあるおもちゃに自分を適応させ、楽しく遊べる方法を見つけ出していたという。

さらに、心理学者の リサ・ダニエラ氏とエリカ・ウェイスグラム氏が行った調査では、子どもたちは車輪付きのおもちゃが白く塗られ、男の子用か女の子用かを示す情報がなかった場合、男女ともに同じ割合で遊ぶ姿が見られたという。

このことから、ダニエラ氏はおもちゃから性別に関する情報を取り除くことで幼少期における男女間の遊びをスムーズにするスキルを身に付けられると唱え、それは大人になってからの職場や家庭でのコミュニケーション力にも影響すると指摘している。

また、男女関係なく人形遊びを通して大人の家事や育児の真似事をすることで、将来それらの能力が必要となった際に大いに役立つとも述べている。

おもちゃとは子どもたちの想像力とコミュニケーション能力を自由に培うツールであるべきで、今後は性だけに関わらず、人種、文化など多様な価値観にあう選択肢をより充実させていく必要があるだろう。

もちろん、きらびやかな女の子のプリンセスも素敵だし、悪と戦う男の子のヒーローもかっこいい。しかし同じように、例えば、科学者を夢見る女の子や客室乗務員になりたい男の子の夢も尊重される社会を作り、あなたたちは何にでもなれるんだと伝え続けることが、我々の課題であると感じる。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit