自分が慣れ親しんだ地域・国での不自由ない暮らしも良いけれど、多くの人々はそこを飛び出し、刺激・癒やし・発見などを求めてなじみのない土地へ足を運ぶ。それは、国内の場合もあれば、国外の場合でもあるだろう。

いまや、海外・国外旅行をする人びとの数は世界全体で14億人にも上る(2018年の世界経済フォーラムの報告より)。今後この人数は増え続け、2030年には18億人もの人びとが海外旅行をするようになると予想されている。現在はモノよりもヒトの移動の方が活発になっているのである。

旅行・観光競争力ランキング

2019年9月、世界経済フォーラムは「旅行・観光競争力ランキング」を発表した。このランキングは「ビジネス環境」「安全性」「空港インフラ」「天然資源」「文化的資源」など、14のセクションから成り、総合指数を算出、それによって順位が決められるものだ。

世界の140カ国を対象とし、総合順位トップ10は以下のようになった。


(参照元:World Economic Forum)

1位 スペイン
2位 フランス
3位 ドイツ
4位 日本
5位 米国
6位 英国
7位 オーストラリア
8位 イタリア
9位 カナダ
10位 スイス

前回このランキングを発表したのは2017年であり、トップ10にランクインした10カ国はそのときから変動していない。また、5位米国と6位英国の順位が入れ替わった以外は、前回と同じ順位という結果になった。

まさに、これらの10カ国は揺るがぬ観光大国と言え、日本も栄えある4位にランクインしている。

不動の1位を誇るスペイン、その魅力とは?

2015年からランキング1位を獲得し続けているスペイン。今回のランキングのセクションにある「天然資源」と「文化的資源」、スペインはこの2つのコンビネーションの良さが突出しているという。

国内には、太陽光が燦々と降り注ぐビーチがあり、趣ある古い街並み、迫力のある歴史的建造物もあり、世界的に有名なイベントやお祭りも楽しめる。それが観光大国たる理由のひとつである。

セクション別のランキングでも、天然資源が3位、文化的資源が9位、さらにツーリスト・サービスの設備も9位と高い順位につけている。

その他にも、空港はもちろん、道路、鉄道、港などの交通手段も整っており、観光地のホテルの多さなど、多くのセクションで20位以内にランキングしており、全てが高水準である。

日本はアジアトップを独走、指摘される課題も

日本は、アジア・太平洋地域で最も競争力のある国との評価を受けている。

国内の観光・旅行市場だけでも十分な規模があり、近年は海外からの観光客数とそれによる収入も増加傾向だ。観光業への投資・キャンペーンを行っており、海外の観光客・ビジネス客に対してよりオープンな国になりつつある。それは日本に住む人々が一番肌で感じていることだろう。

独自の文化を育んできたため、多くの文化遺産・無形遺産を有し、それが高スコアにつながっている。さらに、スポーツイベントや国際会議の開催場所としての役割も担っている。

インフラ面では、空港はしっかり整備されていて、陸路の移動手段は世界1位を獲得するなど、総合4位に恥じない充実ぶりであろう。

しかし、課題が残されているのもまた事実だ。報告によれば、「恵まれた天然資源を利用する余地がまだ残されている」という。日本には絶滅危惧種が多くおり、それらの生息地を保護する活動をもっとすべきだという指摘だ。日本は環境保護へ協力的な姿勢を見せているため、持続的な社会を目指して向上することを期待されている。

また、低い購買力が原因となり「価格競争力」が113位となった。国内の不景気によるものであろうが、価格競争力の高さは魅力ある観光国の必須条件であるため、この点も向上が期待されている。

大人気観光地の光と影

多くの観光客が訪れれば、街に活気が溢れ、何より街の収入が増えるため、良いことばかりのように見える。

しかし、あまりにも多くの人が集まってしまったために、大混雑・大混乱が起こってしまう状態を指す「オーバーツーリズム」という言葉が生まれてしまった。この言葉は、2017年のランキングが発表された際に話題にあがったものである。

この理由として、ある観光地に一度に訪れることができる人数(Tourism Carrying Capacity)を管理側が正しく把握していないことがあげられる。

オーバーツーリズムを回避するための策として、閑散期の旅行を呼びかける、観光地に入る際に入場料を徴収することなどがあげられる。この入場料の徴収は、イタリアのヴェネツィアで実際に行われていることであり、ここでは大混雑を緩和するために、船のルート変更もされた。

スペインのバルセロナには、現地住民数を大きく上回る観光客が訪れている。それで引き起こされたのは大混雑だけではなかった。人気の土地がゆえ、住宅の競争率が高くなり、結果、それが家賃の高騰に拍車をかけているのだ。元々住んでいる住民も例外ではなく、彼らが不満を募らせることになってしまっている。

このようなことから、観光規約を決定する際は、住民の意見にも耳を傾けるべきではないか、という声も上がっている。

私たちの自然を汚さないで。住民たちの叫び

また、環境への悪影響も懸念されている。

タイにある「ピピ島」は、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ザ・ビーチ』の舞台として有名になった島である。澄んだエメラルドグリーンが美しい場所であるが、観光客が急増したことにより、サンゴ礁や生物への悪影響、海水汚染などが引き起こされているという。

同様のことがニュージーランド、パラオなどでも起こっており、この2つの国では、入国の際に観光客に「環境保護の誓約文」へのサインを義務づけるという、大胆な策をとっている。

2017年12月、この策を世界で最初に導入したのは、ミクロネシアの小国パラオだった。

現在パラオに訪れる観光客の数は年間約16万人である。数字だけをみるとあまり多くは感じないが、パラオの人口が約2万人であるのに対して、その8倍の観光客が島に与える影響は非常に大きいのだ。

その誓約文へのサインはどこで、どのように行われるのか?

パラオへの入国前、誓約文「パラオ・プレッジ(Palau Pledge)」のスタンプがパスポートに押される。スタンプにはサインをする欄があるため、入国前に必ずそれにサインをしてもらうというものだ。もし、これに違反した場合は、最大で100万ドル(約1億1000万円)の罰金が科せられる。

誓約文の内容は以下の通り(筆者による日本語訳)。

「パラオの子どもたちへ。私は、ゲストとして、あなたたちの唯一無二で美しい島を保存・保護するために、この誓いを受け入れます。この地を踏みにじるようなことはせず、(環境に)優しいふるまい、その点に注意して探検することを誓います。私は、与えられるべきでないものは受け取りません。私に対して無害なものを、傷つけることもしません。ここに私が残していくものは洗い流される私の足跡だけです」。

今後、世界の各国は他国に向けてさらにオープンになり、国と国の結びつきが強くなるであろう。そうして、他国から人びとが多く来たときに重要であるのが、道路、空港、鉄道などのインフラが整備されていることである。観光国としての地位を確立するためには、これが不可欠である。

また、訪れる観光客だけでなく、現地住民の利便性も考慮に入れて、お互いにとって良い街になるように発展させることも心に留めておくべきだろう。

文:泉未来
編集:岡徳之(Livit