地域発のローカルメディアが話題になっているのをご存知だろうか。
現在、日本にはその土地の魅力を発信するローカルWebメディアが150以上存在している。北海道の『北海道ファンマガジン』や埼玉県秩父市の『ちちぶる』などがその一例で、地元活性化の手段としても注目されてきている。

そんなローカルWebメディアのなかに、東京の都心部で環状運転を行う山手線の駅の一つである田端のメディア『TABATIME』がある。

『TABATIME』では、グルメ、場所、暮らし、文化、イベントなど、様々な分野において田端にしかないリアルな情報を発信し、その魅力を発信し続けている。

メディアが情報を発信することでできる地元活性化とは何なのか、『TABATIME』編集長である櫻井寛己氏にローカルWebメディア起点の地元活性化戦略について話を伺った。

櫻井寛己(さくらい ひろき) 『TABATIME』編集長
1989年、東京都北区生まれ。大学卒業後、菓子メーカーに就職。自営業の両親の影響や起業の夢から、2年で退職。『やってみたいことやってみる協会』代表、『TABATIME』編集長、『ローソン田端新町二丁目店』店長のほか、クリエーターやプランナーとしても活躍。2018年11月からは『タバタバー』店長に。

田端民が必ず答える「暮らしやすいけど何もない街」

――田端で活動しようと思ったきっかけを教えてください。

櫻井氏:東京23区内に位置し、山手線の駅でもある田端ですが、外から抱かれるイメージは「何もない街」というものが多く、住んでいる人でさえそれを受け入れてしまっています。一方で、都心へのアクセスが良く、住環境も良いことから、本来は暮らしやすい街なんです。

だからこそ、田端にも魅力的なお店や場所があることを紹介し「何もない街」というイメージを払拭することで、この場所で暮らしたいと思う人や、僕のように地域に関わる人を増やしたいと思ったのが活動のきっかけですね。

この課題を解決するために立ち上げたのが、田端の情報を発信する『TABATIME』です。

――都心からのアクセス以外で、田端が暮らしやすい街である理由は何でしょうか?

櫻井氏:田端駅は昔から電車の車両基地となっており、20本ほどある線路の上に建っている駅なんです。そのため、駅周辺に飲食店などが集まりづらく、繁華街として発達しにくいというのが特徴です。

結果として、子どもに悪影響を与えるお店が少なく、ファミリー層にとって良い環境が整っていることが、暮らしやすさの理由の一つとしてあげられます。最近ではマンション建設も盛んで、人口も増えているため、今以上に住環境の向上が期待されているんです。

また、山手線沿線の中でも家賃相場が手頃なので、ファミリーだけでなく一人暮らしをするにも良い場所だと言えますね。


田端本来の魅力を発信するWebマガジン『TABATIME』

田端が持つ「ローカリズム」、大都市の中にある癒しの空間

――田端で様々な活動をされている櫻井さんだからこそ発見できた、田端の魅力はどんなところにあるのでしょうか?

櫻井氏:山手線の駅でありながら「ふるさと」のような空間だと感じられるところでしょうか。

私は「タバタバー」というバーの店長でもあるんですが、田端は東北新幹線の通る上野駅に近いためか、来てくれるお客様には東北から上京し、田端に暮らしている方が多いんです。僕の妻も出身が仙台で、その妻からしても田端にはどこか地方と似た雰囲気があると言っています。
たしかに田端はゆったりした雰囲気の流れている街なので、田端に暮らす地方出身の人たちが醸し出す空気感が「ふるさと」のような空間をつくっているのかもしれませんね。

――「暮らしやすさ」という魅力がありながら、田端がいまひとつ活性化できない理由や課題はどんなものなのでしょうか?

櫻井氏:田端で暮らす人たちに、住みやすさだけではない田端本来の魅力を、感じてもらう必要があるということでしょうか。

都心へのアクセスがいいということは、通勤やお出かけのメリットにもなりますが、その反面、都心と家との往復になってしまいがちだとも言えます。その結果、実は田端に暮らす人にとって魅力的な「いいお店」が多くあるにも関わらず、その良さに目が向けられていないんです。これは街が活性化するために必要な人の繋がりや、街への愛情が醸成されづらいということにもつながります。

そのため、田端自体を活性化させるためには地元のお店を盛り上げることで、人のつながりや愛着という要素を生み出す必要があります。この課題が解消できれば、活性化の糸口になるのではないかと考えています。

なぜなら、田端の魅力を体感するということは、暮らしている人たちがお店に訪れる機会を増やし、地元のお店が盛り上がるきっかけを生みます。そして、地元のお店に訪れる人が多い街になれば、新しいお店ができたり、お店同士の輪が拡がったりと、街にとって活性化できる良い循環をつくれるからです。

田端の魅力を価値ある情報として提供し、街に好循環をつくり出すためことが『TABATIME』の役割ですし、活性化の一部を担う人とのつながりをつくるために『タバタバー』があるんだと思っています。

地元の人のための地域発ローカルWebメディア『TABATIME』

――田端で暮らす人のために情報を発信している『TABATIME』の活動で、櫻井さんが大事にしていることは何でしょうか?

櫻井氏:『TABATIME』は、田端で暮らす人たちに“山手線で一番好きな街は田端”だと感じてもらいたい、という想いで運営しています。そのためにも、発信する情報はこの街で暮らしている人にとって田端本来の魅力を再認識し、その暮らしをより良いものにできる情報であることを意識しています。

他の場所から田端に人を呼び込むということよりも、まずは田端に暮らす人が「実は田端やるじゃん」というふうに、地元であるこの街の良さを認識して、見直してほしいというのが目的なんです。

グルメやイベントの情報を発信することはもちろんですが、この街がどんな特徴を持っていて、どんな歴史を辿ってきたのかという街自体への興味を持ってもらうため、田端を代表する老舗食品会社「あみ印食品工業」を紹介したり、「田端八幡神社例大祭」のレポートを掲載することで、田端の魅力を再発見できる場所にしたいと思っています。

――『TABATIME』の活動をしていて反響はありましたか?

櫻井氏:最初の頃は見てくれる人はいるんだろうか、という思いもありましたが、最近では読者がついてきたことを実感しています。実際に「TABATIME見たよ」と声をかけてもらうことも多いですし、このメディアがあったからこそ「タバタバー」の集客にも苦労はしませんでした。

一番嬉しいのは「TABATIMEを見て、あのお店に行ってみた」という話を聞けた時ですね。情報発信を続けることが人やお店のつながりをつくり、街の活性化に役立っているということを再認識できます。それは、読者が田端の良さを発見してくれたということなので、『TABATIME』を続けていく自信にもなっています。

――今後の『TABATIME』の目標を教えてください

櫻井氏:田端に昔から暮らしている人にも、新たに暮らし始める人にも田端の良さを届け、『TABATIME』の情報がきっかけとなり、人のつながりが生まれる「街の回覧板」のような存在にしていきたいと思っています。田端のことを好きな人があふれる街にしていくため、その起点として魅力ある田端の情報を今まで以上に発信していきたいですね。

この街に暮らす人たちが『TABATIME』を通して、田端での自分の居場所を見つけられたらいいなと思っています。

ローカルコミュニケーションは“結びつき”がカギ

地元活性化という言葉は長らく叫ばれ続けているが、実現の難しい課題として各所に残り続けている。

今回の田端のように人がいて暮らしやすくもあるが、特色がないという街には、櫻井氏が話したような、ローカルWebメディアによる情報発信から街の魅力を再認識させるという方法がマッチするかもしれない。その地にあるお店から人のつながりや街への愛着を生むことは、初めは小さくとも、地元活性化の好循環をつくるきっかけになるだろう。

地元の活性化というと、自治体が行うものというイメージが強いかもしれないが、こうした個人の活動もあれば、企業で取り組んでいるケースもある。

「ショップローカル」というアメリカン・エキスプレスが行っている活動もその一つだ。暮らしている街の商店街や個人店で買い物をすることで地元活性化を促すこの取り組みは、同様の目的を持つ櫻井氏の目にはどう映るのだろうか。

櫻井氏:企業がこの問題に取り組むというのは規模感、スピード感ともに期待が持てますね。地元のお店が盛り上がることは、地域全体が盛り上がるための足掛かりです。今は誰もが発信できる世の中なので、小さくても盛り上がっている商店街は話題にもなりやすいですし、そこに「ショップローカル」のような下支えがあれば、その輪をさらに広げていけると思います。

『TABATIME』も「ショップローカル」も、地元を盛り上げる起点となる活動だ。初めから大きなムーブメントというものは起きはしない。自分の暮らす街に愛着をもってもらうという、当たり前だと思われることを地道に、丁寧に続けていくことが地元活性化への道しるべになるのだ。

取材・文:石川遼
写真:西村克也