マイクロソフトやアップルといったトップ企業をはじめ、世界中の企業が研究を進める最先端テクノロジー「AR」。実にさまざまな事例が誕生しているAR業界に、また一つ新たな事例が誕生した。
ARのクリエイティブスタジオ事業を展開するスタートアップ 株式会社MESONと、大手アパレル企業の株式会社オンワード樫山の協業で開発された「PORTAL BY JOSEPH」(以下:PORTAL)は、ARを使い、店内にいながらファッションショーが鑑賞できる日本初のサービス(MESON調べ)だ(期間限定導入のため、現在は提供を終了)。
今回は、プロデューサーを務めたMESONのCEO梶谷氏とPORTALのクリエイティブディレクターを担当した長田桂太氏に「前例のないサービスの作り方」、そして「ARが生み出す新しい価値」について深堀りした。
- 梶谷健人
- 株式会社MESONの代表。「いちばんやさしいグロースハックの教本」の著者。
女性向けファッションサービスiQONのグロースを担当した後、インド・アメリカにて現地スタートアップのサービスデザインとグロースハックに従事. 2017年に帰国し、AR時代のユースケースとUX開発を行うMESONを創業。
- 長田桂太
- アーティスト/クリエイティブディレクター/フォトグラファー
2000年にファッションブランド OSSA MONDOを設立。設立からわずか4年でルイヴィトンジャパンの傘下で運営する世界の一流品のみを集めた会員制セレクトショップ「CELUX」で展開。2005年には、パリのSHOWROOM ROMEOで海外展開。2012年から広告を中心に活動するクリエイティブ・ブティックのGliderの設立メンバーとして参加する。主なアートディレクションは、Nikon、au「驚きを、常識に」、かんぽ生命「人生は、夢だらけ」、GMOクリック証券「Life is」など多数。2014年OSSA MONDO A&D株式会社取締役に就任。
ミッションは、ブランドとユーザーの関係性をアップデートすること
——まずは、「PORTAL」のサービスについて伺えますか?
梶谷:PORTALは、AR技術によって空間にランウェイを出現させ、ファッションショーを鑑賞できる国内初のサービスです。「発見」「学び」「つながり」の3つがキーワードで、ショーの鑑賞を通じて新たなコーディネートを発見し、ブランドの世界観を学び、より深くブランドとつながる体験を提供することをコンセプトとしました。
店内に貼られたポスターにiPadをかざすとマーカーを検知し、画面上の店内にARでファッションランウェイが現れり、モデルが次々と登場します。
横からでも、後ろからでも、自分の好きな位置からショーを鑑賞することができて、気になるコーディネートがあったら、その詳細を閲覧できます。さらに画面端のハートマークをタップするとお気に入りに保存され、ショーを見終わったあと、お気に入りのデータをスマホに転送して持ち帰ることができます。
——「PORTAL」の狙いは、どこにあったのでしょう?
梶谷:ECの台頭により商業施設はどこも苦戦していて、売り場の縮小や売上低迷が続いています。
そんな背景から店舗はモノを買う場所から、体験を提供する場にシフトしている流れが国内外にあり、オンワード樫山さん側に「サービス全体をデジタルにシフトさせて、ブランドとお客様の関係性をより深めたい」というミッションがありました。
そもそも、小売において指標にすべきは「アクセスの良さ」と「体験の深さ」であり、抜群のアクセスの良さを誇るECに対して、店舗の立ち位置が中途半端になっていたため、より気持ちよく顧客とブランドがつながれる店舗での体験が必要だよねと。
それを解決する手段として、最新テクノロジーを駆使してブランドの世界観に没入できる「ARランウェイ」にトライすることで合意しました。
——ファッションですと、AIによるレコメンドやARのバーチャルフィットのほうがイメージしやすい気がしますが、あえて「ARランウェイ」を選んだ決め手はなんでしたか?
梶谷:AIに関してはインパクトのある拡張体験を生むには時間がかかる息が長いテーマで、少しレコメンドの質が良くなったところで劇的な体験は生まれづらい。また、ARのフィッティングサービスも出ていますが、生地の素材感を再現するには、まだ技術的な課題があります。
クオリティを追求できて、かつブランドの世界観を五感で感じるには「ARランウェイ」がベストだと考えました。
梶谷健人氏
長田:僕は「ARランウェイ」というテーマが決まってからチームに参加したのですが、セレブリティやバイヤー、限られた顧客しか鑑賞できないファッションショーを、ARというまったく新しい見せ方で表現することは、ファッションを愛する、より多くのみなさまに情報を届けられる手段になりえると思いました。
それぞれのブランドが嗜好を凝らして表現された従来の華やかなショーの手法もライブ感があって素晴らしいのですが、気候変動やサステイナブルという言葉が市場に出始め、真剣に業界に変革を求められているタイミングに、ARで第二のファッションショーを創造、開発できるのではないかと、ARとファッションに将来性を感じました。
ファッションショーや化粧品のコレクションは、あらゆるジャンルの流行やトレンドカラーを決める最先端のベースになっていますので、さまざまな用途を広げられる可能性も十分にあります。
ARでやるなら、リアルなファッションショーではできない最高にクールな未来のファッションショーを模索しましょうとプロジェクトがスタートしました。
「常識を壊す」新たな価値を生むためのチームビルディング
長田桂太氏
——サービスを制作するにあたり、社内外からメンバーを集めプロジェクトチームを結成したそうですね。
梶谷:ARにおけるサービスデザイン全般に言えることですが、「まだ世の中にない価値」を生み出すには、ジャンルの垣根を超えた越境的な人材を集め、お互いの知見とアイディアを出し合い形にしていくことが求められます。
PORTALの場合は、自分がプロデューサーとしてトップに立ち、オンワード樫山さんの担当者、クリエイティブディレクターに長田さん、エンジニア、サウンドデザイナー、映像クリエイター、フォトグラファー、3Dスキャンチームとチームの人数は、スマホアプリの開発等と比べるとかなり多いです。
みなバックグラウンドは異なりますが、「ARで世の中に新しい体験の価値を提供する」というミッションに共感してくれたメンバーです。
——越境的な人材で一つのプロジェクトを進行するにあたり、何か意識した点はありますか?
長田:まず「自分たちが持っている常識を壊そう」とお話しました。お互い今までフィールドが違う者同士、考え方や業界の常識が異なるのが当たり前ですので、それぞれの考えを出し合いつつ、調和的な考え方と柔軟性を持ってやりましょうとみなさんにお伝えしました。
また、フィーに関しての取り決めも重要で、その点についても率直に要望を伝え合い、お互いに納得したうえで柔軟に対処しました。
すべてを透明化して共有したことで、結果的にジャンルを超えたメンバーが才能を発揮できる場になったのだと思います。
梶谷:チームの共通言語として、フレームワークを有効活用したのもポイントだったと思います。プロセスを体系化することで空中分解を防ぎつつ、即興で一緒にサービスを作ることができました。
長田:梶谷さんは物事を順序立てて整理するロジック的な能力が非常に長けている。一方、僕は言語化しにくい部分をビジュアルであっと驚かせるような、エモーショナルな部分を得意としてきました。
それぞれの得意領域を生かせるメンバー構成であったことも今回のプロジェクトを成功に導いた要素だったと思います。
きめ細かいシーンを再現したクリエイティブの意図とは
——「PORTAL」はクリエイティブへのこだわりを追求したとのことでしたが、ここにはどんな意図がありましたか?
マーカーとなるポスターは、JOSEPH発祥の地であるロンドン・キングスロードのショップで撮影。ここから日本のJOSEPHへと世界が繋がっていくイメージを表現した
写真はすべて、フォトグラファーでもある長田氏の撮り下ろしで撮影
長田:僕らが目指したのは「さりげないカッコよさ」や「五感で感じる心地よさ」「品」などです。ファッションは説明を聞いて購入するよりも、「なんかこのジャケット、かっこいいよね」といったインスピレーションや五感で感じるものだと思うのです。
わかりやすく派手な演出をすることもできますが、それでは一過性のものに終わってしまいますので、あえてアートとプロダクト、サービスの中間の立ち位置を狙い、ファッションとARの解像度を高めて奥行きを表現することを意識しました。
3Dスキャンの画面。スチールの2DとARの3Dの考え方を交互に取り入れながら開発
——なるほど。どのようプロセスで作り上げていったのでしょうか?
梶谷:クリエイティブのベースは長田さんが製作してくれました。長田さんがプロジェクトに参加して、わずか1週間足らずで仕上げてきてくれたデザインカンプが衝撃のクオリティで…!
パーティクルをイメージした演出イメージ(長田氏が制作したデザインカンプより)
ランウェイの照明装置のライティング効果のイメージ(長田氏が制作したデザインカンプより)
コーディネートの詳細画面のUIイメージ(長田氏が制作したデザインカンプより)
長田:まず本質的な問いとして「なぜ、僕らはARランウェイをやるのか」を突き詰めたとき、時間や空間を超えて、それを忘れさせてくれるくらいの世界を作りたいと思いました。
例えば原宿店のオープニングセレモニーに、ロンドン店の店員さんがAR空間に現れて接客するなど、リアルではできない時空を超えた体験を提供できたらいいのではないかと考え、ストーリーを作りました。
クリエイティブは言葉だけだと理解が不十分になるので、すでに完成しているかのようなクオリティのデザインカンプを準備することが多いです。
梶谷:一切お願いしていないのに、PORTALのロゴまで作ってきてくれましたよね。
長田:やはりプロジェクトの名称は必要だと思いましたし、お客さまにも愛着を持っていただきたかったので(笑)。ロゴは鍵穴を象っていて、異空間に自ら鍵を開けて入っていくイメージを表しています。ユーザーのみなさんが、キーメーカーだというメッセージをロゴに込めています。
——かなり初期からイメージができあがっていたんですね。ここからブラッシュアップする過程で苦労はありましたか?
梶谷:ARにおけるクリエイティブって言葉ではすごく伝わりづらくて、例えば「もうちょっとゆっくりシュワー」とか。言葉じゃわからないですよね(笑)。
作ってみないことにはイメージのすり合わせができないので、細かい部分はひたすら作って、直しての繰り返し。タイトスケジュールの中で、高速でPDCAを回して仕上げました。
長田:梶谷さんは鬼プロデューサーなので(笑)、クリエイティブ表現に一切妥協がありませんでした。そのため作り込んでいく過程で、エンジニアが苦労するシーンは多かったと思います。
例えば、モデルがポーズを決めたタイミングで曲のサビが流れ、分子がシュワーっと弾けるようなパーティクル処理が行われ、加えて絶妙な加減でライティングも施されています。
梶谷さんや僕がリクエストしたきめ細かいシーンを再現するために、エンジニアには何度も微調整していただきました。
「AR」を知らない人でも自然に使えるUX設計
——ARサービスを作るうえで、UX設計も肝になると思います。こちらは、どんな点がポイントでしたか?
梶谷:一番こだわったのは、ARを一度も使ったことがない人でも直感的に使える体験作りです。PORTALは、店内のポスターにiPadをかざしてARランウェイを任意の位置から鑑賞、お気に入りのコーディネートをLIKEして自分のスマホで持ち帰ることができる拡張体験を提供しています。
梶谷:初めてARに触れる人にこの一連の動作をスムーズに行ってもらうのは、思いの外、難しいチャレンジでした。そもそもみんな、iPadをマーカーにかざす行為も初めてだし、ARの仕組みも知らない。
ユーザーテストをしてみたら、iPadをポスターにかざしたあと、その場からまったく動いてくれなかったんです。
ARは横からでも後ろからでも立体的に見えるということを知らないので当然ですが、僕らからすると「そうか」と新発見でした。
だから「いろんな角度から見てみよう」と字幕を出したり、モデルにカーソルを当てて文字情報を出し、インタラクションが可能なことを伝えたり、丁寧にUXを設計しました。
——GINZA SIXの店舗でPORTALを体験させていただいたところ、確かに最初は少し戸惑いがありましたが、スタッフさんがさりげなくアシストしてくれました。
梶谷:PORTALは気軽に試してもらいやすいので、スタッフと顧客がよりナチュラルに関わるキッカケにもなります。実際にJOSEPH のスタッフさんからも「お客様に話しかけやすくなった」という声をいただいています。
「利便性」と「演出手法」2つの軸でAR体験を深堀り
——PORTALを体験したユーザーの感想などがあれば、ぜひ教えてください。
梶谷:ありがたいことにすごく良い反応をいただいています。「斬新な体験だった」という喜びの声や「楽しかった」という感想など。店舗ならではのリッチな体験を追求したので、その点を評価いただけたのだと思います。
PORTALは、体験したことを自分のスマホで持ち帰ることができるのが肝だったんですが、体験したユーザーのうち約4割が気に入ったコーディネートのデータを持ち帰ってくれました。この熱量の高さを引き出せたのは僕らにとっても、非常に嬉しい収穫でしたね。
今回、ARランウェイで鑑賞できるコーディネートは、ほぼ来シーズンのアイテムだったんですが、これも店舗側からすると大きなメリットになります。売り場面積の関係で置けなかった来シーズンのアイテムを、ARランウェイの活用により空間を広げることなく素材感まで見せることができるので。
撮影:GINZA JOSEPH CAFE
——確かに、これまではカタログやWEBでしか見られなかった来シーズンのアイテムをARで見られるのは、新しい価値になりそうですね。今後、このARランウェイを発展させるイメージはありますか?
梶谷:大きく「利便性」と「演出面」の2つの軸で伸ばす方法があると思っています。利便性で言うと、バーチャルフィッティングを追求したり、店舗で購入したものを持ち帰ることなく帰る頃には手元に届いていたり。
演出面だと各ブランドの世界観に合わせていくらでもチューニングできますし、それ以外にも、次世代のファッショナブルで軽いMRグラスをかけてARランウェイを体験してもらうのもいいですよね。
これが実現したら本物のファッションショーを見ているような、より深い没入感を味わってもらえると思います。
長田:僕は今回、初めてARという技術に関わらせていただき、とてもすばらしい世界だと感じました。SF映画を作るのではないかと思うくらいクリエイティブの表現の幅が広く、その未知なる世界に将来性を感じました。
ありがたいことに今回のクリエイティブの内容をみなさまに評価をいただき、11月に公開する新しいMESONさんのARプロジェクトにも参加させていただくことになりました。
先程、梶谷さんが「利便性」と「演出面」の2つの軸があると言っていましたが、その2つを同時に発展させることができたら、この分野では類を見ないサービスが作れるだろうなと思っています。
ARなのか、デジタルアートなのか、サービスかどうかもわからなくなるような、さまざまな垣根を超えて、自然に僕らのそばに寄り添う何か、クールでファッショナブルでありながらも、みなさまに感動や笑顔があふれたり、喜ばれるようなものを目指したいと考えています。
【取材協力】
株式会社MESON
OSSA MONDO A&D株式会社
取材・文:小林 香織