名古屋のイメージを聞かれると、手羽先、味噌煮込みうどん、ひつまぶしなど、いわゆる“名古屋めし”くらいしか思い浮かばない人も多いのではないだろうか。

「じつは地元の人に名古屋のイメージを聞いても、それくらいしか返ってこないんです」

そう語るのは、“ナゴヤのまちがキャンパス、誰でも先生、誰でも生徒”をコンセプトに学び合いの場(授業)を作る大ナゴヤ大学の理事長・大野嵩明氏である。大野氏が現在名古屋に感じている課題と、それを解決するためのローカル哲学について話を伺った。

大野嵩明(おおの たかあき) 大ナゴヤ大学 理事長
1981年、名古屋市西区生まれ。民間街づくり会社での社会人インターンシップを通じて、地域の魅力を伝えていく仕事の楽しさと大変さを知る。2012年に再び名古屋に戻り、名古屋の面白さを発掘し発信する活動をしている。大ナゴヤ大学には、2009年よりボランティアスタッフとして関わり、2017年に理事長になる。

なぜ名古屋にはローカリズムが生まれにくいのか

――名古屋で活動しようと思ったきっかけを教えてください。

大野氏:僕は関西の大学院でMOT(Management of Technology)※を学んでいました。
※MOT(Management of Technology)…技術経営。企業が持つ独自技術を経営資源と捉え、経営の立場から管理・推進するための能力を指す経営用語

研究の一貫として携わることになった「御堂筋の活性化研究のプロジェクト」が、はじめて「街」との接点をもつ機会でした。その経験をきっかけに「街づくり」という分野に興味を持つようになりました。

現在、活動の拠点として名古屋を選んだ理由は、地元だからというのが大きいです。僕が生まれ育った街で、両親も住んでいるので、最初から自分ゴト化できると思ったんです。

しかし、実際に大ナゴヤ大学の活動を始めてみると、名古屋は東京・大阪に次ぐ大都市圏で経済的に豊かな街である一方、地元の人が街を知る機会が少なく「名古屋はローカリズムが生まれにくい」ということを知りました。

――名古屋はローカリズムが生まれにくいのはなぜなのでしょうか?

大野氏:戦後の街づくりが原因である可能性が高いと思っています。第二次世界大戦時までの名古屋は軍需産業都市として発展しましたが、戦災で焼け野原になってしまいました。

戦後、道幅100mの道路を新設、多くの道路を自動車交通が可能な幅にするなど、名古屋の戦災復興都市計画は急速に進み、自動車産業を中心に経済が成長することで名古屋は現在のように経済的に豊かな大都市へと発展することになりました。

しかし、区画整理により街は整えられ、個性を感じにくい街になってしまったんです。隣の街へ移動する時に、グラデーション的に雰囲気が変わることが多いのですが、中心地である名古屋駅から栄駅までの約2.7kmを歩いてみても、雰囲気の変化をあまり感じることがなく栄に着いてしまい、面白みがありません。広い道路を渡ると急に違う街になるなんてこともあります。

そのためか、名古屋の人は街歩きをする習慣があまりなく、街の魅力を知る機会が少ないと思います。また、この地域は自動車産業が発展していることから、都会で暮らしていても基本的には車で移動するスタイルになり、自宅と目的地を往復する生活になっています。

街を歩かないことで街を知る機会が少なく、変化や魅力を感じるきっかけがありません。結果として、名古屋にはローカリズムが生まれにくいのだと感じています。

――大ナゴヤ大学の活動を始めた理由は何ですか?

大野氏:名古屋の街には、面白いお店や人、街がたくさんあるのに、何もないと言われてしまう…。自分が住む街を知る機会が増えれば日々の生活が面白くなり、ローカリズムが生まれることで名古屋という地域が発展していくと思い、そのきっかけづくりのために大ナゴヤ大学の活動を始めました。

名古屋が発展するためには、ローカリズムが重要

――名古屋が発展するために、なぜローカリズムが必要なのでしょうか?

大野氏:名古屋市内には現在約232万人が暮らしており、名古屋都市圏の域内総生産は約22.5兆円とも言われています。このアドバンテージを活かすためには、ローカリズムをフックに、地元の人に向けて、何をどう売るのかという商売の基本の戦略を立てれば、まだまだ地域経済の活性化により街を発展していける可能性が高いと思っています。

名古屋にしかないものは何かを認識し、大事にしていくことが、地元で消費することの意味につながってくると思います。そのためには、街の成り立ち、お店の佇まい、そこにいる人、その場所でしか体験できないことを、時代の変化に合わせて、街の内外の人に届けていく必要があります。

これから先、名古屋が発展していくためにはローカリズムが重要になってくると思います。

好奇心をかき立てる授業で、名古屋のローカリズムを知る機会を創る

――大ナゴヤ大学の特徴を教えてください。

大野氏:大ナゴヤ大学では、設立してから10年間、毎月3、4コマの学び合いの場(授業)を作り続けてきました。授業コーディネーターが名古屋の街のヒト・モノ・コトについて「知ってほしい」と思う企画を考案し、事務局のサポートを受けながら授業を行っています。

――今までに印象に残っている企画はありますか?

大野氏:面白かった企画は、たくさんあります。例えば、『デザイン都市なごやを考える1日〜デザイン視点で円頓寺商店街をめぐろう〜』や『日本三大繊維問屋街のひとつ長者町の「むかし」と「いま」と「これから」』です。

実際に商店街の活動に参加している方が講師を務めることで、街が変わった時代背景や街の見方を教わりました。街をどのようにしたいと考え、実際に何をして、結果としてどのように変わったというのを携わった方と現場を見ながら歩くので、参加者の方がローカリズムを感じることができたのではないかと思います。

僕のように、住む街について知りたいという人もいれば、街と人とどう関われば良いのかわからないという人もいます。授業後に、多くの参加者からもっと名古屋の街について知りたくなったという声が出ているので、とても良いことだと思います。

――名古屋がローカリズムを成長させるために必要なものは、何だと思いますか?

大野氏:名古屋はエリアごとに特徴があるので、エリアごとのローカルのカラーを大事にして、超ローカリズムと言えるようなものを丁寧に育んでいけば、結果的に名古屋全体のローカリズムを生むことができるのではないかと思います。

名古屋は複雑な街なんです。円頓寺が地元の方や好きな方に名古屋について聞くと、円頓寺の特徴を答えます。熱田が地元の方に名古屋について聞くと、熱田神宮などの特徴を答えます。名古屋を全体で捉えようとすると複雑になるので、円頓寺は円頓寺のローカリズムがあり、熱田は熱田のローカリズムがあると考えるべきなのです。

小さい街の集合体が名古屋という大きな街を構成していくことで、戦後復興で均一化されて地元の感覚が薄れつつある名古屋の街を変えることができるはずです。エリアがそれぞれのカラーを出すことで、多様化したものが一つに組み合わさることが大事だと思います。

その中で僕は商店街が大きな役割を持っていると考えていて、これからは商店街がローカリズムを生み出す基点になっていくと思っています。商店街は、かつては人の流れに沿って作られ生活必需品を提供する小売店の集合体でしたが、現在は個性的なお店が地元の人の興味関心を惹きつけ、文化の発信地に形を変えてきています。

名古屋は市内に大小合わせて90以上の商店街があります。個性的なお店と商店街が個性を発揮して重なり合っていけば名古屋の街はもっと面白くなるなと思います。大ナゴヤ大学で最近の僕が授業コーディネーターを務める企画では、商店街を紹介するものを増やしています。

――名古屋の商店街にある魅力ある個性的なお店を教えてください。

大野氏:名古屋といえばモーニングが有名ですが、名古屋駅西側の駅西商店街にある「喫茶モーニング(中村区則武)」では、120軒以上のモーニングを食べ歩いたオーナーが、モーニング初心者のために作った喫茶店で、1日中モーニングを楽しむことができます。

仕組みが面白いのは、笠寺観音商店街にある「かさでらのまち食堂(南区前浜通)」です。そこでは、複数のシェフがキッチンをシェアして日替わりで担当するので、一つのお店でいろいろな個性を持ったランチを食べることができるんです。

名古屋を代表するカルチャースポットとも言える書店の「ON READING(千種区東山通)」には、好奇心をくすぐる本が多くセレクトされています。こちらのお店は、現在は東山動植物園の近くにありますが、13年前に伏見長者町繊維街のビルの一室からスタートしています。

名古屋では商店街からカルチャーを反映した個性的なお店がどんどん生まれていて、街を面白くしていくという流れが確実に起きています。これが名古屋全体のローカリズムにつながっていくと思うので、今後の発展が楽しみですね。


1日中モーニングを楽しむことができる「喫茶モーニング」

個性的なお店が生まれやすい環境を商店街が作る。それが活性化のポイント

大野氏は、「人との関わりが、街を変える」ということを信じて活動し続けている。実際に名古屋の街を歩いてみると、喫茶モーニングの店員さんや、円頓寺商店街の皆さんの目が生き生きとしていて、活気を感じた。

地元を活性化する取り組みは企業側でも行われている。例えば、アメリカン・エキスプレスの「ショップローカル」だ。地元の商店街や個人店で買い物をすることで地元活性化を促すこの取り組みについて大野氏は、「これは素晴らしい取り組みですね。個性的な地元のお店が活性化すると街が魅力的になり、大ナゴヤ大学の活動にも良い影響を与えてくれると思います」とコメントした。

今後の名古屋が発展していくためには、街の歴史を知り、個々の商店街のカルチャーを反映した、ローカリズムを生み出す個性的なお店が増えていく環境を作ることだ。そういうお店が集まる商店街が活性化されることで、名古屋がさらに面白くて魅力のある街になるはずだと大野氏は語る。

面白い店主を生むために、商店街も新しい取り組みを柔軟に受け入れ、支援していく環境作りを行うことが活性化へのポイントになるだろう。

大野氏の街の魅力を伝える活動と、地元のお店を応援する「ショップローカル」。
両者がうまく組み合わせることで、地元活性化が大きく前進するはずだ。

※ここで言うローカリズムとは、自分の住む地方や郷土を第一とする主義と定義しています(三省堂 大辞林 第三版より)

 

 

 

 

取材・文:佐久間秀実
写真:松井サトシ
撮影協力:円頓寺商店街(名古屋市西区那古野1-13-1)
撮影協力:喫茶モーニング(名古屋市中村区則武2-32-4)