炎上しやすいベビー関連論争

ベビーカー論争にしろ子だくさんのセレブのツイートにしろ、ベビーに関する議論は感情的なものになりやすい。

それだけベビーが重要な社会の関心事であることには希望を感じるが、「元子ども嫌い・現3児の母」の筆者はどちらの気持ちもわかる分見ていてちょっと心が痛い。


かわいい顔してとんだパワーを秘めているのだ

「ありがとう、JAL」が炎上

しかし先日、母国日本発の「ベビー関連炎上案件」が世界のニュースをにぎわせた時には、欧州に住み日々子どもを巡る文化差を体験している身として、論争に目が釘付けになってしまった。

渦中のトピックは、日本航空(JAL)が提供しているサービス。フライトの予約をする人に座席表で2歳までの子どもを連れた乗客がどの席を予約しているか見えるようにした同社ウェブサイトの機能が、「子どもに対する寛容さを欠いている」と各国のメディアで話題入りし、TVニュースでお茶の間までにぎわせる事態になったのだ。

事の発端は、9月末にバングラディシュ出身で現在アメリカで実業家として活動するRahat Ahmed氏が投稿したツイート。

JAL公式ページからNYへのフライトを予約した同氏は、「ありがとう、JAL。13時間のフライトの間泣き叫ぶ気満々のベビーたちがどこにいるか警告してくれて。他の航空会社にもこのサービスが義務化されるべきだ」というメッセージとともに、JAL予約サイトで座席表に赤ちゃんのアイコンが表示されているスクリーンショットを投稿。

直後から激しく賛否両論のコメントやシェアが殺到し、海外各地のメディアがニュースに取り上げる事態となった。

発端となったツイート。現在は800近くの「いいね」がついている

各メディアの論調

シンガポールの英語版Yahoo!ニュース(およびほかの複数のメディア)は、「これは冗談ではありません:日本の航空会社が幼児を避けるための『ベビーマップ』を提供」とトンデモニュース扱い。米USAtoday、英BBCニュースなどの大手メディアは「わが国ではこのサービスは消費者の反感を買うだろう」「みんな一度は赤ちゃんなのに」と違和感を示すコメントの紹介にスペースを割いた。

他の英語圏メディアも「そのうちベビーから離れた席に追加料金を課すつもりでは」「赤ちゃんを表示してくれるなら、酔っ払いや足が臭い人がどこに座るかも知らせてくれ」「迷惑な人を全部表示していたらきりがない」などおおむね反対派の声を取り上げたし、米CNNがTVのニュース番組で報じた際など、男性キャスターも女性キャスターも読み上げる途中で「こりゃひどい」とばかりに笑い出してしまった。

ネット上の反応と興味深い「逆転現象」

興味深いのはこうして基本的にはネガティブなニュースとして報じている大手メディアの数々とは裏腹に、ニュースのコメント欄やSNSでは「素晴らしいサービスだ!フライト中の赤ん坊の泣き声は悪夢だ」「子どもがいる女はそれだけで私よりもラッキーなのに、独身の私が子どもに親切にしなければいけないのにはもううんざり」とこのサービスを歓迎するコメントも殺到していること。

もちろんそこでも賛否両論の議論が繰り広げられているが、興味深いのは、どちらかといえば近年抑圧されてきた子ども連れの母親の声が挙げられて共感を得ることが多い日本のネット社会に対して、今回は逆に今まで子どもに寛容であることを求められてきた欧米圏の大人の不満がここぞとばかりに噴出するという、逆転現象が起きている点。

日本が「子どもに厳しい社会」であることはよく指摘されるが、逆に「子どもに優しい社会」では鬱憤をためていた大人たちが一定数存在したようで、そういった層からこのサービスは熱烈なラブコールを受けている。

独自の切り口から擁護する声も

それぞれの視点でサービスを擁護する声も上がっている。

日本在住のインフルエンサーで、航空関係のFacebookグループを運営しているHeloisa Flores氏は豪ABCニュースの取材に応え、「このサービスはとても日本らしいといえる。

日本人は電車やバスなどでもみんなとても静かにしている。同じような体験を機上でも提供しようとしただけです」「その習慣はこれから長時間仕事をする予定の、もしくは長時間労働から帰る途中の社会人への気遣いに根付くものです」と説明。

英BBCニュースも「いい面に目を向ければ、少なくとも(子連れのフライトで)子ども嫌いの気難しい大人の隣に座らなくてすみます」とポジティブな評価も付け加えた。

当事者JALの説明は

今回筆者が日本のJAL窓口に問い合わせてみたところ、以下のような回答が得られた。

1.このサービスは国内線では2013年2月から、国際線では2017年11月から始めたもので、新しいものではない

2.そもそも始めたきっかけは、以前より子ども連れの利用者から「周囲に迷惑をかけるのをなんとか少しでも避けたい」との声が高かったこと。その解決策の一つとしてまず国内線でサービス開始したところ好評だったので、国際線でも国内線に合わせる形で導入した

3.サービスは利用者の声を取り入れながら常に検討していくが、今のところサービスを廃止する予定はない

だとすれば、このニュースは拡散の際に大きな誤解をともなってしまったのだ。

発端となったAhmed氏が「ほかの乗客が子どもを避けるためのサービス」として紹介したものがそのまま広まってしまったが、本来は子ども連れの搭乗客からの要望で始めたものだということ。

実際、誠に恐縮ながら幼い子どもを連れて頻繁に長時間フライトをさせて頂いている身としては、このサービスを利用する機会があればぜひ、他の子連れ客の近くに席を取るために活用させていただきたい。

子ども同士がお友達になって一緒に遊んでいてくれれば機嫌を損ねて騒ぎ出す確率がぐっと低くなるし、なにより子どもがかける迷惑がお互い様だし、親同士手伝いあうことだってできる。

迷惑なもの同士他の乗客からなるべく離れて固まって助け合おう、と同朋意識も生まれる。そういう意味では「子連れゾーン」を作ってそこに配置してくれてもいい、などと妄想してしまう。

各国の機上ベビー対策・子ども居住エリア限定系

と言っておいてなんだが、実は子どもが座るエリアを限定している航空会社は主にアジア圏に複数ある。

シンガポールのLCCであるScootや、マレーシアの格安航空会社であるエアアジアXは、「静かゾーン」を設け、全ての乗客に静かに過ごすことを求めるとともに高校生までの年齢の子どもは予約できないようにしているし、国営航空会社であるマレーシア航空ではエアバスA380を利用するフライトに関しては、主にファーストやビジネスの席が設置されている二階には子どもは座れない規則になっている。

アイルランド国籍でヨーロッパ最大の格安航空会社・ライアンエアは2011年4月1日に「子ども搭乗禁止のフライトを設定する」と発表した。

これは後にエイプリルフールのジョークだったと判明したが、当時同社広報を担当していたStephen McNamara氏は「誰だって、自分の子はかわいいけれど、飛行機に乗る時に他人のチビモンスターは避けたいと思うものでしょう」とジョークの真意を釈明した。

全く別の文脈で、「子どもに優しい隔離」ともいえる野望を抱くのは英ヴァージン・アトランティック航空の創業者であるリチャード・ブランソン氏。

彼は「いつかわが社のフライトに、『キッズ・クラス』を導入したい」と語る。「保育士と防音機能完備の分離したキャビン」を夢見る彼は、「緊急時に保護者との合流が難しいという理由で、当局から許可が下りない」と表情を曇らせている。そりゃそうか…。

各国の機上ベビー対策・子ども接待系

一方主流派は、逆の発想で子どもを楽しませることによって本人や家族に快適なフライト体験を提供し、ひいては他の搭乗客の迷惑になることを防ごうとする会社だ。

その最たるものは無料の「空飛ぶ保育士サービス」。バーレーンの国営航空会社であるガルフエア、アブダビ国営のエティハド航空が導入している。保育士の訓練を受けた子ども対応専門のフライトアテンダントが搭乗し、ゲームやおもちゃで子どもたちを楽しませ、保護者のサポートをしてくれる。

同じく中東系のエミレーツ航空も家族優先搭乗や機内食での子どもへの配慮、機上で貸し出されたり配布されるおもちゃの充実に定評がある。2015年にはエコノミークラスで貸し出されるヘッドフォンを音質の良いものに切り替え、子どもにはカラフルで適したサイズのものを用意した。

「空飛ぶ保育士」(エティハド航空公式HPより)

ニュージーランド航空が2011年に導入してから話題を提供し続けているのは、エコノミークラスに設置したファミリー向けシート「スカイカウチ」。

連なった3席分の座面の下にレッグスペースいっぱいの長さのレッグレストが収納されており、全て上げれば3席の座面+レッグスペースの面積のフルフラット「カウチ」になる。

子どもなら3席分の幅があれば横になれるし、大人もその横で足を伸ばして寄り添うことができる。特別追加料金はない上、大人と子どもが計2人で予約する際には、「カウチ」にするための3席目をエコノミー料金の半額で購入することができる(どういうわけか、一人で3席を利用したいときにはこの割引は適用されない)。


NZ航空の「スカイカウチ」(同社公式HPより)

中華航空も2014年にこのスカイカウチを採用したほか、英国3番手のTUIエアウェイズ(旧称トムソン航空)が2014年にこのカウチからインスパイアされた「家族が向き合って座れるテーブル席」を開発する計画を発表したが、その後実用には至っていない。

東アジアで有名なものは韓国のアシアナ航空が提供する「ハッピー・ママ」サービス。抱っこ用のスリングの貸し出しや子どもメニューのバラエティに加え、客室乗務員が手品ショーやバルーンアート、フェイスペインティングなどをして回り、さらにクッキーを焼いたりドレスを着て写真撮影会をするなど、子どもを飽きさせないイベントを機内で開催するとのこと。

他にも英ブリティッシュ・エアやエティハド航空のように、ぬり絵ブックやパズル、ゲームや手品セットなど子どもが長時間熱中しそうな時間つぶしグッズの入ったリュックを配布するエアラインや、2歳までの子どものためのベビーベッド兼チャイルドシート「エアロキッド」を自社開発した独ルフトハンザ航空など、各社子どもを機上で「モンスター」に変身させないようあの手この手で工夫している。

結局は現場次第の部分もあるが……

個人的な話になるが、先述のように本当に恐縮ながら貧乏人のくせに子どもと一緒に長時間フライトをする機会が多い筆者は、常に「その時一番安いフライト」を予約するので、国内外様々な航空会社のお世話になってきた。

渦中のJALだってもちろんとても親切に対応してくださったし、どの航空会社のスタッフの方々にも近くに座り合わせた方々にも感謝と申し訳なさしかない。

しかしやはりそこでも子どもを巡る文化の違いを感じるというか、サービスや設備が整っていてもいなくても結局は「人」次第な部分もある。

「あくまで個人的な体験で」「皆様本当に親切にしてくださったが強いて言えば」の話だが、欧州の某「子どもが最も幸せな国」のエアラインは特に目立ったサービスはないが子どもに対するポリシーが100%子ども寄りで、現場のスタッフも臨機応変に子どもに対応してくれることが多い印象が強い。

フライトアテンダントが小さな我が子をあやしてくれたり「向こうの席に同じ年くらいの子どもがいるから、ちょっと一緒に遊ばせてきてあげるわね」と連れ去ったきり1時間自由にさせてくれたこともあるし、前の席のフランス人グループにわが子を怒鳴りつけられた後通路で泣いていたら、客室乗務員が「私にまかせて!」とビジネスクラス用の高級ワインをそのグループに提供してくれ、ゴキゲンでさんざん飲んで寝てくれた、なんていうこともあった。

もちろんその一方で、スタッフの手が子どもに取られて回ってこないことにイライラしていた大人もいたかもしれないし、子どもたちに寛容な態度を取ってくれた大人たちに関しても、その余裕が世界一ともいわれる彼らの国のワークライフバランス(と、大人の休養にも寛容な社会)に下支えされていることは想像に難くない。

逆に日系の航空会社はどちらの会社も本当にかゆいところに手が届くサービスが用意されていて感動させられっぱなしだが、やはり実際に頼ろうとすると子どもに厳しい文化が顔を出すケースも。

子どもの体調が急変しておむつが足りなくなり、公式HPに「紙おむつをご用意しております」「ご希望の方はお知らせください」とあったのを思い出してお願いしたら、頂けはしたが「母親なら多めに準備して搭乗してください」とお叱りを受けたこともある。

大人の搭乗客同士がケンカして満席なのに席替えを迫られたスタッフに「席を譲ってください」と依頼され、その後10時間0歳の娘を抱いて座席難民としてウロウロすることを余儀なくされたこともある。

しかし逆に筆者よりも海外在住歴の長い友人で「自分の経験の中では、日系フライトの方が圧倒的に真心サービスだった」と言う人もいるし、結局はその時の現場のスタッフや他の搭乗客の価値観が反映されるという面もある。

とはいえ、やっぱり会社が一定の方針に基づいて何らかの用意(子どもの隔離にしろ接待にしろ)をしてくれた方が、スタッフも乗客もやりやすいのは間違いない。そこから建設的な議論が生まれて、多くの人が納得できる軟着陸地点が見つかる可能性だってある。


左が日系のANAで頂いたトランプ、右がオランダのKLMで頂いた子どもセット。どちらも子どもの大事な宝物(筆者撮影)

今回は日頃から「子どもに厳しい」印象を持たれている日本であるがゆえの?誤解を受けてしまったが、今後も各航空会社には批判を恐れずに様々な試みを打ち出してほしいところ。

試行錯誤と「最大多数の最大快適フライト」のための議論で、みんながハッピーなフライトを実現できる日が待ち遠しい。

文:ステレンフェルト幸子
編集:岡徳之(Livit