ベトナム政府が力を注ぐ国産ソーシャルメディア、その光と陰

ITオフショア開発拠点として注目されるベトナム

グルメ、雑貨やビーチリゾート目当ての旅行者だけでなく、ITオフショア開発拠点や市場として、近年ビジネスパーソンからの注目も高くなっているベトナム。

比較的若年人口が多く、ソーシャルメディアの利用も活発だといわれている同国では、利用時間は1日あたり143分で東南アジアの中では比較的少ないものの、約5,500万人がソーシャルメディアを定期的に使用しており、ソーシャルメディアエンゲージメントにおいては世界第7位となっている。

そんなベトナムでいま注目されているのが「LOTUS」だ。ベトナムのIT企業「VC Corp Communication Technology Company」が開発したこの国産ソーシャルメディアは、今年9月16日にハノイで公式に開始されたばかり。資金も地元投資家から調達し、その額は3,000万ドル以上に達した。

ベトナム政府はこのところ国産ソーシャルメディアの開発を推進しており、これまでにも「Hahalolo」や「Gapo」というソーシャルメディアが国内より立ち上がっているが、その最新の取り組みである「LOTUS」とはどのようなものなのか。またその開発の背景とは。

ベトナム人によるベトナム人のためのソーシャルメディア「LOTUS」

LOTUS(蓮の花)は、ベトナムのシンボルとされる花だ。日本人にとっての桜のような存在とも言われ、国営のベトナム航空のロゴマーク、そしてベトナム伝統のお茶としても使われる、ベトナム人にとって特別な花だ。


ベトナムのシンボルであるLOTUS(蓮の花)

ソーシャルメディアLOTUSは、このベトナムを代表する花の名を冠し、ベトナムの人口約9,600万人のうち6,000万人以上をユーザーとするFacebookが君臨するソーシャルメディア界で、「ベトナム人によるベトナム人のためのソーシャルメディア」として、巨人Facebookに代わって国内トップとなることを志す。

ベトナムには、これまでもいくつか自国発のソーシャルメディアが開発されているのだが、LOTUSは、モバイルアプリケーション、人工知能、ビッグデータ、クラウドコンピューティングといった多様な専門分野の200人以上のエンジニアがVC Corp社にて開発に関わり、より洗練されたソーシャルメディアとなることを目指している。


LOTUS Web版のフィード(LOTUS Webサイトより)

FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ氏は2017年、今後10年間のFacebookのミッションは「世界中でコミュニティをつくること」と発表したが、このようにFacebookが「人と人をつなぐこと」にフォーカスしているのに対し、LOTUSはユーザーが自身の興味関心を追求し、楽しむための場としていくことで差別化を図るという。

そのため、個人のアカウントに対してフレンド申請やフォローをするではなく、トピックや、インフォメーションソースをフォローする仕様となっている。

ローンチされた時点で、500人以上のクリエーターが、教育、経済、写真、ブログ、動画作成、ライフスタイル、エンターテイメント、音楽、マーケティングといった20分野で初期コンテンツを用意しているが、今後は、一般ユーザーからのコンテンツ制作・公開も行われる予定だ。

フィードはAIによりパーソナライズされたニュースフィード、ユーザーの興味関心によって選ばれたコンテンツのフィード、そして天気や航空券の追跡などのウィジェットの3つからなり、Facebookとの差別化を図っている。

特にユニークなのは、トークンシステムだ。投稿や動画の閲覧、そして共有に基づいて発行されるこのトークンは、LOTUSのフィードに「ポジティブな」投稿のみが並ぶインセンティブとなることが期待されている。

ベトナム、政府主導のソーシャルメディア開発の光と陰

前述したように、ベトナム発の国内向けソーシャルメディアはこれまでもいくつか開発されており、特にLINEのようなメッセンジャー機能主体でフィードも備えている「ZALO」は若い世代を中心にかなりの成功をおさめている。

なぜ、ベトナムではこのような「自国発」「自国向け」のソーシャルメディアが相次いでリリースされるのだろうか。

その背景には、ベトナム情報通信省による「ベトナムのソーシャルメディアユーザーの50%が国内のソーシャルネットワークを使用する」という目標の設定、そして国内のIT企業への協力の呼びかけがある。


(ベトナムの若者に人気のZALO ZALOウェブサイトより)

このような政府の取り組みの理由の一つは税収だ。

2018年、Facebookはベトナムのデジタル広告から2億3500万ドルを稼いだとされるが、ベトナムにおいてその利益に応じた納税をしているかは疑問視されている。その点、ベトナム国内企業によるソーシャルメディアは、デジタル広告の収益からベトナムにより大きな経済的利益をもたらすことが期待されているのだ。

そして、もう一つ、明言されることのない目的は、言論統制ではないかとも言われる。報道の自由ランキングで、中国やトルコなどと並び、下から数えた方が早いベトナム。ソーシャルメディアもその監視の例外ではない。

2017年以来、ベトナムは政府を批判するブロガーや、ソーシャルメディアに政府批判の投稿を行う活動家の逮捕を拡大している。今年6月には環境活動家が、環境問題において政府批判を行い、平和的な抗議運動を促したFacebookへの投稿により6年の懲役刑を受け、欧州連合、アムネスティインターナショナルなどから強い批判をあびた。

LOTUSでは、Facebookがこれまでフェイクニュースの拡散に一役買ってきたとの批判に基づき、独自のメカニズムと検閲チームが違法あるいは不適切な投稿のチェックにあたるとの発表がなされているが、そのチェックの対象となる「違法なコンテンツ」には平和的な政府批判も含まれる可能性が高い。

トークンシステム等のインセンティブによって「ポジティブな」コンテンツのみを表示するニュースフィードという特徴も、このような背景を鑑みると、政治、社会への批判的な投稿の拡散をさせないという目的を感じさせる。

ベトナムで今年1月に施行されたサイバーセキュリティ法が、この動きを後押しする。同法では、通信、オンラインサービス、オンラインコンテンツに携わる企業に対して、ベトナムにオフィスとサーバーを置き、国内にデータを保存することを義務づける。

これにより、外国企業のベトナムでのプレゼンスを縮小し、地元企業によるソーシャルメディアの開発、普及を助けるとしているが、同時に、同法により各企業はベトナム国内のサービスユーザーの個人データを裁判所の命令なしでも、ベトナム政府に引き渡す必要があると定められているため、政府がインターネット上の言論統制をより行いやすくなるとの見方もされている。 

ベトナムのソーシャルメディアのこれから


LOTUS アプリ画面(AppStoreより)

Facebookが2007年にベトナムに参入して以来、次第に大きくなるその存在感に危機感を覚えたベトナム政府は国内のソーシャルメディアに数百のライセンスを付与したが、そのうち現在もアクティブなものはほとんどないという。

このようなベトナムのソーシャルメディアの大半は、実際にはソーシャルメディアというより、単純なオンラインフォーラムにすぎないとの見方も同国の専門家からは寄せられている。

ベトナム経済ニュースサイトVnEconomyによると、ベトナム人の平均利用時間はすでにかなり人気の出ているZALOであっても約2.12時間であり、Facebookの約3.55時間には、いまだ追いついていない。

そんな中、新たなるFacebookへの挑戦者としてローンチされたLOTUS。

まだ生まれたばかりのこのソーシャルメディアは、今後、エラー修正、ユーザーからのフィードバックの反映を行い、さらに国民に広く受け入れられるものとしていく予定となっている。その可能性、そしてベトナムの人々に与える影響は、いまだ未知数だ。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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