中国でスペイン語/ポルトガル語が人気沸騰、背景に中南米進出の加速

中国の世界的なプレゼンスが高まるなか、各国では中国語学習者が増えている。投資家ジム・ロジャーズ氏やアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏など著名なビジネスパーソンが自身の子どもたちに中国語を学ばせていることは広く知られた話だ。アフリカでも若い世代の間で中国語学習の人気が急上昇。英語やフランス語など旧宗主国の言語に取って代わる勢いといわれているほどだ。

一方、中国における外国語学習のトレンドはどうなっているのだろうか。英語や日本語の人気が依然として高いといわれているが、最近学習者が爆発的に増えている語学がある。スペイン語とポルトガル語だ。

英ガーディアン紙が伝えたところでは、1999年中国の大学でスペイン語を学ぶ学部生は500人しかいなかったが、2016年には2万人に増加したというのだ。ポルトガル語学習者も同様に最多記録を更新しているという。

なぜいま中国でスペイン語/ポルトガル語の学習者が急増しているのか。

中国で人気急上昇、スペイン語/ポルトガル語学習

中国でスペイン語/ポルトガル語の学習者が急増している理由の1つとして、中国政府が中南米・地域研究への投資を加速させていることが挙げられる。

2010年中国政府は中南米の地域研究をこれまで以上に強化することを決定。その後、中国各地に中南米研究センターを開設していった。大小合わせその数は現在60拠点に迫る勢いという。「CASS中南米研究センター」などがその代表格だ。

こうした研究センターは中国の大学と提携しており、中南米を専門とする人材を育成するための語学コースを提供。スペイン語/ポルトガル語を学習する環境が整備され、これにともない学習者が増えていったと考えられる。

中国政府が中南米・地域研究を強化しているのは「一帯一路」構想において中南米諸国を巻き込みたいという狙いがあるからだ。

実際ロイター通信によると、2018年1月南米チリ・サンティアゴで開催された中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)と中国の閣僚級会合では、中国側から中南米諸国に一帯一路構想に加わるよう呼びかけがなされたという。

中南米はこれまで「米国の裏庭」と呼ばれるほど米国の影響力が強かった地域。しかし、2014年に中国は今後10年間で中南米地域に2,500億ドル(約27兆7,000億円)もの投資を行う計画を明らかにし、各国で大型インフラプロジェクトを受注、域内でのプレゼンスを高めている。

インフラ投資の拡大の波に乗り、中国企業による中南米進出も加速しそうだ。中国の自動車メーカーJAC(江淮汽車)は、中南米に自動車を輸出しており、2017年には販売台数が3,000台以上と前年比で150%増を記録した。ブラジルなどでコンパクトSUVの販売が好調という。また最近殺人事件でサービスが一時停止したと伝えられている中国配車サービス最大手のDidi Chuxin(滴滴出行)は、2018年1月メキシコでのサービス開始に向け、現地でドライバーを募集し始めたと報じられている。さらにブラジルの同業「99」を買収するなど、中南米での攻勢を強めている。


Didiが買収した「99」のウェブサイト

スペイン語/ポルトガル語を学習する中国人学生たちは、このような流れを機会と捉え、将来中南米での就業も視野にいれているようだ。ガーディアン紙がインタビューした北京外国語大学の学生は「ポルトガル語を習得することは、給与の高い職に就くために大きなアドバンテージになる」と回答している。中国による投資の増加と外交関係の強化によって、今後中国語とスペイン語/ポルトガル語を話せる外交官、通訳・翻訳者、弁護士などの需要が高まるとみられている。

台湾を包囲し、米国を揺さぶる中国の中南米進出

中国の中南米における投資は、相互に恩恵があることから今後も加速する公算が大きい。一方、この動きは米国にとって脅威となっている。

最近のアルゼンチン・ペソの急落やベネズエラでのハイパーインフレに見られるように中南米諸国の金融・経済状況は非常に不安定だ。こうした状況下、米国からの十分な支援を受けられなかった中南米諸国は中国に救いの手を求めた格好となる。


ベネズエラ・カラカスでの反政府デモ(2017年4月)

一方中国にとってはこれまで米国の裏庭と呼ばれ、政治的な影響力を行使することが非常に難しかった中南米諸国に進出する好機となった。また、資金力を生かした交渉により台湾と国交を結ぶ中南米諸国の懐柔にも成功。台湾・蔡政権が発足した2016年5月以降、5カ国もの国が台湾と断交し、中国と国交を締結している。その5カ国とはアフリカのサントメ・プリンシペ、ブルキナファソ、中米・カリブのパナマ、ドミニカ共和国、エルサルバドルだ。エルサルバドルが台湾と断交し、中国との国交締結を発表したのは2018年8月末のこと。

中米・カリブの3カ国が短い間に中国と国交を結んだことに米国は強い懸念を表明。2018年9月初め、米国政府はこれら3カ国に駐在する米大使を召還し、今後の対応について議論していると報じられている。

サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙が伝えたところでは、ジーン・マンズ在エルサルバドル米大使は今年7月に、エルサルバドルにおける中国投資が活発化し、港湾を建設する話が持ち上がっているだけでなく、エルサルバドル東部の商業港湾を軍港にする計画があると警告していた。

トリビューン・ニュース・サービスによると、中国はパナマ運河に新しい大使館を建設する計画も進めているという。2018年3月まで在パナマ米大使を務めたジョン・フィーレイ氏は、100年前米国の支援で建設されたパナマ運河に中国大使館が建設されるほど、米・パナマ関係を軽んじる行為はないだろうと述べている。また、フィーレイ氏はパナマ運河を通じて中国の軍艦がメキシコ湾にやってくる可能性は低いと述べつつ、中国が中南米で情報通信インフラの建設を進めていることは十分に米国の驚異になるだろうと指摘している。


大型船が行き交うパナマ運河

これまで中南米諸国の間では米国の意向を反映し、域内における中国のテクノロジーインフラ建設を許可しないという暗黙のルールがあったとされるが、現在そのルールは廃止されたようだ。

アフリカと異なり依然米国の影響力が残る中南米地域で、中国がどのように投資を増加させ、そのプレゼンスを高めていくのか。また中国の世界戦略はどこまで広がりを見せるのか、今後も注視が必要だ。

文:細谷元(Livit

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