「よくもこんなことを」
「よくもこんなことを(How dare you)!」
今この台詞を見て、目に涙を浮かべて怒り狂う16歳の少女の顔を思い浮かべる人は少なくないだろう。
現代の気候ジャンヌ・ダルクこと若きスウェーデン人気候変動活動家グレタ・トゥーンベリさんは、今年9月23日の国連気候行動サミットで行ったスピーチで権力者たちに牙をむいた。
「私たちは大絶滅時代の始まりに立っているというのに、あなた達はまだお金の話ばかりして、経済成長が永遠に続くなどという寝言を言っている」
「一方で希望を求めてこうして私たち若者に寄って来る。How dare you(一体どのツラ下げて)?!」
と投げかけ、現状を指摘して気候変動を他人事のように見ている各国のリーダーたちを叱責。
最後は「世界は目覚め始めています。変化は訪れる。それがあなた方にとって都合が良かろうが、悪かろうが」と吐き捨てるようにスピーチを締めた。
Z世代の象徴としてのトゥーンベリ氏
アスペルガー特有のこの真っすぐな信念と科学的思考、「空気を読まない」行動力で不都合な真実を「偉い大人」たちの鼻先に突きつけ続けるトゥーンベリ氏には当然、熱烈なアンチが多い。
大国のリーダーたちにもあたかも脳内お花畑のオメデタイ少女であるかのように揶揄されたり、「善意はあるが何も知らない10代の子」呼ばわりされたりさんざんだ。
筆者はいつ彼女が大きな力によって潰されてしまうかとヒヤヒヤしながら見守っている(今回記事を書くためにリサーチした際にも、あまりに生々しいヘイトコメントをおなかいっぱい目にしてしまい一瞬具合が悪くなってしまった)のだが、一方で今回ばかりは勝手が違うかもと希望も持っている。
昨年8月20日にたった一人学校の裏で「気候のためのストライキ」を始めた彼女の行動がまたたく間に世界の気候変動に危機感を覚える若者たちの心を掴んで、たった1年余りで数百万人が行動するムーブメントを引き起こすに至るには、言うまでもなくソーシャルメディアの力が大きかった。
昨年8月、たった一人でストを始めた頃のトゥーンベリ氏(同氏公式Facebookページより)
冒頭のスピーチがなされた国連気候行動サミットに先立って9月20日に全世界的な「Global Climate Strike(全世界気候ストライキ)」が行われたことからも見て取れるように、トゥーンベリ氏と思いを共にし、彼女を時代のアイコンに押し上げたフォロワーは10代の若者が多い。つまりZ世代のど真ん中だ。
経済が衰退し続け、テロリズムが根絶できず、気候が止めようもなく変動していく世界しか知らない彼らは、いまだかつてないシビアな世界観と倫理観を持っていると言われる一方、「真のデジタルネイティブ」として物心ついた時からソーシャルメディアに親しみ、自分の声を全世界に向けて発信すること、物理的・文化的な距離に囚われずに世界規模でネットワークを築くこと、起業することに長けている。
トゥーンベリ氏は突発的に発生したカリスマではなく、インターネットの力を借りて凝集した世界の若者の声の象徴に過ぎない。権力を持った年寄りが一般的に苦手とするフィールドで集結した、Z世代の怒りの権化なのだ。
1992年に国連会議で当時12歳のセヴァン・スズキ氏(ちなみに彼女はカナダで知らぬ人はいない日系生物学者おじさんのDavid Suzuki氏の娘である)が「直し方も知らないものを、これ以上壊すのはやめてください」と環境破壊を止めることを訴えた伝説のスピーチから27年、「世界は何も変わっていない」と嘆く向きもある。しかし若者が声を上げ、世界的に団結するツールを手にしたという違いは大きいと私は思う。
アメリカ国会で主張した4人のZ世代たち
先述の国連気候行動サミットに先立ち9月18日に、トゥーンベリ氏をはじめ4人のZ世代の気候変動活動家が、アメリカの民主党系下院議員の有志からなる「House Select Committee on the Climate Crisis(気候危機対策委員会)」主催の公聴会に招かれ、主張をアピールする機会を得た。
トップバッターのトゥーンベリ氏は昨年の国連による温暖化についての報告書を提出し、「私の言うことはいいから、科学者の声をきちんと聴いてください」「気候変動は人類の存亡を左右する緊急事態です。私たちはそれを認識し、対処しなければいけない。これは政治的意見でも個人的意見でもない。科学的事実です」と気候変動否定派を牽制。
「人々は、この問題がどんなに深刻か分かっていないように見えます。科学の前に団結し、実際に行動を起こしてください」と訴えた。
続くシアトル出身、17歳の女子高生兼「気候正義活動家」Jamie Margolin氏は、
「今私は高校3年生で、今日ここに来るために学校を何日も休んでいます。大学の願書提出も迫っているのに、肝心の大学で勉強したことを活かす『未来』を確実に手にするための戦いに忙しく、正直ほとんど手を付けていません」
「あなた方は今日、私たちの話を聞くために少しの時間を割いてくださった。でもそんなのは、政治家たちが私たちの未来を破壊して巨万の富を得ている大企業のロビイストと過ごしている長い時間に比べれば、無に等しい」
「私は今あなた達(議員)が座っている席に座って、気候の危機にてこを入れるのが待ちきれない。でもあなた達も今、その立場を利用して行動してください。さもなければ、私がその席に座る頃にはとっくに手遅れです」
と議会を挑発。
そしてこの公聴会の象徴ともいえる
「私たちはあたかも人類最後の世代であるかのように『Z世代』と呼ばれています。でもそれは違います。私たちはアルファベットの最後の一文字になることを拒否します」
という一言を残した。
Jamie Margolin氏(公式Facebookより)
NY出身、20歳のホンジュラス系米国人でトランスジェンダーのVic Barrett氏は、「Juliana vs. the U.S.(10歳から21歳までの21人の若者が、トランプ政権を相手取って気候変動への行動を求めて起こした訴訟)」の原告団の一人。祖父母の住むホンジュラスの貧困問題にも取り組んでいる。
彼は、
「前線の仲間は、僕のようなメンバーがほとんどです。若い、有色人種、LGBTQ(性的マイノリティ)、先住民系といった、社会の中で軽んじられている人々は、気候変動による悪影響を受けやすい」
「このままアメリカ政府が石油依存のエネルギー開発を続ければ、気温は上がり続け、海面の上昇も止まらず、ひどい嵐が頻繁に起き、先祖たちが守り続けいつかは僕たちが受け継ぐはずだった土地は沈んでしまうでしょう」
と淡々と恐怖を語った。
そのBarett氏とは真逆の立場にありながら、同じ志を訴えたのは後日「僕はあの場で唯一の共和党員だった」と語った21歳のBenji Backer氏。
米国保守連合の設立者であり現連合長である彼は、従来の保守派とは立場を異にし、伝統を重んじつつも多様性に寛容で、リベラルとの協働に積極的で、そして大抵は環境問題が「急所」である若い保守派をリードしている。
彼はスピーチの冒頭で「僕は生涯の保守系活動家ですが、政治的立場に関係なく、多くの同年代の者と同じように、気候変動は実際に起きていると信じています」と堂々と宣言。
同氏によれば、アメリカ共和党員のうち「人類が原因の気候変動を信じる」と表明している者の割合は64%、さらにたった5年前の2014年はその割合が36%だったという。既存の権力構造の中で気候変動や人類の影響を認められない政治家は、特に保守派に多い(そもそも彼らの大統領もその一人だ)。この事実を踏まえれば、冒頭の彼の発言がいかに革新的で勇気あるものだったか分かるだろう。
「気候変動は絶望的に語られることが多い問題ですが、それへの取り組みは人類の健康を向上させ、人々に活気を与え、経済成長をもたらすチャンスなのです。気候変動の前では、共和党も民主党も関係ない。効果のある対策を取っているか、いないかです」
彼はこの公聴会の次の日に自身のTwitterにムスリム女性初の米国下院議員であるイルハン・オマル氏とのツーショットをアップし、のちにそれについて「気候変動は、超党派的に声を上げていかなければ解決しない。そして昨日の公聴会は、その謙虚ながら刺激的な一歩だった」と語った。
Benji Backer氏とIlhan Omar氏(Backer氏公式Twitterより)
日本版トゥーンベリ氏は福島出身の男子高生
先述の「全世界気候ストライキ」は日本では「グローバル気候マーチ」と訳されて(日本の若者は学校をボイコットしなかったようだ)全国20か所でデモが行われ、渋谷には2,800人のデモ隊が出現した。それ自体もニュースになってはいたが、次の日のネット上の話題は17歳の高校生・鴨下全生くんが行ったスピーチにさらわれていたように感じた。
彼は福島の原発事故からの自主避難者の一人。原発事故を引き合いに出した上で、気候変動の問題への対応を先延ばしにしている為政者や大人たちに、
「原発へも温暖化ガスの問題へも、科学は十分な警告を発してきました。しかし為政者や権力者らは、身勝手な思惑によって、ぐずぐずと問題を先送りし、いつまでも良い方へ舵を切りません」
「気候変動の影響も、被曝の害も、その多くは時間が経ってから顕著になります。どうしようもない被害が出てから何かしようとしても手遅れなのです」
「儲けるだけ儲けて、たくさんの嘘をついて、そのつけを全部僕たち子どもに背負わせて、先に死んでしまうなんて酷すぎます」
「僕が政治に求めるのは、誠実さです。嘘や隠し事に逃げずに、自分が死んだあとのことに責任を持って欲しい。目先の利権に囚われず、真剣に僕たちの未来について考えて欲しい」
と訴えた。
日本のZ世代のほとんどは、先述のような全世界的な問題に加えて幼少期に大地震・原発事故を、そしてその後も絶え間ない未曽有の自然災害や猛暑を経験している。環境問題やその他の社会問題に対する大人たちの対応の姿勢に「思うところある(鴨下氏)」若者が日本にもこれからどんどん増えていくだろう。
ノーベル賞を彼女らに?
ところ変わって、国連気候行動サミットと同週にスイス・ジュネーヴで行われた軍縮会議に出席した、2011年ノーベル賞受賞者のリベリア人平和活動家リーマ・ボウイー氏は、AFPの取材に応え「今年のノーベル平和賞が、トゥーベリ氏と、アメリカで銃規制のためのデモに参加している10代の子たちの連名の手に渡るのを、『ぜひ、ぜひ、ぜひ』見たい」と語り、若者たちが世界に大きな変化をもたらしつつあると希望を語った。
気候変動による生活環境の悪化が結果的に戦争を巻き起こすなど、環境問題は世界の他の喫緊の課題と密接につながっていると主張する彼女は、「彼女(トゥーンベリ氏)は、地球規模の大きな問題を個人的な問題として提示した」と、本来全世界の個々人の生活に影響を与えるはずなのに「権力者たちの内々の会話に終始してしまいがち」な環境や戦争といった課題を、みんなにとって身近なものにした若者たちの影響を高く評価した。
ボウイー氏は現在47歳ながら、自身が2002年に内戦の終結を求めて女性たちを主導した「ほんの小さなきっかけ」であったセックス・ストライキ(男たちが武器を捨て平和のための活動を始めるまで、女性たちは男性に一切セックスをさせないと表明したスト)が、メディアの力を借りて旋風を巻き起こし、結果的に紛争解決を導いた経験がある。
鬱積した個人の思いがつながって社会に善なるインパクトを与えうることを実感として知っている彼女が、海を越えて団結し、声を上げている若者たちにエールを送りたくなるのは至極当然に思える。
彼女が「女性器を盾に取らなくても女性の声が聞いてもらえる世界」を望んでいるように、世界の若者たちも自分たちが登校を盾に取らなくても大人たちが問題に真剣に取り組んでくれる社会を勝ち取るために戦っている。そんな彼らの手にノーベル平和賞が渡るのは私だって「ぜひ、ぜひ、ぜひ」見たいが…あなたがこの記事を読んでいる時点で、もう結果は出ているだろうか?
文:ステレンフェルト幸子
編集:岡徳之(Livit)