子供の早期バイリンガル教育に一石投じる、シンガポール「英語重視」から「母語も重視」へとシフト

英語の早期教育に関して賛否が飛び交っている日本。一方、英語教育で長い歴史を持つシンガポールでは、英語が重要言語であるという認識が堅持されつつも、母語教育を強化する機運が高まっている。

シンガポールは、英語のほかマレー語、中国語、タミル語の4つの公用語を持つ多民族国家だが、実際は英語が主流言語となっており、他の公用語を高度な水準で扱える人材は少ないのが現状。

世界的に英語人材を輩出する国が増え、シンガポールの相対的な優位性がゆらぎ始めていることに危機感を覚えた同国政府は、英語だけでなく、母語教育を拡充し、新興諸国でも活躍できる人材を増やしたい考えだ。

シンガポール政府はどのようにして母語教育を拡充しようとしているのか、同国の言語をめぐる実情を踏まえ、その最新動向に迫ってみたい。

英語だけなく「バイリンガリズム」を重要視するシンガポール

英語圏の大学・大学院への留学で必須となっている英語試験TOEFL。その統計を見ればシンガポールの英語力の一旦を垣間見ることができる。

TOEFL(iBT)2017年のデータによると、シンガポールの平均点は120点満点中97点。これはアジア太平洋地域で最大の点数だ。同地域で英語が得意とされる香港は88点、インド94点、マレーシア91点、フィリピン89点など。日本は71点にとどまっている。

シンガポールの英語力が高いのは、公用語の1つとして英語が制定され、それにともなう情報発信や教育が英語でなされているからにほかならない。

英国の植民地時代(1819~1942年頃)、シンガポール国内の学校では、英語、中国語、マレー語、タミル語のいずれかの言語で教育がなされていたという。

英語が主流になるのは、第二次大戦後。当時のシンガポール政府は、多民族・多言語の国を統一するには共通語が必要だと考え、マレー語か英語のどちらかを共通語にすることを検討していた。

最終的に共通語として英語を選択。同時に、民族独自のアイデンティや文化を保つために母語が重要であるとの認識のもと、シンガポール政府は国民に対し、英語と母語、両方の言語を扱えるようになることを推奨していた。

シンガポールの人口は現在約560万人。民族比率は中国系が74%、マレー系が13%、インド系が9%。この比率は1970年代からほぼ変わっていない。


多様な文化が混在するシンガポール

1966年にバイリンガル教育政策を導入。英語は、第一言語または第二言語として教えることができるよう学校側に裁量が与えられていたようだが、自主的に英語を第一言語として、他の公用語を第二言語として扱う学校が急増。

このため全体的に英語以外の公用語の使用頻度は少なくなっていったといわれている。ただし、母語の重要性を説く取り組みは継続的に続けられており、2011年にはバイリンガリズム・リー・クアンユー基金が設置されるなどしている。

新興諸国の台頭を見据え、英語と母語の高い運用能力目指す教育

英語を第一言語、それ以外の公用語を第二言語として学ぶ教育が普及したことで、社会にどのような変化が生まれたのかが気になるところだ。

シンガポール政府が5年毎に実施している世帯調査では、若い世代ほど英語を使う頻度が高まっていることが明らかになった。この世帯調査の最新版は2015年に実施されたもの。

同調査によると、家族と話すときどの言語を使っているのかという質問では、約37%が英語と回答。中国語の34.9%を上回る結果となった。中国語の比率は2000年頃から35%ほどで推移しており、最新調査でもその傾向が継続していることが確認された。

一方、英語比率の増加は顕著で、2000年の23%から、2005年には28.1%、2010年には32.3%、そして2015年には36.9%に拡大。この背景には、ミレニアル世代家庭における言語シフトがあるとみられている。

これまで多くのシンガポール・ミレニアル世代は親と話すとき、その言語は中国語やマレー語など、英語以外の公用語であることがほとんどだった。ミレニアル世代の親にあたる60〜70歳以上の層は英語を話せない人が意外と多い。

一方、その子供にあたる30〜40代の層は、子供の頃に英語教育が普及した世代。英語での教育課程を経て、仕事でも英語を使っている。さらに結婚すると、パートナーや子供との会話も英語ですることがほとんどだ。そのことが調査結果にあらわれている。


若い世代ほど英語を日常的に使用

学校では科目のほとんどを英語で学び、マレー語や中国語などは第二言語として少しだけ触れるのみ。さらに仕事でも家庭でも英語を使う環境では、母語を忘れてしまうであろうことは想像に難くない。

実際、若いシンガポール人は中国語やマレー語を話せるが、そのレベルは簡単な日常会話にとどまる場合がほとんどだ。また、高度な会話は問題ないが、読み書きができないというパターンも少なくない。

シンガポール政府はこの点を課題と認識し、課題解決に向けて導入を計画しているのが、母語により重点を置いた新バイリンガル教育政策なのだ。

小・中学校における母語支援プログラムを2021年から導入していく計画。すでに一部の学校で試験運用が実施されており、母語習得で一定の効果が確認されているという。

英語に加え、中国語やマレー語、タミル語でも高いレベルの運用能力があれば、その人材の活躍できる場は一気に広がることになる。

たとえば、インドネシア語と似ているマレー語に長けているのなら、巨大なインドネシア市場に関わることが可能だ。またタミル語であれば、インド市場への関わりを深めることができる。

もしシンガポールが英語教育に加え母語教育でも成功を収めることができれば、アジアのハブとしての地位がさらに強固なものになるのは間違いないだろう。

文:細谷元(Livit

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