「説明をしても、相手の反応がイマイチ」「資料はちゃんと作れているのに、相手に伝えたいことが伝わっていない」など、プレゼンに苦心してる人も少なくないのではないだろうか。そんな悩みを払拭してプレゼン上手になるコツを、ビジネス数学教育家の深沢真太郎氏に伺ってみた。
あなたのプレゼンは、数学的か?
まず大前提として備えておきたいのが、深沢氏は数字を用いて定量的に思考し、かつそれをロジカルに説明できるスキルを「数学的思考」と定義している。いわゆる理工系の学問としての数学を駆使してデータ分析することを数学的思考と表現する人もいるが、この記事で扱う数学的思考はもっとベーシックなものである。
その定義のもと、深沢氏は数学的思考はプレゼンを進めることができる有効な手段だと主張している。相手に納得感をもたらし、次のアクションを起こすための大きな意味付けを与えることができるからだそうだ。
さらに、多くの大手企業で研修をしていて感じることがあるという。休憩時間のコメントや研修中の発言などから、いまのビジネスパーソンは「失敗してもいいからとりあえず何かをやってみよう」ではなく、「何をやるにもしてもなるべく失敗はしたくない」という傾向が強いという。それはつまり、常に彼らは「正しそうな根拠」を求めているという証であり、数学的思考に基づくプレゼンがビジネススキルとして欠かせない時代とも言える。
もし数字を使って論理的に考えることが苦手だという人は、まずは「数会話」から始めてみるといいだろう。これは深沢氏による造語で、例えば「あと少し時間をください」ではなく、「あと3分時間をください」という風に、日々の会話に具体的な数字を使った表現を取り入れていくというものだ。これが習慣化してくると、会話するための数字を自ら作ろうという発想が生まれ、次第にプレゼンにも数字が入ってくるという。ポイントは、いきなり思考を数学的にするのではなく、会話を数学的にするということだ。
「1-1-3」でプレゼンをロジカルに見せる
続いて、より質の高いプレゼンを行うための方法として深沢氏が提案するのが、「1-1-3」という考え方である。これは「1分で1つのメッセージを最大3つの要素で説明する」という意味のものだ。
余計なことは省いて、結論までシンプルに見せることは、わかりやすいプレゼンの特徴のひとつ。そのため、与えられた時間が1分しかないと仮定し、それを3つの要素で説明するにはどうしたらいいか、という考え方でプレゼン内容を組み立てていくのである。深沢氏によれば、これは一切の無駄を省いて論述し結論を示す「数学の証明問題」を解説するような行為に近いという。
数学的に説明せよと言われてもビジネスパーソンはなかなかできない。しかし、「1-1-3」で説明せよと言われると不思議なことに誰でもできるそうだ。こうすることで伝えたいポイントもしっかり要約され、なおかつ順序立てて説明しやすくなるので、必然的にロジカルに聞かせることができるのである。
直感と論理のバランスに気を付ける
ビジネスにおいてロジカルな考え方は非常に重視されるものだが、とはいえ時には感覚的な考え方も必要だ。大切なのは、直感と論理のバランスだと深沢氏は語る。
まず、日常的なビジネスシーンにおいては、直感と論理のバランスは9:1の割合で良いという。どうせなら楽しく仕事をしたい、という想いは多くのビジネスマンが持つもの。「楽しい」「面白そう」「やってみたい」という感情を抜きにしてビジネスパーソンの成長はないし、成果も出ない。最低限のロジカルさは備えつつも、基本的には感覚寄りで周囲と協調しながら進めていけば支障はないだろう。
ただし、それがビジネスにおける勝負どころになるとこの割合が「1:9」に逆転する。自分のやりたいプロジェクトを進めるためのプレゼンなどにおいては、相手を説得することが重要で、そのためには先ほど説明した数学的思考に基づくプレゼンが必須になってくる。この時だけは、主役が論理になる。
ただし、ここでポイントなのはこのような大事なプレゼンのシーンにおいて、深沢氏が直感と論理のバランスを0:10ではなく1:9と提案している点だ。やはりプレゼンといえど、結局のところ人間同士の対話。機械やAIが喋るような「完璧な説明」をしても、意外と相手はイエスと言わないことが多いという。
なぜそのプロジェクトをやりたいのか。その熱い想いや信念といった、共感を生むようなマインドを表現することも欠いてはならないそうだ。このような感情的な要素が、論理的に導き出されたエビデンスに対する信頼度を高めるためのスパイスとなり、プレゼンを成功させる大きな決め手に繋がるのである。
相手の好きな言葉を知る
最後のポイントは、プレゼンする相手の「好きな言葉」を知っているかどうかだ。上手に資料は作れているはずなのに、上司から「何かが違う」と言われる人はこれが足りていない可能性がある。深沢氏曰く、例えば相手が「残業をなくせ!」という言葉をよく口にするタイプなら、それがまさに相手の好きな言葉であり、要は相手に響く言葉なのだという。そのため、プレゼンの際「この仕事の時間効率を○%アップさせることで、部長が最近気にされている“残業をなくす”ことができる。だからこのツールを導入した方が良いと思うんです」という風に相手の好きな言葉を入れて伝えるといいそうだ。このように、相手の“好み”に寄り添ったプレゼンをすることで、グッと伝わりやすさが増すのである。
ただし、ここで気を付けておきたいのが、その言葉の定義を明確におくことだと深沢氏は述べる。例えば、最近よく耳にする「生産性」という言葉。一口に生産性と言ってもその意味合いは幅広い。相手がよく口にしていたとしても、例えばそれは所要時間に対しての営業利益なのか、それとも広告費1円に対する売上高事を指しているのか、このような具体的な中身を把握しておくことも忘れてはならない。
最後に、深沢氏は「結果を出す人は仕事を始めるときにいきなり数字を触るのではなく、必ず相手になるであろう人間を想う」とも語っていた。
これだけITツールが普及している現代、プレゼンのもとになるデータはいくらでも手に入る。そのため、重要なのはその中からどのデータを使えば相手に響くのか見極めることだという。確実に伝わるプレゼンにするためには、自分がどう伝えるかということより、相手にどう伝えるのかという視点で考えてアウトプットしていくことが重要なのかもしれない。
- 深沢真太郎(ふかさわ しんたろう)
- ビジネス数学教育家・BMコンサルティング株式会社代表取締役。予備校講師や外資系アパレル企業での管理職を経て独立。ビジネス数学を提唱し、数学的・論理的に仕事をするためのメソッドを展開。企業や教育機関等の人材育成やコンサルティングを行っている。主な著書に『数学女子智香が教える 仕事で数字を使うって、こういうことです。』(
日本経済新聞出版社)、『マンガでわかる デキる人は「数字」で伝える』(幻冬舎)等がある。
取材・文:志田智恵