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アイドルといえば、アニメ、寿司、浴衣、温泉などに続く、日本の文化の一つといっても、もはや過言ではないのではないだろうか。
矢野経済研究所が2018年に行った「オタク市場に関する調査」によると、2018年度のアイドル市場規模は、ユーザー消費金額ベースで、2,400億円(前年度比11.6%増)にものぼると予測されており、多大な経済効果をもたらしている。
かつてのアイドルは、テレビや雑誌などのメディアに出ることによって、知名度を高めてきたが、近年では、SNSの普及により、発信の場が増えてきており、アイドルビジネスも変わりつつある。
また、以前は歌やダンスなどの表現をする場も、テレビやライブハウスなどが主流だったが、現在ではSNSを通し、ファンと気軽にコミュニケーションを取ったり、アピールすることができる。
そういった背景の中、日本を代表するアイドルグループの一つである「アイドリング!!!」で8年間活動し、その後ボイストレーナーとして活動をするという、異例のキャリアチェンジを果たした遠藤舞氏に、セカンドキャリアとして同職を選んだ経緯やマインド、今後のキャリアプランニングなどについて、お話を伺った。
29歳で見つけた、アイドルのセカンドキャリア
——遠藤さんがボイストレーナーを目指された経緯を教えてください。
遠藤:アイドリング!!!には、25歳まで所属しており、その後、ソロでの活動に移行したのですが、29歳の頃に芸能界を引退しました。実に18歳の時から11年間、芸能界で過ごしてきたことになります。
「アイドル」や「歌手」といった肩書きは、社会経験としては、かなり特殊なキャリアになると思います。しかし、そこからまた新たに仕事を始めるとなると、やはり今までの経験を活かせる仕事が良いなと思いました。
どうせなら自分にとって得意なことや、好きなことに携わりたいと思い、普段から人に褒められることなどを、客観視しながら模索していきました。そして、「歌を教える仕事がしたい」という結論にたどり着きました。
ダンスを踊りながら歌うことや、ステージングなど、自分の今までやってきたことを活かせますし、何より「歌う子たちの苦労が分かる」ということが強みなのではないか、と思ったのです。
そして、ボイストレーナーを目指すことになりました。
——人に何かを教えることは、元々得意だったのでしょうか。
遠藤:自分ではあまり意識したことはなかったのですが、もしかしたらそうだったのかもしれません。
歌に関しては現役時代から周囲の方々に褒めていただく機会もあったのですが、仕事としてやるためには、もっと練習をしなければと思っていました。父親が音楽の仕事をしているので、たまに自分の歌の動画を見せて、改善出来そうなところを指摘してもらったりしていました。
歌を上手く歌うためのセオリーって、実は結構あるんです。それらを頭で理解し、上手くアウトプットすることができるようになれば、ある程度上達することができます。指導するにあたって、それをいかに言語化し、分かりやすく伝えられるかを、意識しています。
私もどちらかといえば天才タイプではなく、人知れず努力してきた方です。でも、好きなことだったので、努力も苦ではなかったと今振り返って思います。
自分自身が「練習をすれば結果が出る」ということを、身をもって経験してきたので、他の人でもできると確信しています。そうしたこれまでの自分の実体験を通して、歌を教えることができたらいいなと思っています。
——現在は、アイドル専門のボイストレーナーをされているのでしょうか。
遠藤:現在は女性のみとなりますが、広い層に向けて募集をしています。
「アイドル専門」と、特別打ち出しているわけではないのですが、やはりアイドルの方や、アイドルの運営の方、アイドルのプロデューサーや、マネージャーをしている方から、ご連絡をいただくことが多いですね。
そういった場合、ボイストレーニングだけではなく、プロ意識をどうしたら持てるかといった指導をご依頼いただくことも多く、業界のしきたりや、ビジネスマナーのいろはを教えることもあります。
本日は遠藤舞先生による
ボイストレーニングを行いました。#ボイストレーニング #ハープスター pic.twitter.com/sCD8m6TpqT— ハープスター (@HARPSTAR_info) July 1, 2019
遠藤さんのボイストレーニング中の様子 ハープスター Twitterより
アイドルは、ただ歌が上手いだけではいけない
——レッスンは、どのようなステップで進められているのでしょうか。
遠藤:まず、病院でいう問診票のような感じで、歌や楽器やボイストレーニングなど、音楽の活動経験、声や歌に関する悩みなどを記入してもらいます。
それを参考に、その悩みを解決できるよう、指導していきます。または、プロダクションの方や、マネージャーさんがレッスンを依頼してくれた場合は、その担当者の方にも意見を聞くようにしています。
アイドルの子を指導する場合、ただ歌が上手くなるだけではダメで、本来持っている良さを活かす必要があると思っています。そのバランスの調整がとても難しいのですが、できるだけその生徒の個性を引き出すことを尊重しています。
そのためにも、生徒または依頼者の方には、事前に自身の音源を用意していただくか、そういったデータがない場合は、どういう楽曲で、どういった方向性を目指しているのかを確認し、把握するようにしています。
難しいのは、本人がなりたい方向性と、マネージャーさんが望んでいる方向性が、違っている場合があることです。その認識を上手に擦り合わせていくことが特に重要だと思っているので、そこに時間を描けるようにしています。
——レッスンの具体的な内容を教えてください。
遠藤:基本的には決まったメニューに沿ってレッスンを進行するのではなく、生徒に適した内容で組んでいます。
初回のメニューだけ決まっていて、ストレッチやウォーミングアップをします。あと、初回は緊張してしまっている生徒さんも多いので、カウンセリング要素を多めにし、たくさんお話するようにしています。
あとは、発声練習だけではなく、挨拶の練習などもしています。礼儀がしっかりしているとそれだけで評価が評価がうんと変わるし、逆に挨拶ができないと、それだけで評価が大幅に下がってしまいます。それってとても勿体無いことだと思うのです。
近い距離での挨拶は勿論、遠くにいる人への挨拶の練習もします。例えば、ライブハウスでスタッフの方に挨拶をする場合、PAさんは一番後ろにいることが多いため、ステージから大声で挨拶をしないといけないからです。
挨拶一つでその人の評価が大きく変わるので、そこで損をして欲しくないんです。
——いわゆる発声練習と歌の練習と、どちらに焦点を当てたレッスンなのでしょうか。
遠藤:個人レッスンの場合、1時間の内、前半の30分間は発声練習をして、後半の30分間は歌の練習をしています。
しかし、発声練習に関しては、根気が必要です。発声の成果が現れるには、時間がかかるからです。数日、数ヶ月単位ではなく、年単位で、成果が現れてきます。
そのため、レッスンの時だけではなく、普段から実践してもらう必要があります。すると、少しずつ効果を体感できるようになるのです。
歌い方のトレーニングに関しては、割と早く成果を感じてもらえることが多いです。上手く歌えるようになるセオリーがあるので、それを実践してもらいます。
その次は、他の曲で、今度は本人が感じた通りに歌ってもらいます。そして、それに対してフィードバックをします。
元アイドルだったからこそ理解できる“生徒の悩み”
——アイドルには色々な苦労があると思いますが、生徒のメンタルケアなどに携わることもありますか。
遠藤:私はカウンセラーではないので、癒してあげることはできなくても、話を聞いてあげることならできます。自分の中でモヤモヤを抱えているよりも、人に話すことによってスッキリできたり、解決案が見つかることもあると思います。
誰にも相談できずに、一人で悩んでる人って実は結構多いと思います。実際に私もそういう環境にいたので。そして、私が聞いてあげることによって、その生徒の手助けをすることができれば本望です。
なので、カウンセリングというよりは、保健室の先生のようなポジションになりたいと思っています。私の影響力は小さいと思うのですが、そういう存在が一人いるといないとでは、だいぶ心持ちが変わってくると思いますから。
——メンタルの状態は周囲にも影響を与えたりしますよね。
遠藤:そうですね。芸能活動って、決して良いことばかりではないので、誰しもが1回は病んでしまった経験があると思います。
私の場合は、そういった時期に、パフォーマンスができなくなってしまったことがありました。それはメンバーにとっても、スタッフさんにとっても、お客さんにとっても、そして私自身にとっても、良い状態ではありません。
ファンの皆さんは観察力のある方が多いので、動きや顔色の微妙な変化などで、元気がないメンバーのことをすぐに見抜いてしまいます(笑)
やはり、みんながハッピーな方が良いですし、お客さんたちも、応援しているアイドルが幸せでいてくれた方が嬉しいのではないでしょうか。
——遠藤さんは引退されてからも、やりたいことをきちんと見つけられている感じがしますね。
遠藤:ボイストレーニング以外にも、時々仮歌のお仕事やコーラスのお仕事などにも、携わらせていただいてます。
私は意外と引っ込み思案なところがあり、元々どちらかというと、人前に立つお仕事よりも、レコーディングなどのお仕事の方が得意でした。
そのため、ようやく音楽活動の中でも、自分が特に得意としている分野に携わられる道を見つけられたことが、とても嬉しいです。
レコーディングって、ピッチやリズム、細かいニュアンスなど、微々たるところまで意識しないといけない、繊細でシビアな世界です。でも、そこに対して、スタッフさんの要求に応えようと、試行錯誤しながらアプローチをすることが、毎回とても楽しくて。
そういった面で、今の裏方のような立ち位置は、私の性格上とても向いていると思います。
そして、今までのキャリアや積み上げてきたものが無駄にならず、むしろ今まで経験してきたからこそ、こうして今に繋がっているので、それもまた嬉しいです。
辛かった時期も含めて、全てのことが意味があったのだと思うことができるからです。また、今までのことが全て今の自分に繋がる必要なことだったのだと、自信にも繋がります。
そういった仕事がようやく見つけられたことに喜びを感じています。
「日々探求あるのみ」遠藤舞の仕事論
—— 一方で、大変だと感じる点はありますか?
遠藤:ボイストレーニングをするにあたって、色々なメソッドがあります。あまりにも情報が多すぎるため、私も最初は何から手をつけて良いか、どう学んだら良いのか、全く分かりませんでした。
まず、書店に置いてある本を片っ端から読んでみました。でも、本だけだと「音」に関する情報がテキストで書かれているため、実際の効果を知るには不十分でした。
その他に、自分の正体を隠して、ボイストレーニングのレッスンをいくつか受講してみたりもしました。分かりやすい説明の仕方などはとても勉強になったのですが、メソッドに関しては、どれも自分に当てはまらないような気がして、ピンと来ませんでした。
学びたい気持ちはあれど、どう学べば良いかが分からないというジレンマがありましたね。世の中には本当に様々なメソッドがあるため、未だに頭を抱えることも時々あります。
ボイストレーナーの道で生きていくためには、「一生探求」の心持ちが必要だと思っています。優秀なトレーナーの方こそ、自分の知識や情報に満足している方はいません。どのトレーナーさんも、果てしなくある情報の中で、より良い情報を模索し続けています。
そのため、私もおそらく情報を得ることに対し、満足することは、今後もないだろうと確信しています。
時代の変化が昔よりも目まぐるしいので、それについていくことは大変だと思います。しかし、それを知ることは、同時に一つの楽しみでもあります。
アイドルの活動の場は、テレビからオンラインへ
——元アイドルの遠藤さんから見て、今のアイドル業界は、どのように見えますか。
遠藤:SNSが普及したことによって、昔よりも今のほうが圧倒的に表現の場が多くなったなと感じます。そういった意味で、アイドルになることへのハードルは、昔より低くなったのではないかと思っています。
SNS上で自分の魅力や活動を自由な裁量で発信できるため、TVやライブに出演しなくても、多くの人に見てもらうことができ、ファンを獲得することができるのは皆さんもご存知の通りだと思います。
例えば、以前はスタジオや会場でライブをすることが必須でしたが、現在ではSHOWROOMやYouTubeなど、オンライン上のプラットフォームを利用し、画面の中で歌ったり踊ったりすることができます。
そういった表現の場が多様化してきた今、アイドルのジャンルもこれから増えていくのではないかと考えています。
「自己表現したい」と思う女の子がいる限り、アイドルは不滅だと思います。
——今後の目標を教えてください。
ボイストレーナーの活動を始めてから、1年ほど経ちましたが、まだまだ勉強することはたくさんあるため、引き続き、知見を広げていきたいですね。
人数を集めて、グループで一緒に歌ったり、また、オンラインレッスンも検討していきたいです。いまは女性の生徒のみの募集ですが、オンラインでは男性のレッスンもできるので。
またタレントの時と比べ、現在は行動の制約が少ない分、より仕事の幅を広げ、色々な人と関わっていきたいです。
何をやるのかは具体的には決めていませんが、自分自身もSNSや動画などのツールを通して、誰かの役に立てる情報発信をしていけたらなと思っています。
- 遠藤舞
- ボイストレーナー
2006年から2014年までの8年間、女性アイドルグループ「アイドリング!!!」の創設メンバーおよびリーダーとして活動。その後2017年までの3年間、ソロシンガーとして活動する。同年末、芸能生活11年をもって引退。引退後は、ボイストレーナーや仮歌レコーディング・ミュージシャンなど、裏方として活動している。
取材・文:花岡郁
写真:西村克也