「君は何にときめくのか?」前人未到の分野へ一歩を踏み出すための問いかけ

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「前人未到の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓に当たる自我作古(じがさっこ)の精神を持つ人材がこれからは求められる」

これからの人材育成に向けて、各領域のプロフェッショナルたちが議論するシンポジウムが、2019年8月27日に慶応義塾大学日吉キャンパスで開催された。ここでキーワードとなったのが、「自我作古」だ。これは福澤諭吉が慶應義塾大学の創立時に解いた精神の一つで、今なお、学生・職員の間で広く親しまれている。

今回は同イベントの第一部を中心に、登壇者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授 前野隆司氏、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授 宮田裕章氏、元慶應義塾大学野球部監督、選抜高等学校野球大会選考委員 鬼嶋一司氏によるプレゼンテーション、その後のディスカッションについて紹介する。

心理的安全性が生み出すイノベーターの育成環境

最初に登壇した前野氏は、幸福学における日本の第一人者として慶應義塾大学でウェルビーイングに関する研究を行なっている。今回のプレゼンテーマは、イノベーターに必要なマインドセット、日本人がイノベーターとして活躍するための要素についてだ。

前野氏:『USBのアイデアを提案したZibaの濱口氏によると、イノベーションを起こすアイデアに必要なのは「1.見たことも聞いたこともないこと」「2.実現可能であること」「3.賛否両論のある提案」の3要素です。

この中でも3つ目は、業界知識や技術知識に熟知している専門家は特に持ちにくい要素だと言われます。だからこそ「もしかしたらイノベーションかも?」と考える視点を常に意識して欲しいです』

日本においてイノベーター人材を育てるための条件については、「科学的に日本人は心配性の遺伝子を持つ人が多いため、個の安全性を保った対応が必要」と述べる。

前野氏:『個人のあり方を強めるには、集団との関係性が大事です。心配性の遺伝子を持っている日本人だからこそ、周囲のサポートが必要となってきます。つまり、「何かあっても俺たちがバックアップするから」ということを示し、安心した状態で行動できる環境を整えることが重要です』

「放送席から見た甲子園」選手の育成に欠かせない自主性

2番目に登壇した鬼嶋氏は、「野球×人材育成」という独自の切り口で話題を展開した。本テーマで事例に挙げたのは、今季甲子園出場を目の前にした地区予選決勝でエースピッチャーの登板を回避し、敗退した大船渡高校だ。

鬼嶋氏:『大船渡高校の登板回避問題も然り、部活動における野球で重要となるのは「学生の自主運営」が尊重されているかです。指導者の育成方針や考えよりも、「当事者となる学生が登板についてどのように考えていたのか」、「チームはその選手の登板を望んでいたのか」など、選手たちの自主性がポイントになってきます』

野球の指導者として、これまで多くの学生を見てきたからこその言葉だった。今回の問題で、アメリカのメディアから日本の高校野球における完投文化や投手の酷使が批判されたことを説明した上で、アメリカにおいてベースボールが定着した背景を元に次のように鬼嶋氏はまとめる。

鬼嶋氏:『アメリカのベースボールは、プロビジネスとして誕生、発展してきました。対する日本は、学生野球が発展基盤にあります。当たり前ながら、野球の誕生起源や定着の歴史が異なるからこそ、両国では選手育成やその方針に大きな違いがあるのです。

だからこそ、これからの時代は日本の文化を残すものは残し、変えるべきところは変える。時代の風潮に合わせた環境変化が、これからの高校野球には大事になると思います』

雇用習慣のモデルチェンジで求められる「人生デザイン力」

最後に登壇した宮田氏は、「これから訪れるデジタル革新をきっかけに、雇用習慣のモデルチェンジが起こるかもしれない」と語る。

宮田氏:『今の日本は、一つの組織の中で自身のキャリアを考えることが難しい時代に入りました。それによって、様々な生き方の中から、自分の人生をどのようにデザインするかが求められます。これは個人はもちろん、日本社会全体で雇用構造や認識を変えないと生き残れない国になりつつあるといっても過言ではありません』

キャリアデザインの糸口として、漫画化により近年注目を集める吉野源三郎氏の小説「君たちはどう生きるか」を事例に挙げた。

宮田氏:『80年以上前に出版された書籍にもかかわらず、今を生きる私たちにとってもこの精神は重要です。ただしこの本で説かれているのは「立派な人になるためには、どのように生きるか」であり、当時は特権階級の人たちだけが考える問題でした。

しかし今は、「自分自身がどのように生きるかを考えること」が全ての人に求められています。つまり、これまでの時代と異なる視点を持ち、自身と向き合うことが求められているのです』

「何にときめくのか?」「本当にやりたいことは何なのか?」自己対話から見えるなりたい自分

最後に、AMP共同編集長の木村がファシリテーターとなり、これからの時代を築く人材について3人とディスカションを行なった。掲載の都合上、ここではその一部を紹介する。

木村:『今回の演題テーマである「自我作古」を持つ人材になりたいと思った時、どのようなアクションを起こすことが望ましいのでしょうか』

前野氏:『まず、自己の個性と向き合うことです。AI時代が到来しているからこそ、自身の良さを伸ばすことが求められます。後、大切だと思うのは「本当にやりたいこと、ときめくこと」をするです。

アメリカで片づけコンサルタントとして活躍するこんまり(近藤麻理恵)さんが提唱する「ときめなかったら、捨てよう」のように、自身の行動に対して「ときめく」を基準に目標を設定し、行動する。そうすることで、幸せな方向に働き方は変わっていくと思います』

宮田氏:『私は、「どう生きるべきか?」を考えることが必要だと思います。前野さんの話にあったように、「何にときめくのか?」をはじめ、「自分は何を大切にしたいか?」からキャリアを考えていくことが重要です。

与えられたクエスチョンに気がつき、その上で自分の生き方に「何?」を伝える力が求められています』

鬼嶋氏:『自分なりの仮説を立てた上で、行動できることも重要ではないでしょうか。野球というのは団体の力に着目されがちですが、個人の集合体で成り立つスポーツです。上達する選手は自分なりに仮説を立てながら実践しています。常に試行錯誤するからこそ、自身の能力を伸ばせているのです』

重要なことは「表面化していない自己の気持ちを感じ取り、それに対して素直に行動を起こせるか」である。しかし、これまで目を向けていなかったことに気づきを得ることはそう簡単なことではない。

木村:『人材を育成する立場に立つことで、周囲に気づきを与えることの難しさを改めて感じています。社会の変化に対する主体性や気づきを得るためには、何が求められるのでしょうか』

前野氏:『パッと思いつくのは「自身がワクワクすることをしよう」「外を見にいこう」の2つです。例えば社会人向けの授業を担当していると、22〜70歳まで多様な世代の人が学びにやってきます。彼らの勉学に対する向き合い方を見ていると、「本当に学びたいと思う時に勉強する」「自身がワクワクした時に学ぶ」というのが一番大切なように感じます』

鬼嶋氏:『スポーツ視点だと、自主運営をさせることです。自分たちで規則やルールを考え、秩序を作ることで、学びが得られます。もし、大きく間違っていることがあれば、元の筋道に戻るよう教育という形で周囲がサポートをする。こうした運営を通して、良いこと・悪いことを自分たちの頭で考えて欲しいです』

宮田氏:『与えられたルールの中で、自分のやりたいことや考え、個性を表現することだと思います。これまで日本が行なってきた教育は、均一な能力を持つ人材を育成する段階で終わっていました。ここから人材の力を伸ばすには、どのように彼らとコミュニケーションを取るかが重要です』

「君はどのように生きたいか?」誰しもがこの問いを投げかけられている。私は初めて自我作古を聞いた時、特別な人だけがその言葉が意味する場所へ到達できるように感じていた。しかし、日常における自身の行動や気づきの視点を少し変えれば、もしかしたら私も自我作古の精神に近づけるかもしれない。自身の将来を変えるきっかけを得るためにも、「私がときめくことは?」という自己対話から始めることにする。

文:スギモトアイ
写真:西村克也

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