激化する米中貿易戦争。世界最大の経済大国である米国と、この覇権に挑戦する中国の争い、その影響は世界中に波及し、さまざまな現象を引き起こしている。
その1つが「5G勢力図の変化」だ。
これまで低価格を売りとして世界各国で5Gネットワーク設備を受注してきた中国ファーウェイだが、さまざまな疑惑が浮上しており、ファーウェイの5G設備導入を見送る国が増え、その勢いに陰りが見え始めている。
このファーウェイへの懸念増大の中で、フィンランドの通信機器大手であるノキアへの注目度が高まりを見せている。
ノキアは2019年6月3日プレスリリースを発表し、最近5G関連の受注が急増、受注数は42件であることを明らかにした。
これに関して同社経営陣らは、受注件数でファーウェイやノキアを上回ったと主張。ノキア側によるとこの時点の受注数はファーウェイが推定40件、エリクソンが19件という(これに対しファーウェイは46件と主張している)。
ノキアの5G関連受注数は2019年3月末時点で30件だった。平均して毎週1件以上のペースで案件を受注してきた計算になる。
2019年5月末には、ソフトバンクが5Gの通信機器サプライヤーにノキアとエリクソンを選んだことを発表。NTTやKDDIなども追随すると見られており、日本でもファーウェイ排除の動きが顕著になりつつある。
米中貿易戦争に変わりつつある世界の5G勢力図。5Gをめぐり世界各国でどのようなことが起こっているのか。その最新動向をお伝えしたい。
変わる国際情勢とノキアの好調理由
この状況を理解するには、ファーウェイがなぜこのような状況に陥ってしまったのかを知ることが近道かもしれない。
ファーウェイという企業名が一般的に知られるようになったのは、2016〜2017年頃といっていいだろう。グーグルトレンドのデータを見ると、認知度の推移を見て取ることできる。
この頃ファーウェイに関して、「国際特許出願数が世界最多」や「4Gの特許保有数でノキアやエリクソンを抜いた」ということが話題となり、同社を取り上げるメディアが増えたと考えられる。
また、フォーブスの「価値あるブランド・ランキング・トップ100(2017年版)」で中国企業で唯一ランクインしたことなども認知度の高まりに寄与したと思われる。
通信インフラを主要事業としながらも、スマートフォンやタブレットを展開したこともブランド認知を高めた要因となり、「安くて高品質」というイメージをつくることに成功したといえるだろう。
しかし同社副会長兼CFOである孟晩舟がカナダで逮捕された2018年12月を前後して、ファーウェイに対する風当たりは強くなっていく。
ファーウェイ排除を主導するのは米国政府・議会だ。2018年8月に施行した新国防権限法(NDAA2019)では安全保障上の懸念からファーウェイと中国通信大手ZTEを政府調達リストから排除する条項が盛り込まれた。
また2019年5月には、米商務省がファーウェイと同社の子会社・関連会社を米国輸出管理規則(EAR)の対象企業リストに追加。その理由として商務省は、ファーウェイが米国技術をイランに不正輸出しているなどの疑惑を挙げている。
米国政府の決定を受け、米国企業の多くがファーウェイとの取り引きを停止。グーグルがファーウェイのスマホに対するサポートを停止するなど、さまざまな報道が飛び交った。
こうした動きが各国の5G設備導入にも影響し、現在のような状況に至っているのだ。
米国の意向を受け真っ先にファーウェイ排除の動きに出たのがオーストラリアだ。5Gネットワークの導入において、安全保障上の懸念があるとし、ファーウェイ設備の利用を全面的に禁止。同国では中国の影響増大に対する懸念が強まっており、それが迅速な決定につながったとみられる。
オーストラリア・シドニー
ニュージーランドでも5G導入でファーウェイを排除する方向で話が進んでいる。同国政府通信保安局(GCSB)は昨年、同国通信大手Sparkの5Gへのアップグレード計画でファーウェイ設備の利用を禁止。
この決定に対し、ファーウェイはスポンサー事業など含めニュージーランドからの完全撤退を示唆するなどして圧力を加えている。地元メディアによると、Sparkはファーウェイ5G設備の導入を実現するために計画書を練り直しているという。
一方、これに対し米国側からは、もし5Gに関してファーウェイの設備を導入するようなことがあれば、米国とニュージーランド間の情報共有のあり方を見直すことになるだろうと、警告を受けている状況だ。
ニュージーランドは通称「ファイブ・アイズ」と呼ばれる米英を中心とする諜報機関協定に参加している。米国が警告する「状況共有の見直し」とは、この協定に関したものと推察される。
英新政権はファーウェイをどう見ているのか?
英国では、メイ首相からジョンソン首相に変わったことで、ファーウェイをめぐる状況も変わる可能性がある。
メイ前首相は、「非中核部品」に限定しファーウェイの英国5G参入を容認していた。このため英国政府全体がファーウェイに対して寛容な立場であるような印象を受けるが、実際はそうではないようだ。
英テレグラフ紙が2019年4月に伝えたところでは、ファーウェイの5G参入に関して、4月23日にメイ首相は関係閣僚を集めた会議を開催、その是非を議論したが、主要閣僚からは反対の声があがっていたという。しかし、メイ首相はその反対を押し切って参入許可の決定を行ったという。
ただし、この件に関しては次期政権、つまりジョンソン政権が最終決定を下すことになると報じられている。BBCが8月末に放送したラジオ番組で、同国モーガン・デジタル相は、ファーウェイ利用の是非を今秋までに決定する方針を明らかにしている。
英・ジョンソン首相
オーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド紙は、英ジョンソン首相のタカ派よりの気質に言及、オーストラリアと同様にファーウェイの完全排除に動く可能性を指摘している。
英国のEU離脱にともない米国との協力関係強化が求められるジョンソン政権。米国政府の意向に沿う形の回答が出てくる可能性が高いといえるだろう。
ファイブ・アイズ協定国以外でも、ファーウェイに対する風当たりは強まっている。
ベトナムの通信最大手のベトテルはこのほど、国内5G基地建設においてファーウェイの設備を使用しないことを発表。ベトテルの会長は、安全面で若干の懸念があるとし、代わりにノキアとエリクソンから調達する計画があると述べている。
またポーランドでは2019年9月、同国を訪れていた米ペンス副大統領とポーランドのモラヴィエツキ首相が5Gに関する共同宣言に署名。両者は5G設備の供給業者が外国政府の支配を受けていないかどうかを厳格に精査する必要があるとの認識で一致したと報じられている。
ポーランドでは2019年1月にファーウェイの中国人社員がスパイ容疑で逮捕されている。ロイター通信は、米中新冷戦においてポーランドが前線になっていると報じている。
米中貿易戦争、両国ともまだ本気のカードを切っていないとの見方もあり、今後さらに激化する可能性がある。それにともない5Gをめぐる環境も大きく変わっていくことになるだろう。
文:細谷元(Livit)