「エンプロイー・エクスペリエンス」という言葉をご存知だろうか。企業で雇用されている従業員が組織の中で体験することの価値を意味する言葉で、そこで働くことへの満足度や従業員自身の成長など、企業の中で経験できる全てを示す。
このエンプロイー・エクスペリエンス(以下、EX)は、人事担当者にとって非常に重要な指標となっている。
例えば顧客やユーザーのエクスペリエンス向上から得られるメリットは「企業へのエンゲージメント向上」、ひいては企業の成長へと直結する明確なものだ。
EXもそれらと同様に、魅力的なワークエクスペリエンスによって生産性や成長意欲を高められ、また企業への愛着もわいて定着率が上がる可能性もある。つまり、企業にとってプラスになるのだ。
それでは、EXを維持し、高めるには具体的にどのような考え方や施策が必要なのだろうか。今回はクラウド会計サービスなどで知られる株式会社マネーフォワードの人事本部長・服部穂住 氏と、人事企画部長・山田和彦 氏に、急成長する企業の中でEXを高め続ける仕組みづくりについて伺った。
大きな拡大の時期を経て、より強固な組織づくりへ
──現在、貴社の従業員数は600人ほど。直近2年では毎年約200名規模で拡大をしているとのことで、急成長をされていますよね。今後もこのペースは続きますか?
服部:今期も約200名の入社がありましたが、来年度以降は少し落ち着く予定です。これまで当社は拡大フェーズとして人員数の拡大をしてきましたが、その拡大がひと段落してここからは組織をより骨太に、生産性を上げていくフェーズに移行していくためです。
──中途採用と新卒採用の割合はどれくらいなのでしょうか?
山田:今年は中途:新卒でおおよそ8:2ぐらいの割合です。中途はそれぞれの専門性に応じたポジション別採用、新卒はビジネス職・エンジニア職・デザイナー職の3区分で採用し、入社後に本人希望も考慮しながら配属部署を決定しています。
当社は2012年に創業して今年で7年。新卒は当初、インターンを経験したメンバーがその後、当社への入社を志望してくれたため若干名を受け入れた程度でしたが、2018年度入社者から本格的にリクルーティング活動を行っており、今後は新卒の割合を増やしていく予定です。
──貴社では、EXをどのようにとらえていますか?
服部:企業がユーザーへ高い価値を届け続けるためには、社員が成長することと社員のパフォーマンスが最大限に発揮されることが必須であると考えています。
また、社員はさまざまなバックグラウンドを持っていますから、EXを高める方法も一つではありません。人事には社員の多様性を尊重し、一人ひとりに寄り添った対応が求められていると感じています。
左:山田和彦 氏 右:服部穂住 氏
豊かなエンプロイー・エクスペリエンスの土台となるのは“カルチャーへの共感”
──社員の体験価値を高めるにあたり、どのようなポイントを重視していますか?
服部:マネーフォワードが大切にしている「MVV-C(ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー)」への共感を重視しています。このMVV-Cへの理解と共感があるメンバーを集めることが第一歩ですね。
──いわゆる「カルチャーフィット」を重視されているのですね。採用の際に意識していることはありますか?
服部:応募者やイベント参加者に「人(=社員)」が会って話をすることです。新卒採用では特に顕著ですが、会社のサイトに書いてあることは全て読み込んで説明会に参加する人がほとんど。説明会やイベントの場で求められているのは「そこで働く人のリアルな声」です。
社員が日々どのような思いで、どのような仕事をしているのか。ミートアップイベントなどでも、この“声”を届けること、さらに社員としっかりとコミュニケーションできる場所を提供することに注力しています。
──入社後のミスマッチを防ぐ効果もありそうですね。
服部:実際に面接をしていくプロセスの中でも、応募者の方から要望があればその要望に合った社員をアサインして、面接や面談に参加してもらっています。「〇〇業界出身の人」や「同世代」「入社後3ヶ月の人」など、いろいろな要望がありますし、希望に合った社員と直接会話をすることで、企業へのマッチ度もご自身で量れるはずです。
反対に、社風に合わないなという感覚があっても、それは入社する前にわかってよかったこと。お互いにとって有益なんです。
企業のカルチャーは“ストーリー”に宿る
──カルチャーフィットの重要さは実感していながらも、どのように伝えるか悩んでいる企業も多い気がします。貴社ではどのように社内のカルチャーを伝えていますか?
服部:当社では会社としていろいろな情報をオープンにして、そこから興味をもった人に来てほしいという思いのもと、社外広報を積極的に行っています。
カルチャーやミッションといった概念は、ホームページを見ればその言葉自体や指し示していることは簡単に伝わりますし、なんとなくの理解や共感を得ることもできます。
ですが、それは本当の意味で当社の思いと重なっているのかな? というところにずっと疑問を感じていました。
──例えば「フラットな社風」と言葉では理解できても、実際にどのようにフラットなのかまでは想像しにくいかもしれません。
服部:言葉の抽象度が高くて一人歩きしてしまうんですよね。でも、それを具体的な出来事という「ストーリー」に落とし込んであげると、とても伝わりやすいんですよ。
例えば、「当社はフラットな社風です!」とただ伝えるよりも「当社はリファラル採用を積極的に行っています。
先日はなんと社員Aさんの紹介で、Aさんのお母さんが入社しました!」と、実際に入社したお母さんとAさんにインタビューをして伝えたほうがリアルだし、「そんなこともできるんだ、フラットで自由な社風だな」と伝わりやすい。説明会でのワード説明だけでは伝えきれないカルチャーがそこに表れるんです。
そこで当社ではWantedlyやnoteを活用して、社員がどんな風に物事を考えているのか、どんな行動をしているのかをブログ的に発信することで「マネーフォワードってこんな会社なんだ」というカルチャーを伝えることを大事にしています。
「定期的に現場の声を聞く」 マネーフォワードの組織デザイン
──入社後もずっと豊かなEXを保つために、人事としてはどのようなポリシーで行動されていますか?
山田:人事だけで主導して社員に「何かをさせる」ような仕組みではなく、社員の協力を仰いだり、声を聞いたりする仕組みをつくって、社員それぞれが関わってきてくれるような設計を心がけています。
事業のことや日々の業務のこと、メンバーのことを一番理解しているのは、事業部のマネジャーや同僚です。採用時だけでなく、入社後の業務やカルチャーとのミスマッチをなくすためにも、現場のメンバーにフォローしてもらうことはとても大事だと考えています。
──具体的には、どのような仕組みを取り入れているのでしょうか?
山田:例えば、「ツキイチ面談(上長との1on1)」「入社1ヶ月後面談(人事との1on1)」「入社3ヶ月後面談(上長の上長との1on1)」などを通じて入社後の立ち上がりを支援したり、悩み相談に乗ったりして、継続的にパフォーマンスを出せるようフォローしています。
また社員同士のコミュニケーションを活性化するために「MFハッピーアワー(月1回実施している懇親会)」や「シャッフルランチ・ディナー(いろんな部署・職種のメンバーと食事に行く機会)」などの場をプロデュースしたり、社員同士が感謝の気持ちや称賛を報酬という形で送り合える「ピアボーナス」を導入しています。
それ以外では、社員のキャリア希望に応える仕組みとして「MFチャレンジシステム」という社内公募制度があり、本人の希望に合った部署・職種に異動することも可能です。実際、この仕組みを利用して新規事業立ち上げやグループ会社設立に関わったメンバーもおり、会社として社員のチャレンジを推奨しています。
──社員間のつながりもより大切になってきそうですね。
山田:コミュニケーションの質と量を高めることは重視していますね。マネーフォワードはもともと個人主義というよりもチームで何かをやるのが好きな人が集まっている会社なので、こうした取り組みは成功しやすい土壌があります。
人数が増えるからこそ、1対1のコミュニケーションを大切に
──今後、より注力していきたいのはどのようなところですか?
山田:いま、社員に「MF(マネーフォワード)サーベイ」というものを行っていて、自分の仕事にやりがいを感じるか、満足しているか、といったEXを測るような質問に答えてもらっています。
7割以上の社員がポジティブな回答をしてくれていて、ネガティブな回答は10%未満と悪くないのですが、もっとポジティブな層の割合を高めていきたいと思っています。
全員が自分の仕事に意味を感じているとパフォーマンスも上がり、企業の生産性も向上する…という良いサイクルができるはずです。
──そのためにどのような施策を考えていらっしゃいますか?
山田:人事ではどうしても社内全体に向けた取り組みが多くなりますが、人数が増えていくなかでもっと1対1の施策を打っていきたいと考えています。
その一歩として、一人ひとりにキャリアアンケートを行う予定です。自分の将来の目標ややってみたい職種、行ってみたいグループ会社などをヒアリングし、もっと寄り添って社員のキャリアを考えることがミッションですね。
──自身の将来のキャリアをきちんと考えて、そこに向かう道筋として今の仕事に意味を見出せる。理想的なキャリアの歩み方かもしれません。
山田:そうですね。マネーフォワードとの出会いからエントリー、入社、就労中にいたるまで、人事が発信するすべての施策をEXにつなげていきたいと思っています。
取材・文:藤堂真衣
写真:西村克也