テレワークや副業といった、自由度の高い働き方を、個人が選択し実践する時代になってきている。そしてそれに沿うように、企業も働き方をより多様に、柔軟にすることを求められているが、まだまだ柔軟な働き方の仕組みを導入しきれていない企業は多くある。一体なにが障害となって、企業の働き方の多様化は進んでいないのだろうか。
働き方を多様にすることについて、今回詳しく話を聞いたのは、bosyuの代表取締役、そして株式会社キャスターの取締役COOである石倉秀明氏だ。石倉氏にはこれまでどのようにして、自社の働き方の幅を広げてきたのか、また働き方の多様化の先にある、見据えている未来について詳しく話を聞いた。
“制度設計の歪み“ 現代社会における働き方の課題とは?
はじめに石倉氏に、現在の日本の社会での働き方の課題について尋ねたところ、現在の働く上での構造上の問題について、話が及んだ。
石倉氏 「働き方の課題として、まず働く上での前提の話をします。個人の年収って何によって差が開いていると思いますか? 答えは“性別と雇用形態と居住地”です。
男性と女性だと、年収が同じ正社員でも平均で1.8倍ぐらい違います。また正社員と契約社員、非正規と呼ばれるところになるともっと差が出てきます。そして東京と地方であれば、年収の差が1.5倍、2倍と変わってきます。
つまり年収は実はその人の能力にそこまで紐付いていません。市場価値みたいなものって、実はそんなに存在していないんです。確かに“東京の正社員の中での市場価値”というものはあります。
しかし、東京で活躍していた人が地方に引っ越すと、同じ仕事であっても東京と同じ給与を貰うことはできません。つまり個人の年収は、その人の能力と関係ない、自分には変えられない要素で割と決まっています。そして日本の社会の、こういった制度設計に歪みがあると感じています」
そして、現在の働く上での仕組み、制度は東京の男性の正社員をベースとして構築されていると石倉氏はつづける。
石倉氏 「日本では東京にいる男性の正社員をベースに、働き方が出来上がっています。その人達がベースになったレールがあり、そのレールから外れている人達はそれよりも低い年収になる、という構造があります。残念ですがこれは事実で、僕はそこがおかしいと思い、課題があると感じています。
そしてなぜこのような構造になっているかというと、とてもシンプルです。東京にいる男性の正社員が今の制度を作っているからです。終身雇用で東京の一つの会社に正社員として就職して、長く働くというモデルがあり、それを一般的として多くの制度設計や、人事制度が作られていることがあります。法律というよりも、慣習としてそうなっています」
このような、現状の日本の構造について、個人が気付くきっかけは、本人がレールから外れた時だと石倉氏はいう。
石倉氏 「普通に東京で新卒入社した人は気付けないですよね。自分がそのベースとされているところの中にいるから、違和感を感じません。違和感を感じる機会は女性の方が多いです。出産する時や、時短になった時、旦那さんが地方に転勤になって一緒に行く時などに気付きます。レールから外れた瞬間に気付くんですよ。
僕はなぜこの構造について疑問に思ったかというと、大学を中退して、フリーターから始めているからというのもあるかもしれません。最初から世の中のレールみたいなものに乗っていなかったことが大きいです。そして今も働き方の制度設計や、世の中の前提が硬直化していると感じています」
キーとなるリモートワーク。大事なのは仕組みではなく価値観
石倉氏が取締役COOを務める株式会社キャスターでは、リモートワーク、副業が推奨され、またいつでも雇用形態を業務委託に変更することができる。このような柔軟な働き方を実現するにあたり、一体どのようなことが必要なのか、石倉氏に聞いた。
石倉氏 「業務を全てオンライン化するにあたっては、SlackやZoomなど、世の中にあるサービスを組み合わせて使っているだけなので、特に難しいことはしていません。そのため、リモートワークを導入するにあたっての課題は、仕組み作りではないと思います。今リモートワークを始めていない企業は、普通に出勤をしていて特に問題を感じていないという、価値観が問題だと僕は思います。
また、世の中のリモートワークに対する認識が間違っているケースがあります。例えばですが、地方に転勤になってしまった女性のためとか、お子さんが小さく、働けるのに働けない人のためと思っている人がいます。つまりリモートワークを“出勤できる人の下位互換の方法”だと捉えています。出勤できない人も助けてあげる、というように上から目線になっていて、その前提がそもそも間違っています。
会社に来ることは別に仕事ではありません。そして、リモートワークは人事制度や働き方というカテゴリの話ではなくて、経営戦略の話です。」
リモートワークは経営戦略として多くのメリットがある。そのメリットとは具体的に何なのか、石倉氏に尋ねた。
石倉氏 「まず圧倒的に採用がしやすくなります。リモートワークでの業務であれば、東京に住んでいる人でなくてもいいので、47都道府県全ての人を採用することが出来るようになります。つまり採用の可能性が47倍増えます。
またキャスターのように東京の会社から東京の給与で応募を出せば、地方からすると高給になります。さらにフルタイムで働けるとなると、採用上の競合がいなくなります。その上働く人のキャリアも作ってあげることができます。そのためこのご時世ですが採用には全く困っていません。
その他にも、基本的に会社のやりとり全てをチャットでしています。そのため今何が起こっているのか、みんながすぐに見られるので、情報共有コストがとても低いです。企業の規模が大きくなって、何が起きているのか分からなくなるのは、オフラインの場だからであって、全てオンライン化していれば見えます。
また業務のスピードも速くなります。対面での会議をしなくてもチャットがあるわけだから、30分繋いで終わることができます。会議室を抑えることなどによるタイムラグも発生しないので、スピードが上がります」
bosyuが目指す、企業ではなく個人が主体となって仕事を生み出す社会
2018年8月、株式会社キャスターは株式会社Basecampから”bosyu”事業を譲受しており、石倉氏はbosyuの代表取締役を務めている。
bosyuはTwitterやFacebookといったSNSで個人と仕事を繋げるソーシャル募集サービスだ。企業の人事担当ではない個人でも、簡単に採用活用を始められるのがbosyuの魅力といえるだろう。
新たな事業”bosyu”が活用されることによって、今仕事と定義されていないものも仕事となり、仕事の幅を広げていきたいと、石倉氏はその展望を語った。
石倉氏 「メルカリを見ていたら分かるように、個人が何かを売ろうとすると、さまざまなものが出品されますし、中には企業では考えられないようなものが売られていたりもします。そして、それは仕事の応募でもおそらく一緒です。
良いか悪いかは別として、例えば同じデザイナーの応募であっても、企業だと週5日勤務してほしいといった要望がありますが、個人の場合、この絵だけ作ってくださいというように、仕事の粒度が小さくなる可能性があります。
このように、個人が主体となって応募することによって、仕事の幅が多様になると思っています。今は個人の需要と実際の供給があってないから、それを僕らは仕事を生み出すという方法でやりましょうとなり、bosyuというサービスをやっています。世の中には仕事として認められないほど粒度が小さくて、しかし実は仕事であるもの、求められているものが沢山あります」
個人が簡単に仕事を募集できるようになり、仕事の幅が広がっていく。雇用形態や居住地など、細かな条件が提示されていなくても、仕事を定義し募集することは可能だと石倉氏はつづける。
石倉氏 「つまりタピオカ屋が混んでいるから『10分代わりに並んでおいて』というお願いも仕事になる、ということです。しかし今の世の中では、職種とか、雇用形態とか、勤務地とか、給与といった条件が明確に提示されてないと、仕事ではないと感じる雰囲気が何となくあります。しかし条件提示がなくても、やっていることの粒度が小さくても同じで、人の役に立てばどれも仕事になり得ます。
bosyuによって仕事の幅を増やすことで、新しい仕事が生まれるようにしたいと思っています。そのためにはサービスとして募集することと応募することを簡単にしつつ、安心安全に利用してお金を稼ぐことができる、そしてこの人に頼みたいという信頼を作れるようにする、といった施策をしっかりとやっていきます。今はシンプルに、世の中に仕事のバリエーションが少ないです」
目指すのは個人が多様な働き方を今より選択できる未来
最後に石倉氏に、携わっている事業によって、どのような働き方が実現されている社会になってほしいか、質問した。
石倉氏 「キャスターでは会社として“労働革命で人を自由に”というビジョンを掲げていて、ミッションとしてリモートワークは当たり前になっています。そして労働革命という言葉は、リモートワークに限らず、場所とか時間とか雇用形態とか、募集をする主体がどうとか、世の中でなんとなく当たり前になっている働き方を、新しい常識によって変えることも指しています。
そして変わることによって自由に働ける人が増えたり、仕事にバラエティが出てきたり、雇用の中にもグラデーションが出てきたりして、そっちの方が社会として良い、とまず思っています。
キャスターを通じて感じたことは、世の中にある仕事の種類、働き方のパターンが少なすぎることです。
これから自分達が仕事の種類を広げる活動をしていかないと、多様な働き方を実践したい人達が、そういった仕事をするのは難しいため、仕事を生み出す必要があります。そして仕事を生み出すことを考えた時に、企業が主体で生み出しても今と変わらないので、個人が主体となって仕事を生み出した方がいいと思いました。仕事を生み出す主体を変えた方が、多様になると思い、今はそれを実現するために、bosyuを手がけています」
2018年には人手不足倒産が400件にも上り、過去最多の件数になった。このように、企業での人材確保は死活問題となっており、既存の制度を変え、柔軟な働き方の仕組みを導入する必要に迫られている。
bosyuが現在実践しているように、今後は仕事と呼ばれていないものも仕事になり、場所や雇用形態に縛られない働き方がどんどん増えていくだろう。その時、個人に必要とされる組織であるには、“仕事”というものの定義を再構築する必要があるのかもしれない。
取材・文:片倉夏実
写真:西村克也