もはや中国抜きでは語れない。大きく変貌するカンボジア、中国人観光客はこの10年で10倍に

親日国といわれ物価の安さなどから旅行先として人気の高いカンボジア。同国政府によると、2018年には21万人の日本人がカンボジアを訪れた。

前年比3.5%の伸びで、カンボジアへの国別旅行者数では7番目にランクイン。2019年には23万人の日本人旅行者を見込んでいる。

この増加トレンドを受け、カンボジア政府は2020年までに日本人旅行者数を30万人に増やしたい考えだ。

カンボジアが親日であるといわれる理由は、経済支援によるところが大きいと考えられる。後発開発国といわれるカンボジア。政府開発援助(ODA)の受け入れ国であり、欧米などから経済・技術援助を受けている。その中でも最大のODA供与国が日本なのだ。

OECDのデータによると、2017年カンボジアへのODA総額(gross)は9億3,900万ドルだった。このうち最大は日本からの供与で、その額は1億6,400万ドル。

次いでODA額が大きかったのがアジア開発銀行の1億4,700万ドル。アジア開発銀行は、日本が最大の出資国の国際機関だ。

カンボジアへの旅行が増えているのは日本人だけではない。この十数年、全体で旅行者数が急速に伸びている。カンボジアの人口は約1,600万人。これに対し2018年の旅行者総数は620万人と過去最多を記録。前値比では10%以上の伸びとなった。

2009年カンボジアへの旅行者総数は210万人。この10年で3倍伸びたことになる。

かつて、カンボジアの旅行産業にとって最大の顧客だったのは隣国のベトナムだ。2011年、カンボジアへの旅行者総数288万人のうち、ベトナムからの旅行者は61万人で全体の20%以上占めていた。

次いで、多かったのは韓国で、旅行者数は34万人、全体の11%ほどを占めていた。同時期、日本からの観光客は16万人。このほか、米国(15万人)、ラオス(12万人)、タイ(11万人)などからの旅行者が多かった。

しかし、今カンボジアの旅行産業は中国の影響を受け、大きく変貌している。

このことは観光統計に如実にあらわれている。上記2011年の統計において、中国からの旅行者は韓国に次ぐ第3位で、その数は24万人、全体に占める割合は8%ほどだった。

それが2018年には中国からの旅行者は200万人を超え、全体の30%以上を占めるまでに至っているのだ。2011年比では10倍近い伸びとなる。


中国語の看板が多いカンボジア・シアヌークビル

なぜカンボジアへの中国人旅行者がこれほどまでに急増しているのか。経済・政治の側面からその理由を探ってみたい。

中国抜きでは語れないカンボジアの政治経済動向

カンボジアへの中国人旅行者が急増するきっかけの1つとなったのは、2010年に両国間で締結された包括的戦略協定といわれている。この協定を皮切りに中国のカンボジア投資が加速していくことになる。

ドイツメディアDWが報じたところでは、カンボジア南部のリゾート地シアヌークビルで、中国企業が免税となる経済特区が設けられ、工場、カジノ、ホテルなどが多数建設されている。

また、シアヌークビルから首都プノンペンに伸びる4車線道路の工事も中国からの支援で推進されている。

さらに中国政府はカンボジア国内7カ所での水力発電ダムの工事も支援。これらのダムが完成すれば、カンボジア全土の電力消費の半分をまかなうことが可能になるといわれている。

こうした動きにともない、中国人労働者の移民も急増。現時点で約25万人の中国人がカンボジアに住んでいるといわれているが、この数はカンボジアで外国籍を持つ移民全体の60%以上を占めるという。

中国企業が海外で建設プロジェクトを行う際、現地労働者を雇うのではなく、中国から労働者を連れてくるのが慣例となっている。中国企業が活発的に事業を行っていることを反映する数字といえるだろう。


建設ラッシュのシアヌークビル(2019年4月)

カンボジアと中国の貿易額は2017年約60億ドル(約6,300億円)だった。フン・セン首相はこの額を2023年までに100億ドル(約1兆円)に拡大したい考えだ。

このような経済関係におけるカンボジアと中国の親密化は、政治面における親密化の賜物と捉えることができる。その親密度合いは、欧米が懸念するほどのもので、東南アジアだけでなく、アジア太平洋など広域に影響を及ぼす可能性が指摘されている。

政治面でカンボジアと中国はどれほど親密なのか。

現在カンボジアの政治的実権を握っているのはカンボジア人民党のフン・セン首相。カンボジアでは両院制が敷かれており、下院は直接選挙、上院は間接選挙で議員が選出される仕組みになっている。

しかし、実際のところはフン・セン首相の独裁性が強まっており、野党は機能せず、選挙は名ばかりのものに成り果てている状況だ。フン・セン首相は30年以上も政治的な実権を握っているといわれている。

2018年7月に実施された下院選挙では、フン・セン政権が野党やメディアに対する弾圧を強めたことで、欧米から非難が噴出。有力野党が参加しない選挙への批判が強まり、欧米諸国はカンボジアへの選挙支援を中止。

一方、この動きを好機と捉えた中国は、選挙用のコンピュータや投票ブースなど2,000万ドル(約21億円)相当の支援を行ったといわれている。また2019年5月には、中国政府は「一帯一路」計画の推進にともない、カンボジアの防衛分野に9,000万ドル(約95億円)の支援を行うことを発表している。

さらに2019年8月には、米メディアVOAが情報筋の話として、シアヌークビルに中国人民解放軍の海軍基地建設計画が持ち上がっていると報道。

この件に関して、ウォール・ストリート・ジャーナルは、カンボジア政府が同国シアヌークビルの港を中国海軍に貸与する密約を結んでいたと報じている。貸与期間は30年で、その後10年ごとに更新する契約という。

こうした報道からカンボジア政府と中国政府の蜜月度合いをうかがうことができるだろう。一方、アジア太平洋・インド洋では中国の拡大路線を警戒した「セキュリティ・ダイアモンド構想」に沿った動きが活発化している。

カンボジアと中国の親密化は両国だけでなく広域の政治・経済・社会に何らかの影響を及ぼすのは間違いないだろう。今後の動向からも目が離せない。

文:細谷元(Livit

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