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政府CIO・総務省など国が推進する「情報銀行」が、その実現に向けて具体的な動きを見せ始めた。6月に三井住友信託銀行とフェリカポケットマーケティングが、日本IT団体連盟から情報銀行として初めて“認定”されたのは最近の中では大きな動きだ。
では、「情報銀行」とはどういうもので、なぜこのような仕組みが必要とされたのか。背景には、データを活用しなければ、日本のビジネスが国際競争力を失うという危機感があった。
情報銀行は、個人データの管理・活用のエージェント
昨年辺りから「情報銀行」という言葉をニュースなど見聞きするようになった。情報銀行の英語訳は、直訳するなら「Information Bank」とでもいうのだろうが、正式に当てられた英語名称は「Personal Data Trust Bank」。パーソナルデータ、つまり個人の情報(データ)を預ける「銀行」のような仕組みであり、サービス(事業)のことだ。
情報銀行の定義は、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室が運営する「政府CIOポータル」の「データ流通」のページに記されている。
情報銀行(情報利用信用銀行)
個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上(または、提供の可否について個別に個人の確認を得る場合もある。) 、データを第三者(他の事業者)に提供する事業(データの提供・活用に関する便益は、データ活用者から直接的または間接的に本人に還元される)。
AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ中間とりまとめの概要
情報銀行の仕組みを「銀行」のイメージに重ねて説明すると、 個人は情報銀行にデータを『預託』し、情報銀行はデータの持ち主である個人の意に沿う範囲で『運用』する。
個人は「情報銀行」または「情報銀行からデータ提供を受けた第三者(事業者)」から『便益』を、通常の銀行でいう利息のように受け取れるというものだ。もちろん「銀行」というからには、大切なデータを安全に保管しておく金庫としての機能と能力が求められることは大前提となる。
「利息のように」とはいえ、個人が受ける便益は金銭の場合もあれば、クーポンやポイント、個人にとって有益な情報、サービスを利用する上での利便性向上など、さまざまな形が想定されている。上図に注釈があるように、本人には便益が還元されず、社会全体にのみ便益が還元される場合もある。
データの持ち主である個人の視点では、エージェント(代理人)という言い方で説明するのが分かりやすいかもしれない。データを情報銀行というエージェントに預け、厳重に保管・管理してもらう。それと同時に“自分の意に沿う”目的ならば、企業などの事業者に必要なデータを必要なだけ提供し、活用してもらう。そして、データ提供の対価として便益を直接または間接的に受け取る。
情報銀行が取り扱う「データ」は、個人の氏名や住所、学歴・職歴のようなプロフィール情報や、何らかのサービスを利用する上で取得されている位置情報、購買履歴、検索履歴、Webの閲覧履歴など、個人のプライバシー情報も含むさまざまなデータだ。
これらのデータは、アンケートなどの形で個人が自身で入力して情報銀行へ提供するものもあれば、個人が利用するサービスの運営事業者が保有しているデータ が情報銀行へ提供される場合もある。情報銀行は預かった個人データを、それを使いたい事業者に提供し、そこから上がった利益からユーザーに便益を還元する。
国が率先して個人データの活用を進める背景
なぜ「データを使いたい事業者」が存在するのか。そしてそこから「利益が上がる」とはどういうことなのか。実はその答えが、「情報銀行」という発想の出発点である。
「データは新しい石油である」という言葉がある。こう言われるようになった理由は、人々のさまざまな活動がインターネットの上に乗り、そこでの閲覧・購買などの履歴データが生成されるようになったことがまず挙げられる。そこへさらに、スマートフォンやIoT機器の普及により現実の行動と結びつくデータもネットに流れ込み、事業者は多種多様なデータを容易に収集・保有できるようになった。
そしてAIの進化により、それらのデータは効率的に分析され、消費者個人の特性や志向にパーソナライズされた商品・サービスの開発、マーケティング活動などに効果的に活用できるようになったのだ。このように、データが「価値」を生み出す源泉であることが、「新しい石油」と言われるゆえんだ。
世界的にデジタル化が進む中、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)といったテックジャイアントとも呼ばれるプラットフォーマーたちが、まさに「個人ユーザーのデータを活用することで」ビジネスを急速に拡大してきた。
翻って日本では、“ジャイアント”とまで呼べるプラットフォーマーは出てきておらず、データの流通も活発ではない。そこで、世界に後れを取るまいと、日本では国が率先してデータの活用を推進し、データ駆動社会における競争力を高めようとしたというわけだ。
データ活用に関する法整備の流れ
2016年12月には、「官民データ活用推進基本法」が制定された。国や自治体、民間事業者が持つ個人データの活用に関する法制度や環境を整え、データを社会課題の解決や経済成長に役立てようという趣旨の法律だ。
さらに、2017年5月に改正個人情報保護法が施行される。改正法では保護を強化すると同時に、適切な規律の下で個人情報の有用性を確保し、取り扱いのグローバル化にも対応する内容となっており、事業者がより積極的に個人情報を活用できる下地が作られた。
それと並行して、2016年には「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ」が設置され、データ流通環境の整備が検討され2017年3月には中間とりまとめが出された。その中で、「パーソナルデータを含めた多種多様かつ大量のデータの円滑な流通を実現するためには、 個人の関与の下でデータ流通・活用を進める仕組み(PDS、情報銀行、データ取引市場)が有効」と結論づけられたのだった。
2018年7月以降、議論は「データ流通・活用ワーキンググループ」に引き継がれ、情報銀行、データ取引市場の実現に向けた具体的な動きにつながっている。
実証実験、アプリのリリース…情報銀行の現在地
現状では、メガバンクをはじめとする金融機関、情報通信企業ではNTTデータや日立製作所、富士通などの大手を中心に複数社、マーケティング関連企業では電通グループなどが名乗りを上げ、すでにいくつかの実証実験が始まっている。
最近では9月12日に、三菱地所と富士通が、「丸の内データコンソーシアム」を設立したことを発表した。東京・丸の内エリアにおいて、データ活用を通じて街や社会における新たな価値や新たな事業の創出を目指す取り組みだ。この枠組みの中には「情報銀行サービス実証プロジェクト」も含まれており、大日本印刷やパーソルキャリアなどと共同で、個人のスキルや嗜好データを活用した副業マッチングを行うとしている。
三菱地所プレスリリースより「『丸の内データコンソーシアム』の体制図」
実際に、個人が使ってみることができる情報銀行サービスとして、電通グループのマイデータ・インテリジェンスが7月に始めた「MEY」というアプリがある。
ユーザーが自分の情報を管理・活用できるPDS(パーソナルデータストア)機能を持つほか、データ登録、利用許諾の取り消しや利用停止依頼も可能。各種WebサービスのID・パスワードを管理する機能もある。データを利用したい企業からユーザーに対してデータ提供のオファーが来て応じると、引き換えに優待やポイントを受け取ることができる。
また、民間事業者による任意の「認定」制度もつくられ、2019年6月には、三井住友信託銀行とフェリカポケットマーケティングが情報銀行として初めて「認定」された。この認定の枠組みは、総務省と経済産業省によって整備され、実際の認定は一般社団法人日本IT団体連盟が担うことになっている。この認定を得なければ情報銀行事業に参入できないわけではないが、プライバシー保護対策や情報セキュリティに関する基準に合格した情報銀行事業者が受けることができる、国の“お墨付き”である。
普及への道のりは長い。情報銀行実現への課題とは
「日本発」で動き始めた情報銀行は、まだ「途上」の取り組みである。データ流通・活用ワーキンググループでの検討も現在進行形だ。2019年6月に出された「第二次とりまとめ」でもさまざまな課題が挙げられ、その対応策が示されている。
大きいものでは、アーキテクチャの問題がある。情報銀行を中心に、そこへ個人データを提供する企業、データを活用する企業、これらの間でデータを連係する上で、データ構造や形式に関して共通ルールを整備しなければならない。インターフェースの共通化や、個人情報取得時に得た「同意」の管理や証跡の管理なども必要だ。一方で、事業者が使いにくい形式になってしまっては、利用は進まなくなる。
海外では、英国の「midata」、フィンランド発の「MyData Global」、米国の「My Data Initiative」など類似の取り組みもある。データ流通はグローバルに広がっており、海外の個人データを扱う事業者やプラットフォームとの連携も図る必要がある。一方、欧州のGDPR(一般データ保護規則)など、個人データの収集・活用にはさまざまな制約があり、現在進行形で変化しているものなので、その対応にキャッチアップしていかなければならない。
折しもこの8月、「リクナビ」がAIで内定辞退率を予測し、スコア化して顧客企業に販売した問題が注目を浴びた。この件は、個人情報取得の際の「同意」の有効性への疑問や、企業の枠を越えたデータ連携に対する不安、データの組み合わせとAIの介在によって“意に沿わない”用途のデータが生まれてしまうことへの懸念など、さまざまな問題を浮き彫りにした。
情報銀行の定義では、「個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する」といっているが、その「妥当性の判断」において、完全にユーザーの意志を汲むことができるのかという点に疑問は残る。
情報銀行が安心・安全を謳っても、そこから提供を受ける「データを利用する企業」が個人情報保護に関する法律を正しく認識していない可能性があるならば、個人がデータを明け渡す心理的ハードルは上がるだろう。そして、事業者側も個人データの扱いについて、あらためて慎重にならざるを得ない。もちろん、個人情報保護の観点では慎重であるべきなのだが、データ活用の活発化には一時的ではあってもマイナス要素となるだろう。
個人ユーザーにとっての便益を分かりやすく魅力的に見せることがカギ
まずもって、情報銀行がビジネスとして成立するのかという問題もある。個人情報の保護とデータの活用を両立する仕組みとしては理想的であっても、多くの個人や企業に使ってもらえなければ成立しない。公的なインフラではなく民間事業者が運営するのであれば、きちんと収益が上がらなければ持続性のあるビジネスとはならないだろう。
データがなくては始まらない情報銀行ビジネスの成功のカギは、個人ユーザーに対して安心を与える、受けられる便益を分かりやすく示す、そして「得である」と認識してもらう必要がある。
ほとんどの人がスマートフォンを携帯し、常にインターネットとつながって生きている中で、プライバシー情報を一切渡さない選択肢はほぼなくなってきているといいえる。どうすれば、データという資源を使って、データの持ち主たる個人、データの利用者である企業がともに幸せになれるかの仕組みを考えていかなければならないだろう。
情報銀行の具体的な姿形が立ち現れるまでにはまだ少し時間がかかる。情報銀行に関する動きは、「政府CIOポータル」の「データ流通」のページで情報公開されているので、今後の動きにも注目してみてはどうだろうか。
文:畑邊康浩