ここ数年で爆発的にキャッシュレス化が進み、スマホ決済が当たり前のように社会に浸透しつつある。電車や自販売機、コンビニではスマートフォンやICカード一枚で決済ができ、現金を持ち歩かずとも外出やショッピングを十分楽しめるようになってきた。

そんな加速度的に便利になる世の中で、次に来ると考えられるのがスマートロックを使ったキーレス社会だ。クラウド連携を通して鍵の開閉ができるため、ICカードやスマホを持っていれば、家や会社など、登録した扉全ての出入りが可能になる。そんな「鍵のない世の中」が近い未来に実現するかもしれないと言われている。

今回は、スマートロックを活用した「Akerun(アケルン)入退室管理システム」(以下、Akerun)を日本で初めて開発した、株式会社フォトシンスの代表取締役社長、河瀬航大 氏にAkerun開発~現在までのスマートロックについてや、クラウド連携で生まれる新しい価値観、社会観についてお話を伺った。

日常での一言が、「Akerun」開発のきっかけに

───Akerunを開発されたのは2014年ごろですよね。当時は、ようやくスマホが浸透してきたなという時代。何がきっかけでスマートロックを開発しようと思ったのでしょうか。

河瀬:友人同士で飲んでいたとき、鍵をオフィスに忘れて取りに戻るといった経験のある人が多いという話題になったんです。「今の時代スマートフォンで鍵が開けられると良いよね」「後付けができると便利だよね」という話が盛り上がって、たまたまエンジニアも同席していたので、それじゃあ、自分たちで作ってしまえば良いのではないかという流れになりました。

最終的には、この考えに共感してくれた8名のものづくりやプロダクトづくりが好きなエンジニアが、仕事休みの土日に集まり制作をはじめました。当時、起業は考えておらず、同好会とか部活動くらいのニュアンスで、和気あいあいとスタートしたのがAkerunの始まりです。

───実際に起業されたのはいつですか?

河瀬:飲み会の半年後ぐらいに起業しました。さらに半年後ぐらいにはプロダクトをリリース。トータル1年ぐらいで開発しました。

───かなり短期で開発されたんですね。

河瀬:どれだけ最短で出せるか、機能を絞ってミニマムのプロダクトにして、短期間でリリースするということは考えていました。

───はじめは趣味として制作されていたようですが、それがビジネスになると思ったきっかけは?

知り合いに新聞の記者さんがいまして、僕らがやっていた活動を新聞のコラムに書いていただいたんです。そうしたらすごく注目が集まって、その日のうちに「買いたいです」「出資したいです」「事業提携したいです」というお問い合わせが1日だけで100件以上ありました。

もともと土日だけでやっているような趣味の領域だったので、量産しようと思っていませんでしたし、起業しようとも思っていませんでした。しかし新聞掲載を期に、鍵で困っている人がこんなに多いのかと気がつきまして、量産してみたいという気持ちが強くなったんです。それで、すぐに起業を決めました。

日本初「スマートロック」の誕生

───貴社は、日本で初めてスマートロックを商品化されたとか。

河瀬:日本では初、後付型というタイプでは世界で初でした。

───後付型ではないものは既に海外で開発されていたんですか?

河瀬:海外に何社かありましたね。ただそれも、ほとんどリリースされているかいないかという微妙な時期でした。実は、僕たちがプロダクトを作り始めたときは、スマートロックって言葉を知らなかったんです。日本では生まれていなかったんですよ。だから当時は、鍵ロボットアケルンと自己定義していました。

───では、スマートロックという言葉を日本に誕生させたのは、河瀬さんたちということに?

河瀬:ある意味、そうですね。Akerunを制作をしていくなかで色々海外の情報を仕入れていると、どうやらスマートロックという言葉で少しずつムーブメントが来ているらしいと知りました。そこで僕らは、Akerunのことを「Akerun Smart Lock Robot」というネーミングにしたんです。


現在リリースされているAkerun入退室管理システム(写真はAkerun Pro)

鍵をクラウド化させることの価値とは

───カギをクラウド上で管理することにはどのようなメリットがありますか。

河瀬:鍵をクラウド化させるメリットは2つあります。

1つ目は鍵の権限をクラウド上で自由に発行剥奪できるということ。

例えば、これまで新しいアルバイトが入るとなったとき、わざわざカード会社に連絡をして鍵を発行して手続きをして1枚数千円かかる…って結構面倒ですよね。さらに退職するとなると、鍵を回収する必要もある。

でも権限をクラウド化させることによってブラウザ上で管理できれば、今までの手間が省けます。

2つ目は、入退室履歴を鍵で管理できます。

クラウドに上がっている入退室のデータを基に勤怠管理をしたり、リアルタイムで誰がいつどこでどのくらい働いているのかが入退室履歴で確認したりできるのもメリットです。

───鍵からさまざまなデータが集められるんですね。

河瀬:その空間に出入りするということは勤怠とかマーケティングなどの重要な情報になるので、入り口のデータを抑えるというのは価値があると思います。

最近では、コワーキングスペースとシェアオフィスでAkerunを使っていただくことが増えていて、わざわざ従業員が本社に来なくてもワーキングスペースで働いていれば入退室履歴がわかるので、働いているとみなす新しい取り組みもできています。


Akerun Pro自体は強力な両面テープで設置が可能。さらに鍵は部屋ごとにつけることができ、アプリで一括管理ができる。

───クラウドで鍵などの情報を管理するとなると、セキュリティ面が心配という人が多いのでは?

河瀬:万全を取って金融機関なみのセキュリティ対策を行っているのですが、やはりクラウド上に鍵が上がっていたり、インターネットで鍵が開いたり閉まったりすることを不安に思われる方は多くいるのが現実です。

ただ、既存の物理的な鍵の方が圧倒的にセキュリティは弱いです。鍵は誰が持っても開けられますし落としてしまったら誰でも複製できてしまう。さらに、失くしたら鍵の錠ごと変えなければいけません。

さらに、鍵というものは“形”が見えるので暗号キーの暗号そのものが見えている状態なんです。写真を撮ってしまえば3Dプリンターで複製もできますよね。だから物理的な鍵は、非常にセキュリティ面では弱いと思っています。

だから、暗号化された電子的なセキュリティキーで開け閉めするのはセキュリティ的に強くなるのではないかなと思っています。

───このような「スマートロック」や「スマート○○」などの商品は今後増えていくと思うのですが、全体的な課題だと感じるものはありますか?

河瀬:やはり、セキュリティ面に関して理解していただくのは課題だと思います。また、スマートロックもそうなのですが、「あったら良いよね」っていうnice to haveの商品が多いことも課題だと思います。スマート○○という商品は「なくてはならない」という must have ではなくて、あったら世の中がちょっと良くなるというものが多いんです。

だから、イノベーターには刺さりますがその他の人には刺さりにくい。それをどこまで must have として感じていただけるのかというのは課題だと思っています。

───たしかに、IT業界などに携わっていない人は「あったら良いな」で終わってしまうかもしれません。

河瀬:ですよね。そういった方々に must have と思ってもらうためには、やはりセキュリティ面とか、安心安全という機能が必要不可欠だと思います。

最近では、働き方改革で何かをしなければいけないというときに、ぼくたちのAkerunが勤怠管理とか勤務時間の管理とかで役立つことも多く、 must have という考えに近づいているのかなと思っています。

───「あったら良いな」と思う人を取り込むためのアプローチとして、考えていることはありますか?

河瀬:僕らの場合は 、IT を意識しなくても使えて、社会の裏で動いているようなプロダクトづくりを考えています。Akerunも、元々スマートフォンでしか鍵が開けられませんでした。スマートフォンを持っていないと使えなかったんです。だから、Suica などの IC カードで鍵が開け閉めできるようにしました。アプリの次の選択肢を提供することにしたんです。

究極のUI・UXって、インターネットを意識しないことだと思っています。だから、プロダクトであればITを意識してない人にも届くのではないかと。インターネットだとアーリーマジョリティーぐらいしかアクセスできません。だから、老若男女問わず PC やスマホを使わなくても使える商品として、 IoT ならではのアプローチをしていきたいと考えています。

「日本はそれほど遅れていない」懸念は国民性の違い

───スマートロックに関して、日本と海外の現状を比較して、違いを感じることはありますか?

河瀬:海外の情報は良く調べているのですが、思いのほか日本は遅れてないと思っています。

日本はスマートフォンの普及率が高い国ですよね。スマートロックの開発が世界で同時多発的に始まったときに、僕らがちょうどAkerunの開発に乗り出したのは、スマートフォンの普及率が海外と近い状態だったからだと思っています。スマートフォンが鍵のインフラになり得るというふうに着眼したのも同じタイミングだったので。

だから、企業側が出しているプロダクトのレベルや考えてるビジョンは、海外と近しいんじゃないかなと思います。一方で、スマートロックを見たときの消費者側の視点や「心の衝撃」の差は海外と日本ではあると感じています。

日本の場合は、セキュリティは大丈夫かだったり、実績が重要だったり、もし誤作動起こして入れなかったらどうするとか、失敗しないための安心安全を重んじる国なのかなと思っています。

一方で海外では、新しいプロダクトが現れたら、「とりあえず導入してみよう」という考えを持つ国もあるんです。例えば、スマートロックを1個つけたら、もう1個別の機種をつけたりして、2個あれば「どっちかが誤作動を起こしても、もうひとつが動けば大丈夫だよね」という考え方も海外では多くて。

そういうイノベーションを楽しむといった需要が、日本は低いなと思うんです。だから、会社のレベルはあまり変わらないのですが、消費者側の ITリテラシーや 受容性は若干差を感じています。

───確かに、スマートロックの話を聞いたときもしもカギが開かなかったらどうしようかと少し心配してしまいました。

河瀬:それは当然だと思います。鍵が開かないととても困るので。そういった日本人の心配事に耐えうるものづくりを、日本の企業さんはやり続けている。それは、日本製品が世界で認められている理由のひとつだとも思っています。

ただ、そういった国民性で、今後差が開いていくかもしれないことは懸念しています。

河瀬航大が目指す、「キーレス社会」に向けて

───今後、スマートロックはどうなっていくと思いますか?

河瀬:全ての鍵をクラウド化させていきたいとは思っています。今、現金をなくしてキャッシュレス化が進んでいますが、そんな風に鍵をなくしたキーレス社会にしていきたい。非常に難易度が高いとは思いますが、やりきりたいと思っています。大体10年後くらいには肌間で感じられると良いなと。

イノベーションってサイクルが早くなってきていると思うんです。例えば、現金を持ち歩かなくなったのってここ最近の話で、10年前ではありえない状態でした。スマホ決済だってここ1年くらいで一気に普及しましたよね。あるタイミングで一気に社会が変わっていく。スマートロックもその様に拡がっていくと思っています。

───その実現に向けて取り組んで行きたい、または取り組んでいることはありますか?

河瀬:今は主にオフィス向けに提供しているAkerunを、さまざまな鍵がある場所で使っていただくべく開発を進めているところです。

オフィスも家もタクシーも電車もコンビニもスマートフォンやICカード1枚で対応できるようにしていきたい。ひとり1つのIDを持っていて、決済もできるし鍵の変わりもできる。そんな社会にしていきたいと思っています。

現在はサムターンというまわすタイプの鍵や、電気錠、自動ドアなどに対応するタイプのプロダクトは既に開発しています。今後はさらに、どんな形の鍵に関しても対応できるようにしていきたいです。

取材・文:成田千草
写真:西村克也