長期成長を続ける企業文化を構築するには、リーダーシップによる明確かつ積極的な指針が必要だ。
このたび、企業経営の長期志向を推進するためにマッキンゼー等が進めているイニシアチブ「FCLT(Focusing Capital on the Long Term)Global」のレポートでは、取締役会の多様性が、長期的視野を促進する事実がわかった。
多様性が企業の利益向上に与えるメリットは研究は今までも行われているが、それを発展させた、多様性が長期経営にどのようなメリットを与えるのかを、今回のレポートを基に解説する。
多様性と収益率の関係性
多様性とその企業のパフォーマンスの関係を探る研究は今までにいくつもされており、目新しい話題ではないかもしれない。
例えば2017年にBernileやBhagwat、Yonkerが行った研究では、「様々な人種と異なった年齢、性別や異なる教育背景、財務の専門知識、および以前の取締役会の経験」の6つの軸を尺度として、多様性の多次元測定を実施。
この結果として、取締役会の多様性が大きいほど、株価のボラティリティが低く、研究開発への投資がより一貫していること、さらに全体的なパフォーマンスが向上することを証明した。
また、マッキンゼーが2018年に発行したレポート「Delivering Through Diversity」では、管理職の性別の多様性は収益性を高めることを示している。
同社の以前の分析では、執行役の性別の多様性が上位25%の企業は、平均以上の利益を出す可能性が15%高かったが、最新のデータでは、可能性が21%に増加した。
また、性別の多様性だけでなく、文化的および人種的に多様な執行役を持つ企業の比較もこの研究でなされている。
文化的および人種的に多様な執行役メンバーをもつ企業は、平均以上の利益を得る可能性が33%高くなっている。
取締役会レベルでは、人種的および文化的に多様な企業の利益率はもっと高く、43%が平均以上の利益を得ており、多様性と業績の間にとても有意な相関関係が見られた。
多様性と長期経営の関連性
では、多様性がどのように長期経営に関わるのだろうか。
今回発表されたFCLTGlobalの研究は、2010年から2017年のモルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル(MSCI)が算出・公表する、世界先進国(23カ国)と新興国(24カ国)の株式の総合投資収益を各市場の時価総額比率で加重平均して指数化した、MSCI ACWI企業を調査している。
これらの企業の取締役会の、年齢と性別の両方の点を合わせて見ると、最も多様性がある取締役会は、最も多様性の低い同業者と比較して、投資資本利益率(ROIC)が3.3%高いことがわかった。
ここでなぜROICを使用しているかというと、資本コストを上回るリターンを評価するROIC(投下資本利益率)は、特に企業において「資本コスト経営」との親和性が高いと考えられるからだ。
一般的に、事業は成長期→安定成長期→安定期(→衰退期)といったライフサイクルを経る。
ROICが有効に機能するのは安定成長期の中期から、安定期にかけてだ。KPMGの説明によると、これらのステージでは成長に向けた大型の投資が一巡し、リターンを継続的に上げるためにR(利益)・IC(投下資本)の効率性を追求する必要があり、コスト効率性や財務効率性を追求するうえでROICは機能し易いという。
その意味で、ROICが長期的な安定した経営を測る指標として扱われているのだ。
KPNGより
性別の多様性はROICを2.6%上昇させる。しかし現状は…
詳しく2つの項目を調べてみると、まずジェンダーの多様性のみでは、最も多様性の高い取締役会を持つ企業は、最も多様性の低い企業のROICのパフォーマンスが、2.6%高いことがわかった。
しかし、この確信的証拠にもかかわらず、取締役会における性別の多様性は、まだ世界的な標準になっていない。取締役会あたりの女性取締役の平均割合は先進国全体ででも、大きく異なる。
この表では、各国の女性の取締役の割合を示している。韓国、日本、中国と香港など、アジアは世界の平均を下回っていることが分かる。アメリカは17.5%、それ以外の英連邦王国に所属する共和国、ヨーロッパなどは20%を超える。
ただ、この調査に含まれるいくつかの領域には、企業の取締役会において一定の性別を雇う必要性がある規制が設けられている国もある。
フランス、オーストリア、ノルウェー、イタリアでは、女性の取締役の最低比率の要件がある。ニュージーランドやカナダの一部の州を含む連邦国も、同様のガイドラインを導入している。
アメリカでもカリフォルニア州が最近、州に本社を置く上場企業の取締役会には、女性メンバーの最低比率の規制を設定している。
平均年齢の低い取締役会は、ROICも高い。でも現状は…
では、取締役会のメンバーの年齢に関してはどうだろうか。
性別と比較してまだ世の中であまり議論されていない話題であるが、企業取締役の年齢の多様性にも、同様の効果がある傾向が見られている。
FCLTGlobalのデータ分析では、若い取締役の参加と会社の業績の間に相関関係があることを裏付けている。
同様の2010年から2017年までのMSCI ACWI企業のサンプルを使用した際に、回帰分析によって企業の取締役会の平均年齢が低さが、ROICが大きさと相関関係があることが明らかになった。
さらに同分析では、長期的な価値創造へのつながりも見出している。若い平均年齢を持つ取締役会がある企業は、設備投資と固定資産の両方に、より多くの資金を割り当てる傾向があった。
しかし、取締役会の平均年齢に関する実情は、この統計に反する。世界全体の取締役の平均年齢は59.8歳とみられ、MSCI ACWI企業の取締役の平均年齢は60歳を超えている。平均年齢が50歳未満であった取締役会は、わずか2%だった。
取締役会の平均年齢が一番低い国は中国・香港で57.4歳、一番高い国はアメリカで62.6歳であった。日本はアメリカに次いで高く、61.4歳を記録している。
とはいえ、各国の取締役の性別の割合調査で見られた大きな地域差は、取締役会の平均年齢の地域差には見られず、大きくても地域で5.2年、業界全体で2年の差となっていた。
またこの研究では、取締役会の在職期間が年齢と強く相関していることが明らかになっている。そのため、取締役会の定着を止め、彼らの在職期間のより頻繁なサイクルを促進するための回転メカニズムが投資家などから要求されている。
この様なメカニズムは事実上平均年齢を下げる機会になるだろう。
女性の起用や様々な世代の人材の活用がますます必要となってくる今日の企業にとって、取締役会は、企業の長期的な価値創造のアプローチに大きな影響を与え、その成長戦略など目標に向かい導くための必要な手立てを考える重要な機関だ。
取締役会が経営のトップやマネージャーに適切な意見を与え、目標を設定することは、短期的な市場の圧力から解放する考えも与える。
今レポートは、多様性のある取締役会を構成することで、取締役会メンバー間でさまざまな視点が確保され、ビジネスに対する新しいアプローチと機会を発掘し、長期的な展望と文化を育てるのに役立っていることがわかる。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)