複業やパラレルワークなど、会社に属しながら、別のキャリアを築く働き方を実践している人が増えつつある。そして、個人の働き方の多様化に伴って、組織の在り方、形態も変化しつつある。

会社に依存せず、個人が働き方を選択し、自らキャリアを構築することができる現代では、一体どのような組織が求められているのだろうか。

今回話を聞いたのは、”専業禁止”を人材理念に掲げる株式会社エンファクトリーの代表取締役社長・CEOである加藤健太氏だ。加藤氏にはエンファクトリーが”専業禁止”を掲げる理由、またこれからの時代の組織形態のあり方について、新時代の組織について、詳しく話を聞いた。

エンファクトリーの人材ポリシー”専業禁止”は、スモールビジネス支援が根底にある

はじめに加藤氏には、エンファクトリーが掲げる”専業禁止”とは、一体どのような理念なのかを尋ねた。

加藤氏 「エンファクトリーが掲げる”専業禁止”というのは、人材ポリシーの一つです。単純にいえばやりたかったら複業をすれば良い、というものです。特にこれといって決まった制度はありません。そのため複業をするにあたって、申請が必要な会社もあると思いますが、エンファクトリーでは特に申請をする必要はありません。

今はネットさえあればできることが増えているため、会社に勤めながら、自分のやりたいことをどんどん進めている人や、パラレルワーカーなどが増えています。そしてエンファクトリーでは、そういったスモールビジネスを展開している人達を支援するビジネスを展開しています。

例えば ECビジネスだったら、これまで累計約3,000社のつくり手さんとの取引がありますし、専門家や、フリーランス系統の人達とのビジネスだと常時約2万名リストに載っていて、常に1,000名くらい取引をしています。このようにエンファクトリーには、個人事業主、フリーランスといった小さなビジネスを支援している事実がベースにあり、”専業禁止”という人材ポリシーを掲げることにも繋がっています」

“専業禁止”はあくまで人材ポリシーであり、特に制度を設けてはいないが、一つだけルールがあると加藤氏はいう。

加藤氏「複業をする場合、一つだけルールがあります。それはオープンにすることです。半年に1回、『en Terminal(エンターミナル)』という、飲み食いしながら、複業をしている社員がどんなことをやっていて、いくら儲かったかなどを一人約5分ピッチしてもらうイベントがあります。

また、メンバーの前で自分の複業を宣言してもらいます。複業でダメなパターンというのは、コソコソやっていることです。しかし僕らの会社のケースの場合、皆の前で態度表明をしてオープンにしているので、ちゃんと会社の仕事にもコミットします。」

社員には複業で、生きる力を身につける機会を得てほしい

社員には”生きる力”をつけてほしい、という言葉をインタビュー時から加藤氏は唱えていた。そして複業を推奨する理由の一つとして、会社では提供できない、生きる力を身につける機会を複業で得てほしい、という思いがあるからだという。

「会社の中だけで社員に提供できる機会には限界があります。それはどこの会社でも同じです。そのため外に楽しいことや、自分のやりたいことがあるならやってみたらいい、という思いがあります。

”専業禁止”というポリシーは、機会の提供の一つであって、自律的に自分で考えてほしいという、思いがあります。複業して結果がどうなるかは、誰も保証できないけれども、機会を自分でどういう風に活かしていくかということも考えて、生きる力をつけてほしいと思っています」

また加藤氏は、これからの時代で必要とされる”生きる力”とは何か、詳細を語った。

「”生きる力”といっても色々な定義があります。例えば車でいうと、車体とエンジンがあり、古くなるのでマイナーチェンジが必要です。

しかし決定的にずっと必要な物は、環境そしてエネルギーです。つまり生きる力として知見、知識は大切ですが、それらを形にしていくエンジンも重要だということです。そして定期的にメンテナンスをする必要もあります。

今は学び直しや、リカレント教育などの必要性が叫ばれていますが、メンテナンスとはそういうことです。しかし一番大事なのは、ただ学ぶだけではなく、これから何を学べば良いのか、何に可能性があるかなどを、自分で見つけることです。しかしほとんどの人は見つけられていません。

そこで大事になるのは、どれだけ機会がある環境に身を置くのか、気付きをもたらしてくれる環境にいられるかです。”専業禁止”には、色々な人との接点などを与えてくれる環境に身を置いて、エネルギーを貰う機会を作ってほしいという、狙いがあります」

社員が複業をすることで会社が得られるメリットは、目線が上がること

社員が複業をすることで、会社にはどのようなメリットがあるのか。このような質問の答えとして、加藤氏からははじめに”社員がミニ経営者になる”という言葉が返ってきた。

加藤氏 「社員が複業をするメリットはあります。まずは個人の力がつきます。複業をすることでミニ経営者になるんです。そのため、確定申告の仕組みや世の中のことを色々知ることができるし、営業の力も培われます。なによりも自分の商売に責任を持たないといけなくなります。

なので、ミニ経営者になると“商売の目線”が上がります。お金を儲けるのが大変なのが分かり、力がつくんです。

また採用面でもメリットはあります。面白い人材がいっぱい集まってくるので、人的資産が向上しました。このメリットは大きいです」

また、複業を推進することでエンファクトリーのビジネスのアイデア、ネットワークは社内だけにとどまらず、組織は退職者も含めてアメーバ状に広がっていくと、加藤氏は説明した。

加藤氏 「オープンイノベーションではありませんが、どんどん外に、社外に触手が伸びています。新規案件や、新規事業の案件などに対して、パラレルワーカーが外からネタを持ってくることもあります。

また、エンファクトリーにはフェローという、退職して独立、起業した社員とビジネスパートナーとして利用し合う(相利共生)制度もあります。そのため起業、独立していった社員と連携することができるんです。このように組織形態がアメーバ状に緩やかに広がっていきます。そうするとビジネスのきっかけが社内だけにとどまらないので、案件やネタがたくさん来るようになります」

ファイナンスの知識も生きていく上では欠かせない

“生きる力”を社員につけてもらうために、”専業禁止”を掲げる。そして、生きていく上で学ぶことが欠かせないお金の知識も、社員に教える機会を設けていると加藤氏はいった。

加藤氏 「エンファクトリーでは、入社時にファイナンシャルリテラシー講座があります。なぜならお金の教育がどこにもないからです。日本はもっと、マネーリテラシーを上げる必要性を感じています。

自分自身で資産を生み出すには、キャッシュをうまく運用していく必要がありますが、金融資産という単語が出た途端に話が分からなくなってしまう人が多い。お金の知識はもっと知った方が良いです」

また、今の社会には以前に作られた仕組みが多く残っており、そして今がどのような時代なのかを理解し、その上でどう生きるのかが大切だと、加藤氏は語った。

加藤氏 「昔は年功序列で昇進し、終身雇用、退職金、公的年金といった制度が整っていました。簡単にいうと頑張って働いていれば大丈夫だったんです。

しかし今の時代は昔よりも選択の余地が沢山あり、転職もできれば、起業することもできます。昔は一つの企業で定年まで勤めるのが普通でしたが、今は会社が潰れることを想定しなければいけません。それは大企業に勤めていても同じです。即ち、収入については不透明不確実な時代です。

しかし今後、支出は絶対に増えていきます。リンダグラットンの『ライフシフト』にも書かれている、人生100年時代がこれから訪れますが、それに伴い医療費が多くかかるようになります。年金など世代間扶養の負担だって上がっていきます。

エンファクトリーの新卒説明会では、まず今、自分達がどのような時代を生きているのかを理解してもらいます。そして、自分でどうやって生きていくかっていうのを考えていかなければいけないということを伝えるんです。そして、その生きていく力をつけてもらうために”専業禁止”という人材ポリシーを掲げているんです」

社員に生きる力を身につけてもらうために、”専業禁止”という人材ポリシーを掲げている。生きる力は複業だけで養われるわけではないが、エンファクトリーではお金の知識を得る機会があり、退職した後もビジネスパートナーとして相利共生していく道もある。緩くつながり、相互が生き残れる関係を築くことが可能なのだ。

働き方が多様化し、個人は自分の頭で考え、行動していく力が必要とされるようになった。そして、エンファクトリーは生きる力をつける、”機会”を社員に提供している会社だ。

これからのライフプランを考えるのと同じように、どのような組織に所属するのが良いのか、考えてみるのはいかがだろうか。

取材・文:片倉夏実
写真:西村克也