自閉症、ADHD(注意欠陥多動性障害)、ディスレクシア(失読症)――これらの発達障害を持つ人達は、これまで問題点ばかりにフォーカスが当てられ、就学や就職で困難に直面してきた。
しかし、実は彼らは集中力や「型にはまらない」思考能力に富み、IT業界で能力を発揮する潜在力に満ちている。
性別や国籍、年齢、文化的背景などが異なる様々な人材を含む、職場のダイバーシティ(多様化)が叫ばれて久しいが、SAPやマイクロソフトなど大手IT企業では、発達障害の人々を採用する「ニューロダイバーシティ」(神経学的な多様化)に向けた取り組みが加速している。
「障害」ではなく「異能」
「息子が3歳の時、自閉症と診断され、『理想的な家族像』が崩れました」――と語るのは、IT系人事コンサルティング会社「Specialisterne」の創業者兼CEOのThorki Sonne(ソーキ・ゾンネ)氏。
「でも、これで人生の貴重な側面を知ることができたし、家族が啓発され、絆を強めたのです。」
自閉症といえば、他人とのコミュニケーションが苦手で、興味や活動が偏るといった特徴が知られる発達障害だ。彼らは往々にして「既定の枠にはまらなかったから」(ゾンネ氏)、学校から拒否されたり、ドロップアウトしたり、職場からシャットアウトされたりしてきた。
しかし、既定の枠にはまらない発想は、「アウトオブボックスの(型破りな)」創造力が必要な現在のテック業界で求められる資質。
また、ゾンネ氏によれば、自閉症の人達は正直で、職務に忠実で、スキルに富んでいる。このほかにも、彼らは類まれな集中力、記憶力、細部への注意力、視覚的な思考、論理などに強く、様々な問題に対してユニークな洞察や視点を与えられる潜在力がある。
IT企業のディレクターだった同氏は、そのような人材へのニーズを知っていたし、息子にも就職の機会を得てほしいとの願いから、自らSpecialisterneを立ち上げ、自閉症の人々が自分に適した仕事を探すのをサポートしてきた。
また、時間をかけて個人のモチベーション、能力、スキルなどを熟知した上で、企業のマネジャーや同僚、人事担当などとともに、彼らが職場で能力を発揮できるような環境整備にも取り組んでいる。
自閉症以外の発達障害でも、「障害」ではなく、彼らの特殊な能力がIT業界を中心に注目されている。例えば、文字の読み書きに困難を伴うディスレクシアの人達は、既存の枠を超えた思考能力があるほか、パターンの理解、可能性の評価、意思決定において平均を上回るパフォーマンスを出すという。
また、ADHDの人達は非常に創造性に富むほか、興味のある分野については、類まれな集中力を発揮することが指摘されている。
「異能」の人材が活躍できる職場環境
こうした人材を活かせれば、企業にとっても利するところは大きい。ただ、彼らがその能力を発揮できるようにするためには、職場環境を適切に整えなければならない。世界経済フォーラムでは、企業が取り組めるアプローチとして、以下の4点を挙げている。
1.フレキシブルな職場:例えば、自閉症の人には聴覚的な刺激を防ぐため、ヘッドフォンを用意する。また、ADHDの人には静かな空間を与え、スケジュールをフレキシブルにしたり、予定や会議の議事録を書き留めるようにしたりする。
2.マネジャーや同僚へのトレーニング:意識向上キャンペーンを実施するなど、マネジャーや同僚が発達障害を理解し、一緒に良い仕事ができるようにする。例えば、ディスレクシアの人達とのメールコミュニケーションをどう改善するか、意識を共有する。
3.採用の仕方を変える:相手の目を見て話をするのが苦手な自閉症の人などは、システマチックな面接による採用は不利となる。このため伝統的な面接ではなく、タスクを与えてパフォーマンスを見たり、長時間のリラックスした雰囲気の中で能力を見たりする採用プロセスにする。
4.アドボカシー(唱道)とポリシー:職場で立場の似ている職員のグループを作って、観点を共有する。
このほかSpecialisterneでは、発達障害をサポートする地域の非営利団体と協力し、専門的な知識やノウハウを共有したり、発達障害を持つ職員にパーソナルカウンセラーを付けて、職場と家庭生活の両方で「サポートの輪」を形成したりすることを奨励している。
SAPやMicrosoftもニューロダイバーシティへ
ニューロダイバーシティに向けた取り組みは、すでに大手IT企業の間で見られ、成果を生んでいる。ドイツ発ソフトウエア大手のSAPは、自閉症の人達に向けた特別プログラムをいち早く導入した。
同社はこのプログラムで、「Differently Abled(異能の人材)」を積極的に採用し、入社後は彼らがプロフェッショナルな労働環境で能力を発揮できるようサポート体制を築いている。
SAPのプログラムは世界13カ国で導入され、2016年頃までに160人の自閉症の職員を採用した。電気工学やバイオ統計学、経済統計学などのマスター取得者や、コンピューターサイエンス、応用数学の学位取得者などが応募したが、多くの候補者は大学の成績も良好で、名誉卒業生もいたという。
こうした人材の活用は、当初ソフトウエア・テスティングなどの業務に限られていたが、彼らが他の幅広い分野でも能力を発揮したことを受け、今ではプロダクト・マネジメント、人事サービスアソシエイト、カスタマーサポートなど、18の職種で人材を受け入れている。
同社は2020年までに従業員全体に占める「異能」の割合を1%に高める方針だ。
マイクロソフトも様々な障害を持つ人々を雇用しており、自閉症もその一つ。「Autism Hiring Program(自閉症雇用プログラム)」では、候補者はまず、オンラインで技術的な課題をこなす。
また、一部の候補者は数日間マイクロソフトの本社に招かれ、チーム構築や面接準備、技術的なスキルなどを含む一連のプログラムの中で評価される。
さらに、採用された人には、「Autism at Workplace(職場の自閉症)」プログラムでトレーニングを提供し、複数のメンターが彼らのキャリア形成をサポートする体制を整えている。
一方、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2017年5-6月号)によると、ヒューレット・パッカードエンタープライズ(HPE)は、オーストラリアの福祉省向けのソフトウェア・テスティングで30人の「異能」を採用。
そのチームのパフォーマンスが他のチームの生産性を30%上回ったため、その後オーストラリア国防省のサイバーセキュリティプロジェクトでも、「ニューロダイバーシティプログラム」を導入したという。
HPEのエグゼクティブによれば、発達障害を持つ人達とのコミュニケーションを工夫するうち、社員のコミュニケーションがより直接的で明確になったほか、「異能」の人材が一生懸命仕事に取り組むため、周りの社員にも仕事へのコミットメントの面でいい影響を与えたという。
そして、同プログラムを導入した最大のメリットとしては、「マネジャー達がすべての人材について、彼らのやりたい事で能力を発揮できるよう、センシティブに考えるようになったこと」と説明している。
タンポポはハーブにもなる
ニューロダイバーシティの動きは近年活発化しているが、前述のSpecialisterneの設立は2004年に遡る。
地道な活動の結果、現在は本拠地のデンマークのほか、アメリカ、オーストラリア、シンガポール、ブラジルなど13カ国で事業展開。
これまでに1万人の就職をサポートしてきた。SAPやIBMといった大手IT企業にもコンサルティングサービスを提供しており、現在のニューロダイバーシティを陰で支える存在となっている。
同社のロゴマークであるタンポポについて、ゾンネ氏は説明する。
「子供はタンポポが大好きで、見つけると、喜んで綿毛を吹いて願い事をします。でも大人はタンポポを嫌って、庭で見つけるとスプレーで除草します。大人になるにつれて、個人の規範は社会の規範に取って代わるのです。でも、タンポポはキッチンガーデンできちんと育てられれば、貴重なハーブになります。その存在を受け入れ、雑草ではなくハーブとみる人にだけ、その価値を生み出すのです。」
既定の枠に収まらない人も、迎え入れられる環境があれば、価値を生む潜在力を持っている。これは実は発達障害に限らず、どんな人にも当てはまること。
ニューロダイバーシティを意識した職場環境は、おのずとすべての人に働きやすい環境をもたらすに違いない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)