「なぜ、大人は勉強しなくなるのか?」

子どものような問いかけだが、気がついたら学ぶことを止めている大人は多い。

総務省が出している平成28年社会生活基本調査によると、社会人の平日勉強時間は1日あたり6分間だった。「もっと勉強しなさい」と子供に伝える親が多い中、なぜ大人になると勉強への意欲が低下するのか。

この問いを、30年以上大人に学びの機会を提供し続ける、株式会社リカレント代表の松田氏に尋ねた。株式会社リカレントは、一日集中の研修サービスの「Recurrent」や、教えたい人と研修を受けたい企業をつなぐ「Oncy」をはじめ、時代に即したサービスを社会人やその企業に研修という形で提供している。

松田 航(まつだ わたる)
株式会社リカレント代表取締役社長。早稲田大学創造理工学部卒業、同大学大学学術院生命理工学専攻中退、Macquarie University Hospital 研究員。2012年より同社に参画。

松田航が考える「大人になると勉強しなくなる」理由とは

大人になると勉強しなくなるのは、必要性と強制感に関係すると語る。

松田「大人が学ばなくなるのは、当たり前です。そもそも子供の頃から、自発的に勉強する子どもはそう多くありませんよね。子供の方が勉強時間が長いのは必要性があるからです。この場合の必要性は、『試験や受験がある』『周りがやっている』という強制感です」

確かに、遊びより勉強が好きという子どもはそもそも少ない。大人も同様だと松田氏は語る。

松田「必要性を感じないのですから、勉強なんてしないでしょう。勉強は、頭も時間も使います。疲れますからね。誰かに、勉強しようと声をかけられても、勉強しません。これは子どもも同じです。歴史的に見ると、暇になれば人は趣味で勉強しますが、現代人は忙しいですからね」

自ら勉強する人もいるが、彼らは必要性を感じているためか。

「必要性を感じる人は自ら勉強します。この人たちはモチベートなど一切必要ありません。私たちは社会人向けのスクールを運営していますが、受講される方々のモチベーションは本当に高くて、サービスを提供していて気持ちが良くなります。

勉強する層は何もしなくても勉強しています。世の中には勉強するための空間も、先生も、本も、いくらでもあるわけですから。

しかし、勉強に必要性を感じる層がそれほど多いかと言うと、そうではないでしょう。リカレント教育の問題はここにあって、“勉強の必要性を感じていない層にいかに必要性を感じてもらうか”です。

我々はリカレント教育企業として勉強の力を信じていて、勉強すれば人生はより良くなると心から思っています。それを勉強しない人たちにも伝えることがひとつの存在意義でもあると思っています。正直、ただのおせっかいでもありますが(笑) それが会社のミッションなので、突き進みます」

企業研修が作り出す強制勉強の機会

勉強しない大人が増える昨今だからこそ、研修という形を通して勉強する意味や効果に気がついてほしいのがリカレントの狙いだ。

松田「勉強に必要性を感じていない人に必要性を感じてもらうにはどうすればいいか。色々と手段はありますが、強制的に勉強させられた結果『おお、これはすごい!役に立った!勉強するといいこともあるのかも』と思ってもらうというアプローチもあります。それが法人向けの研修サービスです。企業からの研修であれば義務ですから、とりあえずは受ける姿勢になります。

研修は会社から強制されているため、投げ出すことは出来ません。研修であれば、その場限りでも話は聞こうと思います。

ただ、一般的に企業研修ってとてもお金がかかるので、そう簡単に多くの研修を実施できません。中小企業は研修が少ないという話を聞くこともありますが、一般的にはそれは当たり前で、研修は結構コストがかかります。だから我々は『もっと企業がたくさん研修をするためには、どうすれば良いか?』という姿勢でサービスを作っています」

しかし、強制的に研修を受けさせられたところで、その後の学びに発展しにくいのではないだろうか。この疑問を率直に伝えると、「研修後に小さな成功体験を出来るかどうかです」と松田氏は教えてくれた。

松田「そのとおりです。ポジショントークをするつもりはなくて、ほとんどの研修はその場限りになってしまっています。いかにその場限りにしないかですが、ずっとフォローし続けるなどは現実的ではないですし、自らの学ぶという姿勢にも繋がりません。

だからこそ研修では、“研修直後の成功体験”を常に意識する必要があります。研修後に、『これは明日の仕事でも試してみよう』と思ってもらうことです。何か一つでも良いのです。重要なのは、『やってみたら意外とうまく行った』という感覚です。

本当に簡単なことでいいんです。例えば、Excel研修を受けて、ショートカットをひとつ覚えて、実際に仕事が早くなったとしましょう。この人は他のショートカットも自分で勉強するようになる可能性は非常に高いです。社内で実験してみたら、実際多くの社員は研修後に色々なショートカットを調べて試していました。

マネジメント研修なら人の褒め方を学ぶなど、とにかくすぐにできることで、成功体験が必要です。それがあれば、人はその分野を勉強し始めます。慣性の法則が働くので、動き出したら、楽にどんどん学べます。学べば学ぶほど成長して、もっと勉強が楽しくなります。研修はその根本となる『明日できる成功体験』がもっとも重要です」

「強制感」がないと人は学べない

多くの人が、自分で学び、その学びを継続したいと願う。しかし現実は、長続きしない人がほとんどだ。では、勉強を継続させる上で重要なことは何なのだろうか。結局それは「強制感」だと松田氏は言う。

松田「強制感と言われると、嫌なイメージを持つ人も多いと思いますが、動機付けとしては最高です。社会人における教育は『自主性が大切』だとよく言われます。しかし、『学びたい』という意欲があっても、だいたいの人は一過性です。一過性というか一瞬というか。

例えば英会話を勉強しようと思って、毎日Youtubeで英語の動画を見るように決めたとしましょう。最初は意欲的な思いから、数時間見るのですが、数日経つと見なくなるケースがほとんどです。オンライン環境であればいつでも勉強出来ることが魅力のはずなのに、なぜか勉強を継続出来ない。これは、強制感がないと人は学べないことの典型例です。

これが例えば、英会話教室に毎週通うだと、結構続くのですよ。不便なのに。週に一回しか勉強できないのに。行ったら強制的に勉強できる環境ですから。

何度も言いますが、何もしなくても勉強する層は一定数います。全体の5〜10%くらい。だから、そうじゃない人には強制感が重要だという話です。Eラーニングなどで、もっと強制感を持たせられたら、学びの世界には革新が起きると私は考えていますね」

リカレント教育の効果を高めるためには「コストをかける」

最後にリカレント教育が今後も発達していくのに重要なことを尋ねると、松田氏は笑いながら「もっと、お金を払うこと」と語った。

松田「人は『お金を払った分だけ人は学ぶ』という話があります。これは真理だと思いますね。人はサンクコストを気にします。先程の英会話スクールが機能するのは、お金を払っているし……という強制感が人を動かすからです。

この記事読んでいる方、ぜひ1万円以上の本を買ってみてください。1万円以上の本って大型の書店に行くと結構あります。この本を買うと、払った分だけ人は学ぶという意味がわかると思います。もうびっくりするくらい繰り返し読むので(笑)。普通に買った本だとまずこんなに読まないのに、1万円以上した本だと思うと全力で読むのです。

MOOC(ムーク※)など無料の教育サービスがいくつもあり、私も恩恵を受けていますが、やっぱり本質的にはお金を払って勉強した方がいいと思っています。日本の大学生とアメリカの大学生のレベルの差は、自分でお金を払っているかどうかも、結構関係していると思いますよ。スペシャルな才能はともかく、中から上クラスの能力は大して変わりません。

※MOOC(ムーク):ハーバード大学やスタンフォード大学を始め、名だたる大学の講義を受講できるオンラインプラットフォーム。Coursera、edX等のサイトが存在し、各大学の専門性に富む講義が視聴出来る。

だから、日本でもっとリカレント教育を推し進めるのであれば、無料にして学びやすくするのではなくて、お金を払う方向が良いと思っています。というより、すでに無料で学ぼうと思ったら既にいくらでもできるわけです。これ以上無料で勉強できたり、便利な環境を整えてもあまり変わらないでしょう。

お金を払って勉強するという習慣づけの方が成果が出るんじゃないかと思っています。

企業研修でも参加者からひとり1,000円くらい集めたほうがいいという話を良くしています。実際はなかなか実行は難しいですが、その方が人は力を入れて学びます。

私もマーケティングを勉強するのに数十万かけて後戻りできなくなった結果、経営者をやれています。

自分が勉強したいと思ったら、お金を払った方がいいですよ。後戻りができないくらい」

今、注目を浴びているリカレント教育。ますます市場が発達する中で、自身が学び直しにどのような価値を感じるかは人それぞれだが、今一度姿勢を見直す機会が訪れるかもしれない。

取材・文:杉本愛
写真:西村克也