ルールを疑うことは難しい、だからこそ大事
ルールの語源はラテン語で木の棒・物差しを表していた。そして物差しが基準となる物であることから、規則を表すようになった。ルールは多種多様なステークホルダーが存在する中で、その社会やシステムが円滑に成立するための重要なツールである。各ステークホルダーはルールの中でどのような活動をするかが問われる。
一方でルールは外部環境の変化や価値観の変化に対応しきれないことがある。時代の変化に合わせてルールは更新されるべきである。テクノロジーの進歩や多様性の尊重など大きな変化が訪れている現代、そして次世代においてルールとどのように向き合うべきか、元WIRED編集長の若林恵氏に話を伺った。
- 若林 恵|KEI WAKABAYASHI
- blkswnコンテンツ・ディレクター。1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。
若林氏:「ルールを疑うことは思っているよりも難しいものだと思います。そもそも普通に生きているとルールをルールであると思わないで、無意識的にそれに従っているということもままあります。なので、もっともっと勉強したり、頭をつかって、どこに問題があるのかを見極めなければいけません。規制はただ壊せばいいというものではないですし、そもそもなぜ、その規制があったのかを考えることも必要です。自由がもたらすものを阻害しないかたちで、どうそこにブレーキをかけるのか、は、いまとても重要な論点だと思います」
ルールを否定するだけではダメ。解像度の高い未来を描けているか?
ルールを疑うことの必要性がある一方で、若林氏は単にルールを否定だけすることを懸念している。
若林氏:「“ルールはいらない“とか“制度は古い“といった感じで、ふわっとルールを否定したところで、ルールというものがなくなるわけでもないし、壊したあとのことまで思考をめぐらせておくことは大事だと思います。うまく正確に既存のルールを疑わないと、結局同じところに戻ってきてしまうなんていうこともありそうです。壊したあとの世界をきちんと見据えないと、そもそも壊すことすらできないかもしれません。大事なのは、未来を考えることです。
社会はどこに向かっているのか、どうなるべきと考えるか、既存のルールはなぜこの形か、壊した後に何が待っているか。例えばSDGsっていうものがありますけれど、これって世界的にコンセンサスのとれているゴールなので、世の中の制度はそっちに向けて変更されていくというのは、ほとんど規定路線なんですよね。もちろん、色んな反発や反動はあるんですが、理念としてここを目指しましょうっていう「答え」は出されてはいるので、そこに向けて、どのルールや規制がいらないもので、新たに何が必要かを考えるための、少なくとも方向性は指し示されていますよね」
ルールを変えることは難易度が高いが、出来る事は実はたくさんある
若林氏: 「とはいえ、ルールは簡単には変わらない現実はありますよね。そうしたなかで、大事なのは、ふわっとした自分に関係ない未来を見ることではなくて、自分のフィールドの延長にある具体的な未来を見ることなのかなと思います。手近な自分の持ち場の近くに課題は山ほど転がっているはずですから。
どの業界にいても絶対に目の前の課題ってありますよね。自動車業界でいえば高齢ドライバーによる事故だったり、過疎の地域でのモビリティの問題だったり。音楽業界だったら、ミュージシャンを使い捨てにしないで成長させていくには何が足りてないのかは、もっと業界全体で考えるべきでしょうし。遠い未来の話をして立ち止まるのではなく、自分のフィールドに存在する課題と未来を見据えるというか。解像度の高い未来像をもたないと、行動できませんし」
解像度高い未来を描くために必要な刺激の摂取方法
解像度高い未来を描くことの重要性を語った若林氏。では、そういった視点を持つためにはどのようなインプットが必要なのであろうか。
若林氏:「解像度を上げるって、自分ごととして物事を考えることなんじゃないかと思うんですね。trialog(トライアログ)っていうのはトークのシリーズではあるんですけど、何かを教わるためのセミナーやパネルセッションではなく、自分ごととして未来を考える場になるといいな、と思ってます」
trialogはソニーと若林氏によって立ち上げられた実験的な対話プラットフォームである。世の中を分断する「二項対立」から、未来をつくる「三者対話」の場とするため、異なる立場の三者が意見を交わす空間を作っている。
若林氏:「次回のtrialogのカンファレンスではゲストにミュージシャンも参加してもらい、トークと同じテーマに沿ってライブをやってもらいます。これは、単に言語だけでテーマやお題を理解するばかりではなく、非言語の表現を通して、そこで語られた内容やことばに、ニュアンスとかテクスチャーを与えたいからなんです」
9月15日に渋谷で行われるtrialog summitでは『Alt.Rules』と題し、オルタナティブなルールを考えると同時に、ルールというもののオルタナティブを想像するイベントが開催される。そして、本当に欲しい社会や生き方はどのようなものなのかを「情報」、「見た目」、「会社」、「アイデンティティ」という4つのキーワードから三者対話で考えるイベントとなっている。また、betcover!!によるミュージックセッションも行われる予定だ。
若林氏:「この場をソニーさんと一緒につくることには意味があるのは、この場をできるだけ若者のための場にしたいと思っているからです。若者が考える『ほんとうに欲しい未来』が、やっぱり未来の姿であるべきだと思いますので、その声がちゃんと大きなものになるといいなと思ってまして、日本を代表する大企業がその声を後押ししているというのは大きな意味があると思います」
カルチャーを味方につけて次世代サバイブ
ルールを壊す前に、自分のフィールドの延長にある課題に目を向けることで解像度高い未来を描くことの重要性を語った若林氏は、次世代を担う若者がサバイブするためのカルチャー空間の意義と、若者にスポットライトを当てサポートする空間づくりとしてのtrialogに対する想いについて語った。
若林氏:「分断、分断と叫ばれるなかで、やっぱりカルチャーって大事だなと、最近とみに思うんです。政治や経済からたまには距離を置くこととか、ことばにあえてしないこととか、「意味」を求めすぎないこととか、そういった価値をもって、人が集うことって大事だと思うんですよね。ですから、trialogも議論する空間というよりはカルチャーに集う空間になるといいなと思ってます。そこで次世代を担う人たちの声に光をあてていきたいんです」
<イベント情報>
trialog summit 『Alt.Rules オルタナティブなルール/ルールのオルタナティブ』
9/15(日) 13:00- 渋谷ヒカリエ 9FヒカリエホールB
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取材・文・写真 木村和貴