INDEX
『Virtual Reality(通称:VR)』
“目の前にある現実とは違う現実を体験できる”仮想現実のことを指す。このVR技術は現在、様々な分野で利用されている。医療や教育、製造などにも幅を広げ、今後も市場の拡大が見込める技術だ。
様々な利用手段がある中で、特にVRが活用される分野の一つに“ゲーム”がある。PlayStation VRやOculus VRなどのハードウェアの発売が開始されて以降、徐々にソフトウェアであるゲームコンテンツが増えてきた。とはいえ、VRゲームは未だに海外市場が圧倒的なシェアを誇っている。
そんな市場に真正面から戦う日本企業があった。
MyDearest株式会社だ。2019年3月に同社が発売したVRゲーム『東京クロノス』は、クラウドファンディングで資金調達、VRゲーム市場では異例の長編ミステリーアドベンチャーと多くの話題を呼んだ。ゲームリリース後は国内外からの人気を博しており、日本を代表するVRゲーム企業となった。
今回は、そんな同社の代表取締役兼『東京クロノス』の総合プロデューサー・岸上健人氏から、国内外のVR市場動向を伺いつつ、オリジナルIPタイトルである『東京クロノス』成功の秘訣に迫る。
急伸を遂げるVRゲーム市場、2019年は約1.8兆円の見込みも
PlayStation VRが発売された2016年。この年を関係者は“VR元年”と呼んでいる。
2016年から3年経過していく中、瞬く間にVR市場は拡大した。2019年6月26日に日本のリサーチ会社IDC Japanが発表したAR(拡張現実)とVR(仮想現実)の世界市場予測によると、2018年の89億ドル(約9,600億円)から2019年は168.5億ドル(約1.8兆円)と市場が急伸している。
さらに、2023年には1606.5億ドル(約17兆3000億円)まで拡大すると予測されているほど。
そして、このVR市場の中で、特にコンシューマーのマーケットが大きいとされているのが“ゲーム”分野だ。VRゲームのハードウェアである、PlayStation VRの世界販売台数は約500万台、Oculus VRシリーズの世界販売台数は約100万~200万台にも上る。
ただ市場が大きい一方で、VRゲームのソフトウェアのヒットはそれほど多くないのだと岸上氏は述べた。100万本近く売れたVRゲームソフトが世界で2本程度。1億円以上を売り上げたVRゲームソフトがヒットの基準とされるが、この基準を満たすゲームタイトル数は70本程度だという。
しかし、ハードウェアが急伸しているからこそ、今後はソフトウェアもより加速していくのではないかと考えられる。
海外優位なVRゲーム市場で活躍する日本企業とは
現在、VRゲームコンテンツを手掛ける多くは、欧米または北欧企業だ。日本企業でVRゲームコンテンツに注力している企業は20社弱だという。
日本企業が海外企業に遅れを取る要因は大きく2つ。“資金力”と“言語”だ。
ゲームに限らず、日本と比較しても海外がコンテンツに投資する金額は一桁大きい。お金をかければ技術を向上できる。結果としてクオリティの高いコンテンツを創出することが可能になる。
そして、VR市場は欧米がシェアを占めていることから、英語コンテンツが圧倒的に強い。グローバルに対応した企業でないと攻めるのが難しい市場である。
この難しい市場に真っ向から戦いに挑む日本企業が、今回取材したMyDearest株式会社だ。同社はVR元年と呼ばれる2016年に設立。以来VRゲームコンテンツの企画・開発を行っている。会社設立当初は、VRを活用したオリジナルライトノベル、漫画コンテンツ企画・開発していたが、2019年3月に発売したVRゲームコンテンツ『東京クロノス』を皮切りに、本タイトル一本でVR業界へ躍進した。
発売されて以降、PCゲームのストリーミング販売プラットフォームSteamVR部門売り上げランキング世界1位を記録。さらに、Oculus用ソフトでは、Oculus公式のオススメ作品である“Oculus Essentials”に選ばれる。ユーザー割合は日本が6割弱、海外が4割強と、海外からも注目されるVRゲームタイトルとなったのだ。
VRゲームの常識を覆した『東京クロノス』
これまでのVRゲームは、アクションゲームがメイン。クオリティの高いCGグラフィックの世界に入り込み、長時間プレイするのではなく短時間で体験できるようなインパクト重視のゲームがほとんどだった。
しかし、『東京クロノス』は従来のVRゲームコンテンツの要素を全て覆した。というのも、VRゲームコンテンツでは世界最長クラスのミステリーアドベンチャーゲームなのだ。
発売するまでは業界各所から「そんなタイトルは絶対売れない」と言われ続けたと岸上氏は笑いながら話した。なぜ、それほどのリスクを背負い、本タイトルに賭けることができたのだろうか。
岸上「VRゲームハードの性能が向上し、そこに合わせてソフトも洗練された面白いタイトルがかなり増えてきた。その土俵で戦っていくためには、いかに面白いアイデアで勝負できるかが重要だと思ったんです。技術力や資金力は確かに重要ですが、海外企業と戦うにはあまりにも装備が不十分。であれば、知恵(アイデア)で勝つしかないと。
それに、従来の短時間プレイのゲームだけでは確実にプレイヤーに飽きがきてしまう。長編のVRゲームが売れなければ、今後のVRの未来はないと思ったんです」
そこで岸上氏が企画の段階で意識したのは主に2つ。“100%日本らしさ”と“ストーリー重視”だ。
日本のカルチャーコンテンツは海外でも人気が高い。クオリティの高いグラフィックで戦うのではなく、日本らしいキャラクターデザインと平面的なグラフィックを起用することで、“日本のVRゲーム”と認識してもらいやすくなる。
そして、前述したとおり、これまでのVRゲームコンテンツはグラフィックやアクション重視の作品ばかり。あえて“ストーリー重視”にし、従来のVRゲームにはなかった“ミステリーサスペンス”の要素を組み込んだ。ストーリー重視にミステリーサスペンス要素を加えることで長時間プレイしても飽きずにプレイが可能となる。実際、本タイトルの総プレイ時間は20時間であるが、ユーザーからの評価は良好なのだという。
結果として、従来のVRゲームコンテンツの“当たり前”を覆し、VRゲームタイトルの幅を広げることに成功した。
市場黎明期を狙った新しいIPの創出
さらに、『東京クロノス』がこれほど人気のタイトルになったのは、そうそうたるスタッフ陣の起用が鍵となっている部分も大きい。監督は「楽園追放 -Expelled From Paradise-」でモーション監督を務めた柏倉晴樹氏、プロデューサーは「ソードアート・オンライン」でプロデューサーを務めた三木一馬氏、キャラクターデザインは現在大人気のイラストレーターLAM氏、シナリオは人気ミステリー作家の瀬川コウ氏を迎えた。
この布陣で制作を進めていく中、岸上氏が強く意識したのは“キャラクターの魅力”を最大限に引き出すことだったという。そこには、新しいIPタイトルを世に送り出したいという想いがあったからだ。
岸上「ゲームコンテンツの新しいIPは、プラットフォームとテクノロジーの黎明期にしか生まれないと思っています。ファミコンが発売されて『スーパーマリオ』や『ドラゴンクエスト』が、PlayStationが発売されて『FINAL FANTASY7』が登場した。結果的に世界中で人気のIPタイトルになりました。VRの黎明期である今が、オリジナルIPで攻めるチャンスだと思ったんです」
オリジナルIPで人気を得るためには、物語とキャラクターの魅力が重要になってくる。物語が進んでいく中で、キャラクターへの愛着が湧き、作品自体の真価が発揮される。
そこで『東京クロノス』は、キャラクターの魅力を最大限に引き出すために、キャラクターデザインとシナリオにはかなり力を注いだと話す。
岸上「まず、欧米のユーザーにも目が留まるようなキャラクターデザインにしたかったんです。ビビットな色使いで日本のユーザーから見ると少し尖っているくらいの印象を受けるキャラクターデザインが欧米ではウケます。そんなキャラデザができる人と考えたとき、監督の柏倉からLAMさんはどうかと提案されて、この人しかいないと思いました。
そして、この素晴らしいキャラクターデザインに負けないくらいキャラクターの個性が引き立つストーリーにしたいと。シナリオもキャラクターが立つようなストーリー展開も意識しましたね」
キャラクターの魅力を引き出したことで、ゲームリリース前に打ったFacebook広告には爆発的ないいね!とコメントがついた。少額かつアメリカをターゲティングにした広告にも関わらず、多くのユーザーから反応を集め、Facebook社から問い合わせがあったほどだという。
気づけば誰もが持っている?VR市場の未来
2019年3月からSteamとOculusで発売してきた『東京クロノス』だが、2019年8月22日にはPlayStation VRでも発売開始された。より多くのユーザー増加に期待が高まる。
VR市場自体の成長率もかなり高い。2018年から2023年までの年間平均成長率は78%と高い成長が見込まれている。岸上氏もこの市場拡大を熟知しており、今後3年未満には全世界でアクティブユーザーがで1,000万人を超え、ゲームタイトルも1000万本弱のタイトルが発売されると予想した。
岸上「伸びる市場の見方は2つしかないと思っていて、一つに“人が増加していること”、もう一つに“若返ってること”があります。VRゲーム市場に参入して4年目になりますが、ボリュームゾーンがどんどん若くなってきています」
2018年9月26日に発表された各国のデロイトのテクノロジー・メディア・テレコムプラクティスが実施している「デジタルメディア利用実態調査」によると、10代から30代前半ではVR/ARゲームへの関心が高いとされている。
なぜ、これほどまでにVRゲーム市場の幸先が良いと予想されるのだろうか。そこにはVRゲームのハードウェアとソフトウェアの結びつきが関係していた。
岸上「ハードウェアが今より安くなっていく一方でコンテンツが豊富になっていく。この2つが上手く満たされることでVRゲーム市場が拡大されると思っています。
ファミコンやPlayStationが普及した理由は、誰でも買える価格帯であることのほかに、『ドラゴンクエスト』『FINAL FANTASY』といったカリスマ級のタイトルが登場したからです。逆にAppleWatchが価格を下げても普及しなかった理由は、強いコンテンツが用意されなかったからなんじゃないかと」
現在発売されているFacebookが開発した最新のVRハードウェア『Oculus Quest』は49,800円、Sonyが2016年に開発した『PlayStation VR』でさえも発売から3年経っているが34,980円と割高だ。
しかし、今後ハードウェアが安くなれば、必然的にユーザーは増えるだろう。さらに、そこに向けてVRゲームコンテンツが洗練されていき数々のビックタイトルが登場すると予想される。
気づけば従来のゲーム機器同様、誰もがVRゲームを持っている。そんな未来はもう目先まで来ているのかもしれない。
日本VRゲームの底力を見せるため、『東京クロノス』をプラットフォームに
そんな幸先の良いVRゲーム市場を日本から世界へ見事に牽引して見せたMyDearest株式会社。今後は“コンテンツasプラットフォーム”を掲げ、VRゲームから誕生したオリジナルIPである『東京クロノス』のさらなる飛躍を目指している。
岸上「最近はコンテンツがプラットフォーム化してきていると思うんです。例えば、監督・作家・俳優・声優などタレントにファンがついてきていて、そのタレントが別の作品を手掛けたら、そっちにもファンが流れる。このように、タレントがプラットフォームになっている時代です。
IPタイトルも同様で、一つのタイトルで多くのファンを獲得したら、違うコンテンツで売り出したとしても、ファンがついてくるはず。なので、僕たちは『東京クロノス』をプラットフォームに様々なコンテンツを増やしていきたいと考えています」
この考え方こそが“コンテンツasプラットフォーム”だ。
実際、『東京クロノス』では、VRゲームの他に『渋谷隔絶 東京クロノス』という小説を販売している。世界観は同じものの、ストーリーは別のキャラクターを主人公にしたスピンオフとなっている。このように同じ世界観の中で様々なメディアミックスの展開を視野に入れている。
そこには、『東京クロノス』というIPタイトルから、日本のVRゲーム業界をより盛り上げていきたいという強い想いがあった。
岸上「謙遜抜きで『東京クロノス』をリリースして以降、日本国内のVRゲーム市場の中では抜きに出たという自覚があります。だからこそ、ここでこのマーケットを盛り下げるわけにはいかないんです。
日本のVRゲームだって海外に通用するんだと証明したい。日本らしい創意工夫で海外に負けないタイトルが増えていってほしい。僕らはその道しるべになっていきたいと思っています。
今後のVRゲームは間違いなく『ソードアートオンライン』『レディープレイヤー1』『サマーウォーズ』のようなデジタル世界になってくるでしょう。それは間違いないので、僕らも僕らなりの創意工夫で突き進んでいきますよ」
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也