「誰にも撮れない写真を生み出す」——吉田志穂が語る、知られざる“写真家の世界”

近年スマホが普及するにつれて誰もが綺麗な写真を撮れる時代となった。

だが、それはあくまでテクノロジーが進化したことによる恩恵なのかもしれない。世の中には「写真家」として活動する方々がいる。 彼らは「写真」を通して自らが表現したいことを表面的なものではなく、感覚的なメッセージを発信している。

そんな「写真家」という職業にどんな魅力があるのだろうか。

今回は、インターネット上に存在する様々な画像を用いて作品を生み出すことで話題となったミレニアル世代の写真家・吉田志穂 氏にお話を伺った。

自己表現の手段として触れたのが“写真”だった

——吉田さんが写真と出会った“きっかけ”を教えてください。

吉田:高校生の時に写真部に入ったことがきっかけです。ただ、写真に意欲があったわけでなく、“文化系でサボれそうな部活”を探していて、写真部に入部したんです(笑)。

私自身、絵が描ける、楽器が演奏できるとかそういったものはなかったので、一番とっつきやすいだろうと…

ただ、私が“自己表現の手段”として初めて触れたツールが写真でした。

——部活ではどのような活動をしていましたか。

吉田:部活では、簡単な一眼レフを貸し出され、先生が出す課題をどんどん撮影するって感じでしたね。

当時、高校の写真部の顧問の先生があまり人を褒めないタイプの先生だったんです。3年間特に褒められもしない状況で。唯一、褒められたのが高校最後の年にあった写真コンペに入選することができて、その時に初めて一回だけ褒められたんです。

その時に、先生に認められたことが嬉しくて「写真、意外といけるんじゃないか」と。

——そこから本格的に写真に夢中になっていったと?

吉田:もちろん、職業にできるとは思っていませんでしたが、他に特にやりたいことも無かったのでそのまま写真学科がある大学に進学しました。

通っていた大学が当時めずらしく、1~2年生の基本の授業はほぼ銀塩のモノクロ写真のみを扱っていたんです。いわゆるフィルムカメラでモノクロ写真を撮るという授業がメインで。高校時代にデジタルから始めた写真ですが、授業を通してモノクロフィルムというものがとても魅力的に感じて、そこで初めて写真にハマったような気がしました。

その後、「1_WALL」というリクルートさんが主催している写真のコンペでグランプリを受賞することができ、副賞で個展開催・冊子作成をして頂いたことがきっかけで写真家としての道に進みました。


吉田志穂 「Log」 © Courtesy of Yumiko Chiba Associates

“作家”として活動できる写真家は一握り

——写真家の活動はどのようなことをされるのでしょうか。

吉田:写真家といっても様々な形の活動があります。商業カメラマンや、スタジオカメラマンなど、分類しはじめるとキリはないです。

私自身は“個展開催”の活動がメインとなります。私の様な活動をされている方々はギャラリーに所属し作品展示や作品販売などの活動が主な内容ですね。

個展を開催すると、自分の作品を見ていただける機会を増やすことができます。それを繰り返すことで人脈が広がったり、認知度が高まります。それがきっかけで美術館の企画に呼ばれたり、海外で展示のチャンスを頂けたりするので、展示はステップアップには重要な活動です。

私の場合は展示がメインですが、写真集販売で活動する作家ももちろんいます。ただ正直な話で言うと、それだけ食べていける方はごくわずかであって私自身も実はカメラマンの仕事が主な収入源となっています。

——どれくらいの頻度で個展を開催していますか。

吉田:大学を2014年に卒業してから、大体、年に2〜3回のスパンで開催しています。ただ作品作りにも時間がかかったりするので実は開催するのは1年ぶりになります。

それでも、海外のすごく売れている作家で年に4回できないと厳しいくらいの世界なので、私自身まだまだです。

作品を通してコミュニケーションを取る

——吉田さんにとって“写真を撮る”魅力とは。

吉田:やっぱり自分で現像して自分でプリントして、プロセスを全部自分でできるところですね。デジタルもそうと言ってしまえばそうなんですけど、銀塩のモノクロ写真は自分で作り上げた感覚がデジタルよりも強いと感じます。

「写真を撮る」というよりも「作品を作る」というマインドに変わっていったのは、そこがきっかけだと思いますね。ある意味、ものづくりの様な感覚でハマっていったかもしれません。

——写真家として一番嬉しい瞬間はどんな時ですか?

吉田:私は展示オタクなので、展示が成功したと思った瞬間ですね。

展示を観た人から意見を頂いた時が、作品などを買ってくれた時よりも嬉しいです。あくまで自己満足の世界かもしれませんが、自分のやったことを観て理解してくれる人がいたということが大事なのかなと思っています。

展示に対して興味を持ってくれて質問をして頂く、批評家の方に展評を書いて頂く、写真に詳しくない人に面白いと感想を言って頂く、というように「作品を通じたコミュニケーション」が取れた時がとても嬉しいです。

ウェブに存在する画像と撮影した写真を混ぜた吉田流の作品づくり

——吉田さんは作品をどのように生み出しているのですか?

吉田:写真に対してコンセプトをつけて、作品化していきます。

私たちの業界では複数枚でひとつのテーマを表現するというパターンが多いですね。

——吉田さんの作品はネット上に存在する「写真(画像)」を利用して、一つの作品をつくりあげていますがなぜこの様なコンセプトに至ったのでしょうか。


「測量|山(2016)」作品の特徴は、風景写真とともにインターネット上から引用した画像を作品内に取り入れているのが特徴。© Courtesy of Yumiko Chiba Associates

吉田:先ほどお伝えした、写真家として活動するきっかけとなったコンペの応募段階の時に、少しでも作家になっている先輩や先生、そういった方たちに対してオリジナリティを出さないとと考えていました。

自分なりのオリジナリティを探す上で、「インターネット」という自分にとって根深いテーマがずっと心にありました。小学校の時からネット依存の様な傾向もあって、昔から画像検索なども頻繁にしていました。

そこから着想を得て、画像でロケハンや、Googleで写真を撮りはじめました。

——現代的な発想ですね。具体的にどの様に作るのでしょうか。

吉田:例えば、Googleマップの航空写真で気になる撮影地を探して、検索画面に出てくるたくさんの画像を見ながら、実際行くまでにまずネット上でロケハンをします。

ここはこんな感じで撮ろう、この人が撮った写真いいな、というのを自分でネット画面自体を写真に撮って記録して、それを持って現地に行き、比較する。

自分なりの構図で写真を撮っていったん持ち帰り、ネット上にある色々な画像と自分の写真を一回混ぜて考えて、それを組み合わせたり。それを持ってまた現地に行ったり、現像の時にひと手間加えて別の画像を重ねてみたり。そういうプロセスで作っています。


「測量|山(2016)」© Courtesy of Yumiko Chiba Associates

オリジナリティを出す上で「誰も見たことのない画づくり」を意識する

——作品を作る上で吉田さんのポリシーを教えてください。

吉田:やはり一番こだわっていることは「誰も見たことのない画づくりをする」ということですね。学生の時から先生にも「見たことあるような写真は撮るな」と言われていました。

もちろん、作品だけじゃなく、写真1枚でも同じです。

1枚の写真としても面白い、面白くないというのがなんとなく感覚的にあって。「これはなんとなく見たことがある」「よく撮られている感じだ」「これは良いか悪いかわからないけど誰も見たことがない、面白い感じだ」とか。写真としてクオリティが高いかということをすごく重視しています。ただ、私が言うクオリティの高さは「モノとしての質が高いか」という意味です。

——誰も見たことがないものを作ることは簡単ではないと思います。そんな中でテーマ設定はどのように考えていますか?

吉田:私は基本的に「問題」を扱えないタイプの作家なんです。

例えば、多くの現代美術のアーティストさんが扱っている社会問題、難民問題、原発問題。そういう問題を扱える人は、社会とコミットメントが高い人が多い傾向があります。

しかし私の場合は、そういう問題に対してアプローチができないんです。どちらかというと問題は自分の中にしかないと思っています。

だから、私が作る物は自分の一番興味のあるものが多いですね。最近発表した作品では、座礁した鯨を偶然見つけたという事件性の様な、自分の中にあるテーマを外に出すことでいかに社会とコミュニケーションをとれるかというところに重きを置いています。


Quarry / ある石の話 2018 © Courtesy of Yumiko Chiba Associates
いつ、どのような目的でつくられたのかは不明という、人工の巨石を題材とした作品。文献やネット上の画像で様々な見解がなされる中、彼女自身が写真を用いて、この意識にまつわる物語を掘り下げる。

吉田:無理して問題を問題と扱うことは簡単なのですが、そうするとどうしても作品に歪みが生じてしまいます。だからテーマは必ず、自分の中にあって自分が興味を持てて、愛せるテーマでないと難しいですね。

自分の中の問題や自分の中のトピックスを持ってして、いかに社会とコミュニケーションをとるか、ということですね。

——誰しもがスマホで綺麗な写真が撮れる時代になりましたが、そんな中でも“プロ”が必要な理由はなんでしょうか。

吉田:誰もが簡単に写真を撮れる世の中でも、「その人にしか撮れない」と思わせる写真を撮る人はやっぱり存在します。

そんな方々の写真は、素人目でも目を引きます。それは写真に対してリテラシーが高くなくても、画から力強さを感じるんです。

自分にしか撮れない画を撮ってる人は、ただ撮るだけではなくて、たくさん人の写真を見て、世の中のことを考え、勉強している人が多いと思います。やっていることの厚みが違いますし、結果論になってしまいますがその人達にしか撮れない画を撮る方法を各々で確立しています。

表現の殻を破り多くの人へ表現を届ける

——今後の展望や挑戦していきたいテーマはありますか。

吉田:それこそ殻を破りたいというか、一通り作品を作ってきて、違うアプローチをしたいと考えています。

古典技法で写真を作ると何でも良く見えるので、その方法を使ってしまおうかと考える日もあったり。それでもやっぱり変なことをしないように自分を律して、自分の気になるトピックスをきちんと見つけて、それに対してコミットメントしていきたいです。

簡単に言うと、今まではかなり自分主体でやってきたので、今までの方法にプラスアルファしてやっていくということを考えています。

——今後、どんな人達に向けて作品を発信していきたいですか。

吉田:ターゲットは特に考えていませんが、やっぱりあらゆるジャンルの人、最近それこそビジネスをやっている方とか。

少し前に別の取材を受けた時、ビジネスをやっているような今まで接したことのない初めてのパターンの人と知り合う機会があったり、あとは最近ピクテ銀行が主催したアワードがあって。

そのJAPAN AWARDにノミネートしていただいたんですが、その時も普段接しない証券会社の方たちと会話したら、話を聞くのが面白かったりして。アートに興味が無い人でも共有できるところがけっこうあったりするので、普段見ない人にこそ見て欲しいというのはありますね。

取材・文:國見泰洋
写真:西村克也

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