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今夏も日本を含め北半球はどこも記録的な猛暑に見舞われている。暑さが「命に関わる」として欧州を中心に、各国政府が注意喚起しているが、フランスやスペイン、イタリアなどでは亡くなる人がすでに出ている。
原因はほかでもない、気候変動だ。今後、各国が協力して思い切った抑制策を講じない限り、温暖化は進み、マラリアなどの感染症や呼吸器病が地球全体にはびこることが予想される。
身体面だけではない。目には見えないが、気候変動は私たちの精神面にも悪影響を及ぼしつつある。「エコ不安症(Eco Anxiety)」だ。
「地球環境の危機的状況に対する、慢性的な強い恐怖心」のことで、不安感や喪失感、無力感、悲嘆、怒り、絶望感、罪悪感、ふがいなさなどを払拭できず、うつや不眠症に陥ることもある。
まだ正式に認定された疾患ではないが、英国心理療法評議会や米国心理学会(APA)ではすでに認められた症状だ。この先、エコ不安症の人が増えるのは必至と研究者たちは警告する。
© Gianfranco Blanco (CC BY-ND 2.0)
不安感は子どもをあきらめるところまできている
地球温暖化を「不安に感じる」という米国人は2019年4月現在で62%に上る。これは、米国エール大学が18歳以上の約1,300人に対して行った調査をまとめた、『クライメートチェンジ・イン・ジ・アメリカン・マインド』という報告書で明らかにした。「不安に感じる」人のうち、「大変不安だ」という人は23%を占めた。
英国バース大学で、社会政策・社会科学のティーチング・フェローを務めるキャロライン・ヒックマンさんはカウンセリング時に、地球の危機的状況を踏まえ、「子どもを持たない」選択をする人が増えていることに気づいた。
こうした人たちは、「抜本的な解決策もないまま環境破壊が進む世界に子どもを産むのは無責任」「産んで罪の意識を感じたくない」と考えているそうだ。
国内では2018年末「バースストライク」というグループが創設された。やはり、深刻化する生態系の危機を理由に子どもを持たないと決めた人たちの集まりだ。創設後わずか2週間で150人近くが、2019年6月末で約330人が会員として登録。会員は主に女性が占める。
温暖化で増幅する自然災害に、PTSDや自殺も
気候変動が私たちに与える精神的な影響を考えた時、誰もが思いつくのは、直接自然災害に遭った際のものだろう。
家や大切な品などを失ったり、家族や友人、ペットを亡くしたりしたショックやストレスは大きい。被災後、不安症やうつになったり、薬物乱用や暴力に走ったりするのは容易に想像できる。
例えば、2017年にハリケーン・マリアに襲われたプエルトリコでは、被災後家庭内暴力が急増。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥る人も少なくなかった。
昨今、自然災害は発生する頻度も威力も増し、被害をもたらす期間も長い。おまけにいつ襲ってくるかを予測するのは困難だ。
熱波もその1つ。熱波に見舞われると、人々は疲弊し、入院したり、救急外来を訪れたりすることになる。暑さが対人暴力や自殺件数の増加に影響することは、世界五大医学雑誌の1つ、『ランセット』掲載の複数の論文で取り上げられている。
2018年に発表された米国スタンフォード大学の分析では、2050年までに米国とメキシコを合わせて、「暑さ」が原因の自殺者が1万4,000人に上るだろうと予測している。
カリフォルニア大学の調査によると、インドでは作物の成長期に気温が1度高くなると、結果的に自殺者が67人増えるそうだ。
Image by Gellinger/Pixabay
不作や強制避難など、見過ごすことができない二次的影響
食糧難や、公共インフラや農地などへのダメージ、強制避難といった、異常気象がもたらす二次的な被害も忘れてはいけない。
ハリケーン・マリア後のプエルトリコや米国フロリダ州で、遠方での避難生活を強いられた人は、地元に留まることができた人より、PTSDを発症する傾向が強かったという。
過去30年間にインドでは約6万人の農業従事者が、気候変動の二次的影響が原因で自殺したという。2017年の、米国カリフォルニア大学バークレー校による研究結果だ。
洪水や干ばつで不作となり、負債を抱えて自死するケースが多いという。オーストラリアでも同じような傾向があることが、同国の論文で確認されている。
抑制への取り組みが不十分なことも、人々のストレスを増幅させる。英国では、政府が緊急対策を講じるべきと考える国民が約70%を占めるが、政府の腰は重い。例え策を講じたとしても、掲げた目標に達しないことに
人々は不満を募らせる。
危機的状況についての報告書や宣言も私たちを動揺させる。特に、2018年10月に国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した特別報告書は、人々に衝撃を与えた。
現在のペースで温室効果ガスが排出された場合、「早ければ2030年にも気温は1.5度上昇する可能性がある」というものだ。
1.5度までに抑えられなければ、自然災害のリスクはさらに高まると警告している。これだけで十分ショッキングな内容だが、メディアは「あと12年で生態系は崩壊する」などと書き立て、さらに恐怖感をあおる。
エコ不安症は治療するものでも、治癒するものでもない
専門家たちはエコ不安症に手をこまねいているわけではない。「クライメート・サイコロジー」を用い、対処を始めている。クライメート・サイコロジーは、異常気象をはじめとする、人を取り巻く環境と人間との関係を改善することを目的としている。
エコ不安症に包含されるさまざまな感情は、地球の状態に直接的に共感する人間のものと捉え、悲しみ、喪失感、哀悼の気持ちを大切にする。各分野の専門家を集めてのクライメート・サイコロジー・アライアンスというグループもできている。
ヒックマンさんは、クライメート・サイコロジーを一般的な心理学とは違うと説明する。症状に対し、治療を施すものでもないし、治癒するというものでもないという。
「著しい環境破壊で、気持ちが落ち込むのは人間として正常で健康的な情緒反応であり、むしろ必要なことなのではないか」と指摘する。
もし、こうした感情を心からシャットアウトしてしまったら、気候変動という緊急事態との関わりも断たれてしまうからだ。
将来、温暖化の影響を今まで以上に受けるだろう若い世代は、親の世代のアクション不足に不満を持っている Image by Leonhard Lenz
エコ不安症をポジティブなエネルギーに
治すものでも、治るものでもないといわれても、気分が落ち込んだままでいるのは辛いことだ。そんな気持ちを払拭したいと考えるのも当然だろう。では、前向きの姿勢に戻るにはどうしたらいいのだろうか。
「気候変動を否定せず、また無関心でいるのを止める」ことを、クライメート・サイコロジー・アライアンスやAPAは勧める。
もし、私たちに気候変動と向き合う気持ちがあれば、不安や心配といった感情を変化させられるというのだ。問題を認め、正しい知識を得、日常的に排出している温室効果ガスを減らす努力を自らの意思で行う。
例えば、通勤に車を使わずに公共交通機関や自転車を、旅行に行く際に飛行機ではなく、鉄道を利用する。
個人で行動してもいいが、グループに属し、ほかの人と共に取り組むのも良いといわれる。デモや集会に参加するのもアイデアだ。同志との連帯を深めることも、エコ不安症を緩和するのに役立つ。
「気候変動問題のための学生ストライキ」を先導する、スウェーデンの学生運動家、グレタ・トゥーンベリさんも、11歳の時うつを経験している。学校でドキュメンタリーフィルムを見てから、気候変動のことが頭から離れなくなったからだ。
彼女の場合、アスペルガー症候群などを持つため、過度に心配したり、考えたりする傾向があるのは確かだろう。それでも、気候変動がうつの原因であることは間違いない。
その後、グレタさんは自分の不安感や心配事を人に伝えることで、社会に違いを生みだすことができると気づく。そしてエコ不安症をバネに、気候変動問題に取り組むようになったのだ。
日々、世界のどこかで自然災害が起こる昨今。グレタさんを見習い、ひとりひとりが不安をポジティブな行動に替え、危機に立ち向かうことが必要とされている。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)