人口約130万人、バルト三国のエストニアは、1991年にソ連から独立を回復した若い小国ながらも起業文化で知られ、インターネット電話「Skype」や格安国際送金「Transferwise」、営業業務支援ツール「Pipedrive」といったグローバル展開するテクノロジー企業をこれまで数多く生み出してきた。
タリンのスタートアップ支援施設LIFT99に掲げられるエストニア発有名スタートアップ
そんなエストニア発のスタートアップでいま、最も注目を集めているのが、2013年、当時19歳のマーカス・ビリッグ氏が兄のマーティン・ビリッグ氏と共に立ち上げた交通ネットワークサービスBolt(旧名Taxify)だ。
事業である配車サービスは、すでに欧州、アフリカ、西アジア、北米、オーストラリアなど30カ国に展開し、提携ドライバー数は約50万人、ユーザーは2500万人以上と、飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大を続け、先行するUberを追い上げている。
2018年には、中国配車最大手Didiやダイムラーなどから出資を受け、その評価額は10億ドルに達し、ユニコーン企業のステータスを得るまでになった。
巨人UBERがそびえる配車サービスで、北ヨーロッパの小さな国の若者が創業したBOLTはなぜここまでの躍進を遂げたのだろうか。
エストニアンドリームを体現するBOLTの躍進
カフェでコーヒーを飲みながら、ノートパソコンを開いて1時間足らずで会社登記ができる電子国家エストニア。
テクノロジーの知識と起業マインドを兼ね備え、自身が起こしたスタートアップを世界に展開することを志す若者が少なくないこの国で、大学に入学する前にすでにBOLTを立ち上げたのがCEOマーカス・ビリッグ氏だ。
兄とともにタクシー配車プラットフォームを提供する会社を設立した彼は、その後、大学でコンピューターサイエンスを学びながらも、事業経営に邁進した。
25歳となった今、彼はヨーロッパで最も若い評価額10億ドル以上の企業の創業者であり、母国で3番目にリッチなエストニア人となった。
BOLTの若きCEOマーカス・ビリッグ氏 SLUSH公式チャンネルより
最初はエストニアと隣国のラトビアを対象としたタクシー配車システムを開発する事業だったことから、Taxifyと名付けられたこのスタートアップはその後、ライドシェア事業へと重点をシフトし、ヨーロッパ、アフリカからオセアニアまで国際的に展開、世界50都市をカバーするまでに成長した。
昨年からは、ドックレス電動スクーター事業を開始し、Boltと社名を一新、今後はフードデリバリーへの進出も予定しているなど、いまや総合的な交通ネットワーク企業ともいうべき存在となっている。
新規事業のドッグレス電動スクーター BOLT公式サイトより
このBoltのサクセスストーリーには、共同創業者であり、マーカス・ビリッグ氏の兄、さらには連続起業家でもあるマーティン・ビリッグ氏の存在が大きいといわれている。
エストニアのビジネススクール出身のマーティン・ビリッグ氏は、6つの会社を起業している連続起業家であり、スカイプのエンジニアとナスダックの電子サービスマネージャーというキャリアも持つ。
エストニアにおける数々のハッカソンイベントを主催するGarage48の創設メンバーの1人でもあり、メンターとしてエストニアのスタートアップシーンを牽引する存在だ。
BOLTのアイデアが最初に生まれたのは、当時の電話を使った非効率的なタクシー配車をなんとかしたいという思いからだったというが、そんな「日常の不便」の解決策を、タクシー配車サービスとして迅速に形にし、世に送り出したのは、「48時間でアイデアをサービスとして形にする」ハッカソンに深く携わるマーティン・ビリッグ氏にとって自然なことだったのかもしれない。
その後、エストニアきってのユニコーン企業となったBOLTだが、これまですべてが順調だったわけではない。
スタート直後はドライバー集めのためひたすら街を歩きまわったという苦労話だけでなく、ライドシェア=UBERというほど、強大な存在であるUBERが起こした様々な問題は、各国の規制当局にライドシェアに対する強い負のイメージを持たせ、今年よりサービス提供エリアに含まれたロンドンでは、2017年の初回進出直後にロンドン交通局によるサービス停止を経験している。
20代前半にして、各国政府や規制当局との交渉を経験してきたCEOマーカス・ビリッグ氏にとって、大企業や非営利団体、起業家など多様な経験を持つ兄マーティン・ビリッグ氏の存在はとても心強かったに違いない。
トラブル続きのUBER、協調路線をとるBOLT
そんなBOLT、エストニアで日常的に使っているユーザーの立場からすると、使い勝手はUBERとそんなに変わらない。
登録カード払いが基本のUBERと異なり、BOLTは現金払いがデフォルトで選択できるため、自分が同乗せず他の人に配車してあげるには便利であり、この特徴はキャッシュレスが浸透していないアフリカ諸国への進出で強みとなったようだが、一方で、複数の目的地指定ができない、最近改善されたものの、ベビーシートを備えた車の配車ができないなど、競合他社より使いづらいと感じる部分もある。
では、50都市をカバーするほどの国際的なスタートアップに成長できたのはなぜなのか。
BOLT アプリ画面 BOLT公式サイトより
その要因として大きいのが、BOLTはドライバー、そしてタクシー業界と協調路線ともいうべきスタンスをとっている点だ。
先日BOLTを呼んだところ、そのドライバーはUBERにも登録しているとのことで、ドライバーの立場からのUBERとの違いを語ってくれたのだが、BOLTはなによりドライバーにとって「より稼げる」ツールだとのこと。
今年前半、UBERドライバーが世界12都市で集団ストライキを行ったニュースは記憶に新しいが、UBERの手数料は都市によって異なるが約25%。一方のBOLTは約15%だ。この違いはドライバーにとって無視できない。
タリンではUBERで配車すると、登録ドライバー数が少ないため配車までBOLTの2倍ほどの時間がかかることも少なくない。この「より稼げる」という点がBOLTのドライバー数の確保に一役買っており、ひいてはユーザーに素早い配車をするということにもつながっている。
そして、UBERとは全面戦争状態ともいえるタクシー業界とも、BOLTはやはり協調路線をとっている。
そもそもタクシー配車アプリとしてスタートしたBOLT。現在もライドシェアによる配車だけでなく、タクシー会社に自社の配車システムを手頃な手数料で提供することで、タクシー業界にとってもメリットをもたらす存在となっている。
このようなスタンスが功を奏してか、エストニアではBOLTは行政機関とも良い関係を築いており、タリン観光局の公式観光サイトのタクシー情報ではBOLTの活用が全面的におすすめされている。
そんなBOLTのロゴを日本で目にする日は近いのだろうか。
残念ながら、今後は現在の主要マーケットであるヨーロッパやアフリカといったエリアで、サービスのバリエーションを増やす方向で勝負する方向だ。
チリなどライドシェア非合法の国に強引な展開を進め問題になっているUBERに対し、BOLTはライドシェア事業が規制により困難な国には電動スクーター事業での参入を狙い、また既得権益団体による抵抗が少ないといわれるフードデリバリー事業にも力を入れていくとのことだ。
同じくエストニア発のTransferwiseも、国際送金の高すぎる手数料への不満をテクノロジーで解決したいという気持ちが起業のきっかけだったという。
ヨーロッパのシリコンバレーを目指すエストニア。これからも私たちの生活を大きく変えるサービスが次々と生まれるのかもしれない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)