「君は何を大切にして、生きるのか?」ウェルビーイング社会における人材育成のあり方“自我作古”

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自我作古(じがさっこ)という言葉をご存知だろうか。福澤諭吉が慶應義塾大学(以下、慶應大学)の創立時に説いた精神の一つで、“前人未到の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓に当たる”という意味がある。

この精神を体現している研究者の一人が宮田 裕章教授だ。教授の持ち味は、データサイエンス・革新的テクノロジーの組み合わせから生まれる常識にとらわれない発想だ。彼は自我作古の精神に則り、川崎市殿町のキングスカイフロントにて、地域自治体や大学、企業と連携し、社会課題への新しい解決策の提案、ウェルビーイング社会の実現に向けた研究・社会実装を進める。

2019年8月27日には、慶應大学で開催されるイベントにも登壇予定だ。本イベントは“未来をつかむ”をテーマとし、ウェルビーイングの実現を通して、社会システムに変革をもたらすことのできる人材育成をテーマとしたセッションが実施される。

今回、セッションモデレーターを務めるAMP編集部 共同編集長の木村和貴が、宮田教授に産学官の連携から期待されるヘルスケア分野のこれからをはじめ、次世代に向けた人材育成について話を伺った。

宮田裕章(みやた ひろあき)
慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教授/東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学 特任教授
2003年3月東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文) 早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教を経て、2009年4月より東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座准教授。2014年4月より同教授(2015年5月より非常勤)、2015年5月より慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授。
2016年10月より国立国際医療研究センター国際保健政策・医療システム研究科グローバルヘルス政策研究センター科長(非常勤)。データを活用した社会変革を様々な分野で実践。活動分野は医療だけにとどまらない。
木村和貴(きむら かずき)
AMP/共同編集長
[経営管理学修士/MBA、上級ウェブ解析士 、GAIQ] 2011年セプテーニ入社。広告運用、メディア立ち上げ経験を経て2016年より電通PRへ入社。ブラーブメディア社へジョインしビジネスインスピレーションメディアAMP[アンプ]を創刊。 スタートアップ、テクノロジー、カルチャーに関する取材・編集に加え、エストニア等への視察訪問、イベント登壇等でも活動中。カンヌライオンズヤングPR部門国内ブロンズ、宣伝会議賞協賛企業賞、販促会議コンペティション(販促会議賞)ゴールド、経済産業省クールジャパン大賞など受賞。

ウェルビーイング社会の実現に向けた旗振り役

宮田:私たちは、社会を駆動する次世代のビックデータ構想“PeOPLe(ピープル,※)”をはじめ、産官学を巻き込んだ様々な連携と実践の中で、人々の生き方を支え、新しい社会の在り方を共創しています。

※PeOPLe(ピープル):Person-centered Open Platform for Wellbeingの略称。医療機関や行政、企業に散在する各々のデータを、個人を軸に活用を拓くというデータベースの考え方。データは必ずしも一元的に管理する必要はなく、適宜分散管理することも可能である。重要なのは人々を軸にしたデータ活用を拓くことにより、ウェルビーイングにつながる様々な価値を実現することである。

私たちは、「1つのプロジェクトは社会全体からみると単なる一石です。ただし全体の流れを踏まえて、どの様に一石を投じれば、より効果的なのか。幾つかの石を楔として、更に良い世界へ到達するためには何が必要か」を常に考えています。その志を他の研究者をはじめ、企業や行政など様々な方々と共有し、研究・実践の中で、磨きをかけていくのが我々の役割です。

木村:2019年にご登壇されたTonomachi Day 2019、聴講してました。医学周りの知識に加え、GAFAやGDPR(EU一般データ保護規則)、エストニアの国家医療プロジェクトや中国の信用経済現状など、網羅的にポイントを押さえ、プロジェクトと紐づけられていることに驚きました。

宮田:新しい学問や知識と向き合う際、「ものごとを変えていくには、どのような要素を抑えることが必要となるのか?」を考えるようにしています。さらに重要なのは、ものの見方を磨くことです。今の社会では、様々な情報であふれているため、情報の選択は簡単ではありません。企業や行政といったパートナーとの様々な価値観を持つ方々とのコミュニケーション、更に現実社会での実践の中でフィードバックを得ることが重要だと考えています。

産官学の繋がりが日本のヘルスケア分野を活性化

木村:宮田教授のお仕事には、常に産官学の結びつきがあります。日本のヘルスケア分野において、こうした繋がりはどのような強さを発揮するのでしょうか。

宮田:ヘルスケアという分野が今後日本全土を巻き込んで活性化する際、産官学の結びつきが大きな強さを生み出します。

これまで医療領域においては医師が権限を持ち、ヘルスケアも含め一般人を立ち入らせないようにしていました。しかしEUでGDPRが発効されたことにより、日本でも個人の健康データという、それぞれの人が持つ価値に訴求するきっかけを掴めました。

信頼という名の下に個人データを扱う時、日本においてはヘルスケア分野が鍵になると思います。世界ではグローバル企業主導や、政府主導という流れがありますが、日本は産官学様々な立場の共創で新しい価値を導くという考え方を提唱しています。

Tonomachi Day 2019のテーマは“生きるを再発明する”でした。このフレーズのように官と一緒に産学も交えて生きるを最適化することで、ヘルスケア企業と現実世界の融合が可能となるのです。

木村:社会のために個人データを使い、医療研究を進めようとする動きが起こる一方で、データは慎重に保護した方が良いという意見もあります。その辺りはいかがお考えでしょう。

宮田:まず、情報提供の有無を考える時に、プライバシーはもちろん不可欠です。ただプライバシーという観点だけでなく、データの活用が本人に対してどの様な価値を提供するか、ということを様々な観点から考えることが重要です。データをどのように使うか、そのバランスが議論を変えると思います。GDPRが欧州で施行されたことにより、今後は個人を軸にした情報の価値を検討することが重要になると思います。

“道場破り”によるコミュニケーションで築いた横断的知識

木村:ここからは先生のキャリアについて伺います。宮田教授は現在までにどのような活動に取り組まれてきましたか。

宮田:これまで医学部に籍を置きながら、社会デザイン、農業、エンタメなど、色々な取り組みに携わってきました。これは、「科学という方法を使い、世の中を良くするために自分は何ができるか?」を考えていった結果です。なお医療を軸に行動しているのは、日本が抱える少子高齢化などの問題に向き合う際、一番伸びる可能性を感じたからです。

木村:今のような多方面を意識した生き方は、いつ頃決定づけられたのでしょうか。

宮田:学問を横断的に見ることを意識し始めたのは、どの方向に進もうか考え始めた18歳の時です。大学2年生の時、医療をコアにした領域へ進もうと決めました。当時は気になる研究やゼミがあれば訪問し、メンバーたちに議論を持ちかけていました。いわゆる“物の見方”を対話というコミュニケーションによって深めた時代でした。

木村:まるで“学問の道場破り”ですね。

宮田:確かにそうですね。あの時代は、一つの分野に囚われるのではなく幅広い専門を収めようと意識していました。医学が社会全体を変える1つの軸となる確信はありましたが、全体を見据えるには工学、心理学、法学など様々な分野を広く知る必要があると考えていたからです。

「これからどのように生きようか?」未来を生きる君へ

木村:今回登壇いただくイベントのテーマは、人材育成です。これから新しい時代になるにつれ、人材育成というのはどのように変わっていくと思いますか。

宮田:一言で述べるなら、「どのように学びながら生きるか?」が変わってきた部分です。働くという側面で見ると、「一つの組織に貢献し、企業のピラミッドの中だけで生きること」という以外の生き方を多くの人々が考える必要が出てきました。人生100年時代と言われていますが、非常に長い期間となる定年退職後が、この点を象徴しています。最初から独立というのもありますが、今後は組織の中にあっても、副業・兼業など様々な生き方を自分で考えるという時代が始まります。

木村:若者の中には、将来を考える必要があると感じる一方で、エンタメやコンテンツ消費に走る人も多くいます。教授からみて、その辺りはいかがでしょう。

宮田:エンタメやコンテンツの消費そのものは、悪くはないと思います。重要なのは、そうした生き方が、その人の人生に何をもたらすか?ということです。視点を変えると、「自分が生きていく上で何を大切にしたいか?」ということが先にあり、その上で「社会や人々と、どの様に関わるのか」という選択を考えることも一定の価値があると思います。

これまでの産業社会モデルは、人々の労働や消費を社会の歯車として、効率的に動かすことを重視したデザインでした。しかし、これからはSociety5.0(ソサエティ5.0,※)という概念に象徴されるような新しい社会が到来します。Society5.0の単純な説明としては、人間中心の社会への転換です。人々の多様な生き方を支えるための手段として、エネルギーやデータなどの資源、経済や社会システムをデザインする、という考えかたが重要になります。

こうした問いが立てられる中で必要とされるのは、「既存の枠組みに囚われず、新しい価値を生み出す」能力です。これはライフスタイルや働き方に止まらず、安心や楽しさ、信頼など様々なものごとに関わるものです。このような価値創出については、これまでアントレプレナーシップ(起業家精神)教育の枠組みで行われてきましたが、これは起業する、しないに関わらず重要なものとなるでしょう。AIに簡単に置き換えることができない労働も、正にこの価値創造の役割です。

※Society5.0:狩猟社会、農耕社会、産業社会、情報社会に続く第5の社会。ドローンやAI家電、ロボットやビックデータを駆使した医療・介護などの技術面だけでなく、人々の生き方や社会の在り方にも変化をもたらす超スマート社会。

木村:今回のセッションテーマは、“自我作古:未来をつかむ君へ”です。自我作古という精神は、これからの生き方にどのような影響を与えると思いますか。

宮田:先ほど申し上げた「既存の枠組みに囚われず、新しい価値を生み出す」というSociety 5.0時代に必要な志を示したものが、まさに「自我作古」といえると思います。これからの時代、自我作古はますます重要になるのではないでしょうか。また同様に「社中協力」という考え方も重要だと感じています。

例えばヒト属において、ネアンデルタール人ではなく、なぜホモ・サピエンスが残ったのかを考えてみましょう。人類学や考古学には様々な仮説がありますが、ネアンデルタール人の賢さが証明され、単純な知能の差ではなかったといわれています。一方でサピエンスだけが可能だったと考えられていることが「長距離航行で海を渡ること」です。これは「たぐいまれなる好奇心で、新しく多様な生き方を切り開くこと」、「互いに考えを共有して、一つの目標に向かって行動すること」という2つの特徴が合わさったものです。

振り返ってみれば農業革命や産業革命など、人類史のどの時代の革命も個体単独ではなしえるものではなく、共創によって成し遂げられてきたものでした。「価値の革新」「志を合わせた協力」によって切り拓いた多様な生き方が、結果として種としての時代に順応する力を作り出してきたのかもしれません。このような観点から、我々がSociety 5.0を考える上で、重要だと考えているのが「価値共創value co-creation」というコンセプトです。これはまさに、自我作古と社中協力にもつながる考え方といえますね。

木村:自我作古という我々の根底にある精神が、これからの時代を切り拓く上でも重要であることを教授の言葉からひしひしと感じました。今回はありがとうございました。

取材:木村和貴
文:スギモトアイ
写真:西村克也

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