「貸切バスの旅行」と聞いてどのようなものを思い出すだろう。貸切バスは、学校の遠足や社会科見学、修学旅行、企業の研修や社員旅行、町内会といった地域のコミュニティのレクリエーションなどに多く使われ、「一度もバス旅行をしたことがない」という人はほとんどいないのではないだろうか。
ほとんどの方は「参加」したことがあっても、「開催」する側になることは滅多にないはずだ。なぜならバスの手配や、案内、進行管理などさまざまなハードルがあるからだ。
そんな中、今年4月にユーザーが貸切バスを使ったバスツアーを企画・販売できるサービス「busket」がリリースされた。
このリリースから数カ月経過した今、あらためて、どのような思いでこのユニークなサービスを立ち上げたのかを、ワンダートランスポートテクノロジーズ代表取締役・西木戸秀和氏、プロデューサーの江口晋太朗氏に伺った。
左:江口晋太朗氏 右:西木戸秀和氏
- 西木戸秀和
- ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 代表取締役
1984年生まれ、福岡県出身。リクルートHR事業、デジタルマーケティング事業を経て、音楽領域、アート領域でのイベント開発支援や空間音響デザインソリューション事業開発を担当。2012年、ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社(WTT)を創業し、エンターテイメントとインターネットの交差点の事業を開始。現在「移動」にフォーカスし会社運営を行う。
- 江口晋太朗
- ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 プロデューサー
1984年生まれ、福岡県出身。フリーの編集者、コンテンツディレクターとして、THE BRIDGEの立ち上げや雑誌『WIRED』などビジネス、テクノロジー、デザインの領域における企画・編集に携わる。現在は編集デザインファームTOKYObeta代表として活動。2018年、WTTプロデューサーとして参画。地域の歴史的・文化的資産を生かした新しい体験づくりのため、“偏愛的”コンテンツを持つ人物を探し「busket」のツアーづくりなどを提案している。
バスという「箱」だからこそ生み出せる移動体験
バスツアーでは、同じ目的地に向かう人たちがバスという一つの「箱」の中で一緒に時間を過ごし、同じ風景を見て、同じ体験をする。
「大きな『箱』で、みんなで移動するのって素敵じゃないですか。同じところへ行くなら一緒に行きましょうよという、まさにオムニバス(乗合馬車)と同じで考えで、社会の中で孤立を減らしていける気もしています」と西木戸氏は話す。
鉄道や飛行機の路線が動脈だとしたら、バスはそれらが届かないところへ人を運ぶ毛細血管だ。日本全体で人口が減少しながらも都市への人の集中が進む中、比較的「疎」な地域に暮らす人の足となる交通機関として、自動運転も含めてバスがあらためて注目されている。数人で1台の車を出すよりも、バス1台でまとまって移動すれば渋滞も減る。新たに新幹線を引いたり空港を建設したりして自然を壊すこともない。
西木戸氏は、「バスって、もっともっと『面白く』使えると思っているんです」と笑みを浮かべる。
誰でもツアーをDIYできるサービス
あらためて、「誰でもツアーをDIYできる」という触れ込みの「busket」が具体的にどのようなサービスなのかを説明しておこう。
バスツアーを企画する人を、busket内では「オーガナイザー」と呼ぶ。自分でツアーをつくりたい人は、最初にbusketのサイトから氏名と連絡先、つくりたいツアーの概要を送信し、審査を経てオーガナイザー登録する。
その後、busketを通じて、バスの出発場所、立ち寄り場所、目的地への到着時間などの行程をもとにバス料金を算出。さらに、オーガナイザーは最少催行人数を入力するか、ツアー参加者1人当たりのバス料金を設定すると、何人集まれば実施できるかが自動で設定される。
この時、参加者がバスの実費だけ負担する程度に料金設定することもできるし、行く先での施設利用料や入場料などを上乗せしたり、さらに企画プロデュース費を乗せたりすることも可能だ。
オーガナイザー専用ページ画面のイメージ
行程が決まれば、そのツアー参加者を募集するためのツアーページをbusket上に作成する。参加したい人はツアーページでチケットを選択し、購入する。クレジットカードまたは銀行振込で支払いが可能だ。そして、設定した募集期間内に最少催行人数に達すると、ツアーが実施される。
ちなみに、busketの参加者募集ページは「公開」か「非公開(限定されたメンバーのみ閲覧可)」かを選べる。非公開に設定して、オーガナイザーが知り合いにのみツアーページを知らせれば、関係のない人にツアーの存在は知られず、便利な決済システムとしてのみ使えるし、公開すれば広く参加者を募ることができるというわけだ。
オーガナイザーに、ツアーページの掲載料・制作費などがかかることはない。ツアー実施後に、ツアーの売り上げから、貸切バスの代金やツアーにかかった経費、手数料を引いた額や企画費を算出しツアーの精算を行う。
「4月にサービスをリリースした直後は、もともと個人でユニークなイベントなどを企画していた人や、ツアーアイデアを持っていた人が『待ってました!』という感じで申し込んでいただきました。大々的なPRはまだしていませんが、それでも現在、毎週のようにツアー企画のお申し込みやご相談をいただいています」と江口氏は話す。
旅行業法上、ツアーの「販売」は登録している旅行業者にしか許されていない。旅行というものは誰でもが売っていいものではないのだ。そこでbusketでは、WTT社が旅行代理店(第2種旅行業)として、バス会社とやりとりしたりツアー参加者を募集・販売したりする建て付けとなっている。ツアー企画者にとっても、バス手配の細かな調整などの煩わしい手間が省かれるので、企画やコンテンツに注力することが可能だ。
“偏愛”が濃いコミュニティーと新しい体験を生み出す
とはいえ、実際にどのようなツアーにするのか、その「中身」の企画はオーガナイザーの思いありきだ。そこへ、旅行業の専門家であるbusket内の担当者が、安全面などの観点も含めて、より良いツアーになるよう企画をサポートする。また、多くの参加者が集まるよう、魅力的なツアーページの作成も手伝ってくれる。
この記事が掲載される8月20日現在、busketのサイトには、音楽フェスやサッカーのアウェイ戦応援のためのツアーのほか、「【餃子愛好者限定】宇都宮の餃子と巨大地下空間をめぐるスペシャルバスツアー」「水戸芸術館現代美術センターと茨城朝鮮初中高級学校ほか訪問バスツアー」などのツアーが参加者を募集している。
ちなみに、販売終了したものも見られるようになっているのだが、「SAKELABO 参加するとお酒の味が変わるツアー 群馬県川場村永井酒造編〜見て・知って・味わう!日本酒好きのための2日間〜」「日本の発酵文化を巡る『発酵ツーリズム』始動!発酵ツーリズム 山梨県 -甲州ワイン&甲州みそ編-」など、ツアーのタイトルを見ただけでもその“独特さ”が伝わってくる。蛇足だが、アルコールを飲むツアーとは相性がよいのかもしれない。
現在は、西木戸氏も江口氏も、すべてではないながら、いくつかのツアーに同行しているという。「“偏愛的”なコンテンツを持ったオーガナイザーさんのツアーに同行することが多いので、そこで出会う参加者もコンテンツ愛が強い方が多い」と、西木戸氏は参加者の印象を話す。
「日本の発酵文化を巡る『発酵ツーリズム』山梨県 -甲州ワイン&甲州みそ編-」に参加した皆さん。ワイナリーや味噌蔵を見学した(busket Facebookページより)
プロデューサーである江口氏の役割は、各地の地域プロデューサーなどと協働しながら、全国各地にある歴史・文化・民俗学的な資源を見いだし、これまでになかったような角度からアプローチして参加者の新しい旅、新しい体験をつくることだという。
「以前、“うどんライター”と一緒に福岡へ行って、中型バスでうどんを食べ歩きするツアーを企画したことがあります。すると、参加した十数名は6時間の行程の中で、基本的にうどんの話しかしていないんですよ(笑)。最終的にはうどんの枠を越えて小麦の話をし始めて。そこでは専門家であるライターさんも語るのですが、参加者も思い思いに語り出して、一般的なトークイベントとは違った、一方通行ではない新しい学び、新しい体験がツアーという形で実現している」と江口氏は語る。
初対面で名前も知らない、年代もバラバラの参加者同士が、バスという一つの「箱」によってコミュニティーになる。自己紹介もそこそこに、皆で移動しながら、共通の興味であるコンテンツを五感で味わい尽くす。バスツアーだからこそ得られる独特な体験が人同士のつながりを強めていくという意味で、企業や商品・ブランドなどのファンマーケティングにも生かせるという。
アナログなプロセスが残るバス業界にテクノロジーを
西木戸氏は、もともとDJをする音楽家の顔も持つ。最初に勤めた会社を独立してフリーランスになり、音楽フェスやアート領域のイベント開発支援や、空間音響デザインとしてのハードウェア開発にも携わった。
やがてフェスなどの音楽体験を購入できる「BANANA」というサービスをスタート。バス移動や宿泊なども組み入れたパッケージとしての音楽体験をつくっていく中で、貸切バス業界のやりとりや受発注・管理の仕組みの大部分がアナログであることに気がついた。コミュニケーション手段は電話かFAX。運行管理も紙ベースのところが多い。
このような業界にテクノロジーを用いることで効率化し、省ける作業を省き、バス会社がよりバスの運行に力を注げるようにする。結果として、バスを借りるユーザー側の利便性を高めることにもつながり、よりよい「体験」をつくれる。そう考えた末に出来上がった1つのサービスの形が「busket」である。
公益社団法人日本バス協会が毎年発行する『日本のバス事業(2018年度版)』によると、2016年時点で日本国内にある貸切バス会社は約4500社。約5万1000台のバスを保有し、年間に輸送する乗客は約3億人にも及ぶ。しかし、貸切バス会社のうち従業員数10人以下の会社が半数近く、30人以下の規模まで含めると85%を占める。1989年(平成元年)には67.3%だった実働率は年々低下し、2016年には44.8%にまで至っている。
このような業界を変えるべく、WTT社は2018年4月、貸切バスを手配代行するサービス「busmarket」をスタートした。このサービスは、例えば企業の総務部などが、社員研修時の移動用にバスを手配したいといったニーズに対応するものだ。他にも、学校や病院、旅館といった施設の定期送迎やシャトルバスの手配なども行う。
小規模事業者が多数を占める業界において、バスを借りるほうにも「どこから借りればよいか分からない」という不便さがある。西木戸氏はこれまで全国のバス会社を訪ねて回り、ヒアリングを重ね、現在では約300社のネットワークに拡大。今も各地のバス会社や業界関係者とのコミュニケーションを丁寧に行いながらネットワークを広げているという。
これによってbusmarketは「貸切バスを借りたい」というニーズをワンストップで受け止める窓口となり、各バス会社と交渉して最適なプランをユーザーに提供できるようになった。現在、パートナーであるバス会社にシステムを提供し、受発注オペレーションのデジタル化を図ると同時に、このシステムがbusketのバックエンドとしても機能している。
また、貸切バスの事業許可は地方自治体ごとに運輸局から受けるものだ。すると、例えば出発地が東京で、到着地が千葉の行程の場合、東京都か千葉県の営業所でなければ受注することができない。
例えば、二子玉川(東京)から木更津(千葉)へ行く場合、川崎(神奈川)に空いているバスがあったとしても出発地から近いからといってバスを走らせられないのだ。さらに、回送車として乗客ゼロの状態で走らせている時間が長くなることもある。「このような非効率な部分を、テクノロジーとネットワーク効果で解消していきたい」と西木戸氏は意気込む。
業界で働く人の尊厳を大事にしたい
ワンダートランスポートテクノロジーズにとって「効率化」は一つの大きなテーマだ。しかし西木戸氏は、「経済合理性を追うことが最終的な狙いではない」とも話す。シェアリングエコノミーには良い面ももちろんあるが、効率を突き詰めるばかりに、働く人、価値を生み出す人の尊厳を蔑ろにしがちであるということのようだ。
1980年代、バスのドライバーは現在よりも給与水準が高かった。しかし、なり手が減り、全体として高齢化が進んでいる。市場も価格競争になってしまった。
「バスツアーのユーザー体験にとって、地域の情報や道を熟知したドライバーさんたちの存在は非常に重要です」(西木戸氏)。
busketのツアー参加者の傾向として、“お客さん”としてサービスを求めるタイプではなく、企画者や、場合によってはドライバーともフラットな関係性を築いて、共によい時間を共有しようとする人が多いのだそうだ。
「テクノロジーによってバス会社のスタッフさんやドライバーさんたちがアナログな作業から解放され、安全な運行、よりよい顧客体験の提供にプロフェッショナリズムを発揮できる環境を整えたい。それが、ひいては旅をするユーザーにもよりよい体験を提供し、ツアーの付加価値を高めることにつながると考えています」(西木戸氏)。
取材・文:畑邊康浩