「自分の経験が文字を豊かにする」——安田舞が語る“書道家の世界”

誰しもが幼い頃に、学校で学んだことがあるであろう「書道」。
それ以降、書道に関わる人関わらない人がはっきりと分かれてくる。

では、皆さんはその後も「書道」を続ける者達のその先を知っているだろうか。書道家と聞くと昔は書道教室の先生を務める印象が強かった職業だが、近年はパフォーマンスや人気のドラマの題字、商品パッケージデザインなど様々な場で活動する方が増えている。

扱う文字は同じだが、人によって活動の幅が変わる“書の世界”にどんな奥深さがあるのだろうか。今回は書道家でありながら、勝負文字伝道師としても活躍する安田舞さんに書道の魅力と、彼女がそこに賭ける想いを訊いてみた。

自分の“一番好き”を大事に。書道家・安田舞の原点



——安田さんが書道と出会った“きっかけ”について、教えてください。

安田:私が最初に書道に触れたのは、4歳の時に両親の勧めがきっかけで、家の近所に開講されていた書道教室に通い始めたことです。

小・中・高校を卒業した後も週1回は教室に通い続けていたのですが、高校卒業後に製菓学校に通い、製菓衛生師の免許を取って洋菓子店に就職したんです。

——意外です。なぜ一度書道ではなく“製菓”の道に進んだのでしょうか。

安田:もともと、表現することやモノ作りに対して興味がありました。書道と同じく好きだった、美術・調理製菓の3択で進路に悩み、製菓を選びました。

当時は、今のような書道パフォーマンスや広告デザインを仕事にする様なロールモデルの方も少なくて。もしかしたらそういった方が私の周りにいなかった、というだけかもしれませんが「書道を仕事にする=書道教室の先生」が多かったですね。書道は大好きだったのですが、それを仕事にした時の具体的なイメージが湧きませんでした。

——では、本格的に活動され始めたのはいつ頃からですか。

安田:2013年に独立して書道家として活動しています。
実際に洋菓子店に就職してみて感じたのが、もともと「自分のお店を持ちたい」とか確かな野望を抱いて専門学校に入ったわけではなくて、ただ好きという延長線上で入って仕事にした感じだったので少しモヤっとした感覚だったんです。

きっと書道に比べるとやっぱり“好き”の思いが違ったんでしょうね。その気持ちに気づき、自分の一番大好きな書道で人の役に立とうと考え書道家の道へ進みました。


書道パフォーマンスの様子(安田舞 公式HPより

もう一つ、書道の道へ進んだ理由として、幼い頃に病気で入院した経験があって。もしかすると突然死するかもしれない可能性があると告げられた中で、幼いながらにも「生きる意味」を考えるようになりました。

その頃の経験が今の価値観に大きく影響していて、人はひとりひとり必ず生まれてきた意味や使命・可能性があるはずだから、世の中の誰にでもできることではなく、自分をいかせること、自分にしかできないことで人の役に立ちたい、という想いが強いんです。

だからこそ、大好きで得意だった書道を仕事にしたいと思いました。

表現先行で活動したからこそ、“勝負文字伝道師”という道を切り開けた

——現在は書道家としてどのような活動をされているのでしょうか。

安田:主に企業様のパッケージデザインやロゴデザインの作成。企業理念やオーダーメイドの書作品制作。他にも企業様の式典や、イベントでの書道パフォーマンス、ショーの演出がメインの活動になります。

——一方で、“勝負文字伝道師”としても活動していますが、勝負文字にフォーカスされた理由は。

安田:2013年に独立したものの、実際、独立したては何もないまっさらな状態じゃないですか。なので最初の頃は多くのセミナーへの参加、読書や、経営者など様々な人に会う機会を作りました。

その中でコンサル業の方と出会い、「 2時間で参加者の文字を激変させるセミナーを開こう!」というアイデアを頂き、開催したんです。そして実際に開催してみて、自分ができることで皆が楽しんでくれたり、 役に立っていることがちゃんと肌で実感できたことが一番のきっかけですね。

それを機に知り合いの輪や、口コミも広がり、相談されたことに対して「できます!」と応えていったことを商品化し、ブラッシュアップして今の形になったんです。

だから、ビジネスモデルを最初から考えてという感じではなく、最初はやりたいと思ったことや周りに求められるニーズに応える表現先行でしたね。そこから、尊敬する先人の書道家さんのロールモデルをヒントにし、 どのようにすれば書道で役に立てるのかを考えて、 自分にできることを仕事にしていきました。

伝えるか・表現するか、書道家の「タイプ」とは

——書道家になるために、資格など必要ですか。

安田:書道家と名乗ること自体には特に資格はいらないです。なのでもう“書道家”と言ってしまえば、もうその方は今日から書道家です。

一般的には、書の道を極め一人前になるのには、最低10年かかると言われています。私の場合は4歳から20歳まで、そして、書道家として活動すると決めてから 数年もう一度先生に師事して学びました。 書くことを仕事にしている方たちの活動にもさまざまな形があると思います。

——具体的にはどの様なタイプでしょうか。

安田:大きくは「ティーチング」と「メッセンジャー」に分かれると考えています。

まず「ティーチング」に関しては、いわゆる文字を教える側の方を指します。業界・協会で実力がおありにある大先生でも、 いわゆるメディアに出て世に多く知られているのか、というと =イコールではありません。

協会主体で書の技術や学問の向上、文化の継承を 行われている教育者・先生方がたくさんいます。 書道を教えていこうと思うと、やはり師範免許を取ったり、技術と学問の向上に励み、 愛を持って教えられるというのがプロだと思います。

一方で「メッセンジャー」の場合は、デザインや広告業界で書を仕事にしていくことや、パフォーマンス演出・作品提供・個展など表現活動を行う方ですね。

何か伝えたい想いを持って発信をしていく、メッセンジャーとして前に出て行く人に分かれるかと思います。書くことのクオリティーはもちろん、 仕事人としての意識を持ち、喜んでいただけることを目指して取り組んでいる方々はプロだと思います。

“自分自身の経験”が反映される、書道の魅力

——安田さんが考える“書くことの魅力”を教えてください。

安田:表現者は、表現するものに自分自身そのものがそのまま反映されると思っています。 なので、自分自身を豊かにしていくことで、表現や生み出す作品も豊かになっていくのだと感じています。 そして、人生の経験がその幅を広くしてくれるのだと思います。

だからこそ、書き手によって様々な表現の幅の違いがあるし、見る側にも書き手の人生やルーツの背景に触れる楽しさがあると思います。

——安田さんの表現ではどんなことを意識していますか。

安田:まず、クライアントありきの制作物なのか、自分自身の創作物なのかで全く作り方が変わります。

クライアント様やお客様からの依頼の場合は少し、デザイナーさんに近い感覚があるかもしれませんね。

例えば、依頼主が望む字体や書体、どういうものを求めているのかという想いもヒアリングした上で「任せます」と依頼を受けます。その依頼内容に「情熱」を感じたら、勢いのある文字を目指して制作しますね。はらいを大きくしてみたり、余白を空けて墨を散らしたり、一部の文字だけ大きくしてみたりと、情熱的という概念で文字を表現していきます。

自分の創作物の場合は、まずテーマを決めてそれに沿って制作します。その題材の中で、自己表現をするという感じですかね。

私は、想いを込めた書には必ず人を飛躍させたりだとか、可能性を切り拓く力があると信じています。なのでそういうところから“勝負文字”と付けていますし、相手の気持ちをしっかりと体現することを心がけています。


屏風 龍翔鳳舞 企画展への作品 公式Instagramより

活動は十人十色、幅広い年代が挑戦できる文化

——業界全体として、書道家の方は制作請負以外でどのような活動をしているのですか。

安田:教室やレッスン、個展開催や展覧会への出展、作品の制作・販売などをしています。額作品・掛け軸・屏風とか置く作品でしたり、もちろん、人それぞれですが、ネットショップで販売している方などもいます。

——書道自体はどれくらいの年齢層の方が習われていますか。

安田:需要は幅広くあると思います。それでこそ書道教室の年齢層は、子どもから60代と幅も広く、平均をとると40代くらいの方が私の周りは多いですね。

幼い時は子どもたちばかりの教室でしたが、大人になってから独立する前にもう一回先生に師事した時があって、その時は40代くらいの平均年齢でした。社会人になってからも書道が好きで続けたいとか、ゆくゆくは自分の教室を持ちたいと思ってやり始めましたという方も結構いるのではないでしょうか。

最近では、InstagramやYouTubeで、書道の動画、気軽なレッスンだったりと、配信されている20代も多くて。書道YouTuberが出だしたりとか。そういう方々はおそらく10・20代や若い層の方々に需要があると思います。なのでメディアによって食いつく層が違うというか、ヒットする層が違うと思うんですけど、需要は全体的にあると思いますね。

書道という表現の世界でいかにオリジナリティを出すか

——安田さんが書道家として活動する中で、感じられた壁や困難はありますか。

安田:「答えを自分で決めなければいけない」ということです。
字の綺麗な人が世の中にたくさんいる中で、自分のオリジナルをどう確立するのか。正解が無い世界で、正解を自分で決めるというのはとても難しいです。

——やはり上には上がいる世界なんですね。

安田:文字のレベルや技術でいうと上手な方は本当にたくさんいます。

ただ、「メディアに出て活動している方全体の表現=学問的な書」という訳ではないです。世の中に出ている方はやはりメッセンジャーの役割を持った方、何か伝えたい想いを持っている方々が多いです。芸術・表現として創作を行ったり、取組み・自己発信を行ったりしています。

その方々以外にも、伝統や文化を残すためにティーチングに回っている上手な方々はたくさんいます。 協会の中でもすごく実力がある大先生で誰もが認める方でも、メディアに出ることはなかったり。そういう方もたくさんいらっしゃいます。

なので、上手な方・書に携わる方が世の中にたくさんいる中、自分の強みやオリジナリティをどう確立するのか。そして自分で正解を決めることが大変でした。

——今もまだオリジナリティが確立されてないといえますか。

安田:まだまだ発展途上ですが、“勝負文字”というのが一つのアイデンティティになっています。これからさらにブラッシュアップして研ぎ澄ませていきたいですね。

ただ最近は、自分が考えて発信していることが個性ではなくて、周りから言われることが自分の良さなのかなって考えることが多いです。結局、誰しも最初はロールモデルの真似や、先人から学ぶはずなんです。それを真似したからこそ後からつく評価や、残った物が自分の個性かなと感じる時もあります。

だから、周囲からフィードバックを頂いて、その良い部分をより形にしていくことでオリジナリティをもっと研ぎ澄ませていきたいなと思っているところです。

書道を上達させるための近道は“継続”すること

——現代のビジネスパーソンは文字を書く機会がどんどん減っていると思いますが、そんな中で文字を上達させるためにはどんなことを頑張れば良いでしょうか。

安田:最初は週に1度で十分ですが、慣れてくると、1週間に1日だけまとめて2・3時間練習するよりも、毎日20分の練習の方が効果的。スポーツや筋肉を鍛えることと同じでトレーニングを継続することが大切です。

最初はとにかくゆっくりと丁寧に模写をする。そしてその文字の形と書き方を覚えて、基礎をしっかりと学ぶことで綺麗な文字が書ける様になります。

私自身通っていた教室が一ヶ月休校になった時は、通っていた生徒全員が先生に下手くそになったねって言われました(笑)

——文字を学び始める場合はボールペンと毛筆どちらから始めるのがいいのでしょうか。

安田:書き方を学ぶのであれば毛筆から入った方がいいと思います。

筆の置き方や“おさえ方”“はらい方”など、基本的な筆の動かし方を毛筆で学べます。それを最初に学ぶことによって硬筆に活かせるんです。ボールペンでおさえてはらうを学ぼうとすると、なかなか小さいですし、最初からは難しいと思います。

——文字を書く機会が減ってきたからこそ“自分で書く”ことの大切さは何だと思いますか。

安田:当たり前な言葉ですが、「温かみ」があります。パソコンで打てる時代なのにも関わらず、わざわざペンと紙をとって相手のことを想って書いてくれたというところが相手にも想いが伝わると思います。

また、その人となりが字に表れると思いますね。些細な手紙やメモの様な物でもやっぱり捨てられないですし、ずっと置いておきたいという気持ちが持てます。やはり気持ちが入っている文字は何かしらのエネルギーを持っていると思います。

書道を通して、国境関係なく多くの人に感動を届ける

——今後の目標を教えてください。

安田:書道家としてのキャリアを考えた時に、大きな目標としては「大河ドラマの題字」
を任されるくらいの書道家になりたいですね。やはり、大河ドラマの題字を書く書道家の方は誰もが知っているようなレベルの方々なので、そこを目指して頑張りたいです。

また、一方で表現を通して人と国をつなぐ架け橋になることです。

——海外も視野を入れて活動していくということでしょうか。

安田:やはり、書道に携わっている身としてはこの文化を海外にも積極的に発信していきたいと考えています。例えば、2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博などで日本の文化を発信していきたいと考えています。

そんな大きな場で活躍することで、書道の魅力が多くの方に届けられることができたら素敵なことですし、私自身が表現者として国の垣根を飛び越えて人を感動させられるよう作品をたくさん作っていきたいです。

——その目標を実現させるために考えていることはありますか。

安田:書道家だけでなく、表現者の作品には自分自身がそのまま反映されると考えています。いくら見せかけを取り繕ったところで、いずれボロが出てしまうんです。

なので、結局は自分自身が豊かにならないことにはいい作品が生み出されません。そのためにも公私ともに豊かにしていくことを意識しつつ、自分の人生の中でたくさんインプットとアウトプットをできるように過ごしていきたいです。

【お問い合わせ先】
書道家 安田舞 公式サイト

取材・文:國見泰洋
写真:西村克也

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