近い将来、労働人口の半数がフリーランスになる。アメリカではそんな驚くべき予測がされている。
日本でもフリーランスは増え続けており、世界中でフリーランス経済、そしてインターネット経由の単発の仕事によって形成される、一夜限りのバンド演奏「ギグ」になぞらえた「ギグエコノミー」が急速に拡大していることが広く知られるようになっている。
デジタルノマドといった言葉にあらわされるように、時間と場所を限定されない自由な働き方ができるとして、フリーランスはこれからの働き方としてミレニアル世代を中心に魅力的な選択肢になっているともいえるが、一方でこのような働き方には、大きなリスクもつきまとう。現在、世界各国で議論が活発化しているのが、フリーランスの社会保障をどうするのかというトピックだ。
アメリカで約154兆円、日本で20兆円にも達しているというフリーランス経済。これを持続可能なものとするために世界各国で活発化する、フリーランスに向けた社会保障の仕組みづくりの最新動向をお伝えする。
急増する専業フリーランスワーカー、共通する「ある不安」
日本でも「新卒フリーランス」という働き方が賛否両論を集めるなど話題になったが、実際、フリーランスとはどんな人たちなのだろうか。
実情は驚くほど多様だ。企業と単発あるいはプロジェクト単位で働く者、直接顧客に商品やサービスを提供している者、ショップや事務所を経営している者など様々な働き方がある。
職種もさまざまで、フォトグラファーやデザイナーなどのクリエイティブ系、ライターやエディターなどメディア系、屋台経営やケータリングなどフード系、エンジニアなどのIT系、士業やコンサルタント、配車サービスUBERやクラウドソーシングサイトに代表されるアプリやウェブサイトで単発のサービスを提供して働く人々もいる。
経済状態も多様だ。ギグエコノミーという言葉は、UBERドライバーの経済的困窮が広く報道されたことで、ネガティブなイメージが強くなったが、そもそも需給で大きく変わるフリーランスの収入。需要が高く、供給の少ないスキルを持つフリーランスの中には、単発の仕事で驚くほどの高単価を稼ぎ出す人もいる。
UBERなどに代表されるギグエコノミーの広がり
広義のフリーランスには、副業として行う人々も含まれるが、近年顕著なのが一般的にフリーランスという言葉で私たちがイメージする専業フリーランスの増加だ。たとえば、アメリカでフルタイムのフリーランサーがフリーランス全体に占める割合は2014年の17%から2018年の28%と増加している。
仕事探しや、集客、資金集めなどがインターネットを通じて個人でも簡単にできるようになり、煩雑な事務作業も業務支援ツールを活用することで、簡単にローコストで行えるようになっていることが、この増加の背景にある。
しかし、この急激な労働市場の変化に、法律や制度はまだ追いついていない。どんな職種のフルタイムフリーランスにも共通する課題は深刻さを増している。
そのひとつは「病気になったら」。病気になることは、顧客や収入の損失を意味し、多くの国で傷病休暇や傷病手当金の制度の枠外にいることが多いフリーランスには死活問題となる。
そしてもうひとつは「支払いを受けられなかったら」。多様な企業や顧客と関わるフリーランス。中には支払いをしてくれない、支払いを待たされるようなケースもある。そんな時でも家賃や光熱費などの固定費の支払いは待ってくれないのだ。
世界各国が挑むフリーランスへのセーフティネット構築
では、生活の安定を考えると、フリーランスという働き方は否定されるべきなのだろうか?
世界各地では、この流れを否定するのではなく、新しくセーフティネットを構築しようという試みがなされている。
2027年には市場規模が37兆円にも達すると予測されるギグエコノミーによってもたらされる恩恵はもはや無視できない。労働者にとっても、自立性の高い、より柔軟な働き方を叶えるというだけでなく、居住地や出身国を問わず高い賃金を得る機会や、オフィスでの就業が難しい人々に収入を得る可能性が生じるなど、様々な人にチャンスが生まれるというメリットもある。
そして、企業側も国をまたいで仕事を発注できる、自社にいないスキルを持つ人にアクセスできるといった利益があり、私たちの日々の生活にも、フリーランスによってもたらされるサービスはもはやなくてはならないものとなりつつあるのだ。
たとえば、労働力の15%以上が自営業になる可能性があると言われる欧州。フランスでは、2020年までに、フリーランスの健康保険給付の緩和が実施されるといわれているなど、対策が進められている。
また、フリーランス自らの手による取り組みも始まっている。日本人フリーランサーの移住先として人気の高いオランダは、メンバーが資金を持ち寄り、病気になった仲間を支援できる相互扶助システム「Brood fonds」で注目を集めている。
20人のメンバーからなる、たったひとつのグループで2006年に始まったこの取り組みは、現在123グループ、約4,200人のメンバーにまで成長した。グループすべてが協同組合として運営されており、「Broodfonds Makers」と呼ばれる中央管理団体が運営をサポートする。
病気や怪我で仕事ができなくなった時に750ユーロ/月を受け取る月額33.75ユーロの格安プランから、2,500ユーロ/月を受け取る月額112.50ユーロの充実したプランまで8つの支払いレベルから、自分にあったプランを選ぶことができる。
「Brood fonds」は、いわばフリーランサーの助け合いの共同体だ。各グループのサイズは20人から50人に保たれており、それを超えると新しいグループがつくられる。各グループをお互いが顔見知りでいられるような少人数に保つこと、そして年に2回集まって共同体意識を築くことで、不正行為を防止しているという。
各国の金融業に関する規制が拡大の壁とはなっているものの、今後は、イギリスをはじめ欧州に拡大していく計画だ。
顧客の支払いの遅れや拒否に関しても、徐々に対策が講じられている。2011年、欧州委員会は、60日以上延滞している請求書には40ユーロが追加され、さらに未払い額に利息をつけることができるというルールを導入した。
現代のギルドが出現したベルギー
同じく欧州のベルギーには、現代のギルドとも呼ばれる非営利団体「SMART(スマート)」がつくられた。
今では58,000人以上のメンバーと150人をこえるスタッフからなる大規模な組織となったSMARTは、煩雑な税務処理をサポートしてくれるだけでなく、メンバーが収入の一部をプールすることで、メンバーは支払いを滞りなく受け取ることができ、そして専任のスタッフが不払いの顧客対応も引き受ける。
会員は年間25ユーロの手数料とSMARTを通して処理された各請求書の6.5%を支払う仕組みだ。
こちらはすでに欧州全土に拡大しており、オーストリア、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデンの8カ国に支店が開設された。
労働法の改正で対策を進めるシンガポール
アジアでも、シンガポールで、企業が労働者に対する様々な社会保障義務を回避するために、労働者を意に反して「自営業者」に追いやる、というギグエコノミー の負の側面への対策が、政府主導で始まっている。
日本の労働基準法に相当する改正雇用法が可決され、今年4月1日より施行されるシンガポール。この改正で、フリーランスにも有給祝日や病気休暇の権利が与えられることになる。
他にも4人に1人が自営業と言われる韓国では、2020年までに失業中の自営業者らが、求職手当を需給できる仕組みが検討されている。
ギグエコノミー の拡大はとどまるところを知らず、フリーランスという働き方は一般的になっていく。それに合わせて社会保障制度がこれからどのように変容していくのか、民間企業や非営利団体からどのようなユニークなサポートサービスが生まれるのか。
「働き方」が大きく変わる今、世界のフリーランスをめぐる海外動向から目が離せない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)