Appleの初代iPhone発売から12年、今や我々の生活に完全に根付いたスマホは現代の生活スタイルを激変させた。また、その登場により育児の方法や子どもとの過ごし方も大きく変わったといっても過言ではないだろう。
実は今アメリカでは、スマホが登場する以前の教育方法に回帰しようとする動きがみられる。
ビル・ゲイツ氏は、娘のビデオゲーム時間を制限するとともに14歳になるまでスマホを与えなかったといわれている。故スティーブ・ジョブズ氏も子どもたちのテクノロジー利用を制限していたといわれているし、アップルCEOのティム・クック氏は自身には子どもはいないが、姪のSNS利用には反対の意を唱えているという話も有名だ。
Silicon Valley Community Foundationが2017年に行った調査によると、同エリアの907人の保護者がテクノロジーの利点を認めつつも、子どもには与えたくないと回答した。
有名テック企業のエグゼクティブや多くのシリコンバレー業界人たちが子どもたちのスクリーンタイムを制限し始めたのが数年前。この流れは一般家庭にも波及し、現在アメリカでは育児からスクリーンを排除しようとする親が増えているという。
しかしスマホなしの教育に戻すのは、親と子の双方にとって決して容易ではない。そこでアメリカでは、子どもにスクリーンに距離を置かせるための、様々なビジネスが生まれている。
布とボールがあればOK。昔ながらの遊びを伝授する高額レッスン
シカゴで「育児コーチ」として活動するCara Pollard氏は、彼女のもとに届く相談の多くが「昼間スマホなしだと子どもと何をして過ごせばよいかわからない」というものだという。
彼らの子ども時代にはスマホがなかったのにも関わらず、自分自身が昔どのように過ごしてきたのか忘れてしまったのだ。そんな相談者にはお絵かきや一緒に月を見るなど、スクリーンに頼らず親子で楽しい時間を過ごす方法をレクチャーしている。
このように、子どものテック利用に関するアドバイスをするコーチが今、アメリカで増えている。シアトルベースのGloria DeGaetano氏も、スクリーン・オフ教育を広めようと活動しているコーチの一人だ。
彼女の主宰するParent Coaching Instituteには500人以上のコーチが在籍し、通常8~12回のセッションのトレーニングプログラムが行われる。プログラムの価格は小さな町では80USドル(約8,600円)/時間、大都市だと一時間あたり125USドル(13,500円)~250USドル(27,000円)となかなか高額だが、彼女流の教育メソッドを取り入れようとプログラムを受講する親は後が絶えない。
またオハイオ州で活動するコーチRhonda Moskowitz氏は児童教育を学び、行動障害を30年以上に渡り研究してきた。彼女曰く、ボールやマントとして使えそうな大きな布があれば十分多くの楽しい遊びが可能だと力説する。
「メカやテクノロジーに囲まれた生活で見失いそうになるが、私たちは機械ではありません。現代は子供を育てるのに適した環境とは言えない」と彼女はNew York Timesに対して語る。
さらに2000年に発足し、年々盛り上がりを見せているのがスクリーン・フリー週間を提唱する「Screen-Free Week」だ。2019年は4月29日~5月5日の間に行われ、アメリカだけに留まらず欧州各地で開催された。その期間中は、ボードゲームやアウトドアのアクティビティなどを通して多くの家族がその絆を深めたという。
オハイオ州で活動する、元スクールカウンセラーの育児コーチRichard Halpern氏も、スマホ問題は現代の親が一番頭を悩ませている問題だと断言する。彼が推奨するのは犬や猫などのペットを飼うことだといい、New York Timesに対して「ペットは子供たちのよい遊び相手になり、同時に命の大切さも教えてくれる」と語る。
「スマホ・フリー育児同盟」も続々と
子どもにスマホを買い与えるきっかけが「クラスの友達がみんな持っているから」という理由である親は多いはず。そこで、子どもが8年生(14歳)になるまでスマホを与えないという主義を持つ親が集うローカルグループがいくつか発足している。
有名なのはテキサス州の「Wait Until 8th pledge」、マサチューセッツ州の「Concord Promise」やConcord Promiseを母体にもつ「Turning Life On(TLO)」などだ。
500人以上の保護者が所属しているTLOはマサチューセッツ州に拠点を置き、15人以上のメンタルヘルスのプロなどによる育児情報にアクセスできるオンラインプラットフォームで、誰でも参加可能。これらのグループは、大人のスマホ利用も含め、それが節度あるもので心身にとって健康的なものであるべきだと啓発している。
デジタル教育の見直しも
学校の宿題がiPadでできたり教育現場におけるテクノロジーの活用も進んでいるが、一方で見直しに対する必要性も叫ばれている。
シリコンバレー近辺の学校では、アナログ教育を重視する学校がここ数年で増えてきているという。例えばシュタイナー教育を採用しているカリフォルニア・ロスアントスの私立学校ウォルドルフ・スクールオブ・ペニンシュラでは、従来型の黒板と鉛筆を使った授業スタイルで、テックデバイスは8年生からの利用というルールを設けている。
またサンフランシスコの学校ブライトワークス・スクールも自らが「エクストラオーディナリー」と形容する教育内容で近年注目を集めている。同学校のウェブサイトやSNSページにも、教室らしき教室の写真は見あたらない。
山でも海でも美術館でも、どこでも教室にしてしまうのがブライトワークス流。工具を使ってラジオを分解したり、新しい街の構想を考えプレゼンしたり、子どもたちのクリエイティビティーを養うことに重点を置いている。
教育家のJoe Clement氏とMatt Miles氏が2017年に出版した著書『スクリーン・スクールド』によると、たとえテクノロジーにより算数や読み書きの能力が上がったとしても、メリットよりデメリットの方が大きいという。
スマホが育児にもたらす影響についての長期的なデータはまだ観測されていないが、医学会や教育界がスマホは子どもたちに、鬱や不安、自殺の可能性をもたらすとして警鐘を鳴らしている。
2004年にComputers in Human Behaviorが行った調査では、100人のティーンエイジャーの半分にはアーチェリーやハイキングなどテクノロジーとは無縁な野外アクティビティを体験させ、残りの50人には家でスクリーンとともに過ごさせたところ、野外で過ごしたグループはより子どもの表情に笑顔が見られ、感情面で豊かなになった子どもが多かったという。
今の子育て世代が初めて直面する「スマホと教育の問題」。子どもとスクリーンの距離をどう保てばいいのかという答えや手本となるロールモデルがないことが、これらの問題を生んでいる。
単純にスクリーンを生活から排除するのではなく、子どもたちがテクノロジーの利点を学んだ上で、親子が生活の中でどうバランスを取るかが大切だろう。そのためには、本稿で紹介したアイデアやビジネスが有効であるに違いない。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)