2週間ごとに言語が消滅する――世界には約7,600の言語があり、そのうち2,680言語が絶滅の危機に瀕しているとユネスコは警鐘を鳴らしている。過去100年には3ヵ月に一つの言語、約400の言語が絶滅したという。

言語が失われることは、文化そのものの消滅へとつながっていく。国連による言語保護プロジェクトも始動している。

欧州の研究者ネットワークMETA-NETの調査によると、欧州に存在する80の言語のうち21言語が絶滅するリスクに直面していることが判明した。

言語テクノロジーのサポートでExcellentの評価を得たのは英語のみ。フランス語、ドイツ語、スペイン語…はそれに次ぐものと評価されている。


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言語消滅に拍車をかけているのがデジタル・テクノロジーの進化と普及だ。Cortana、Alexa、Siri、Google Assistantなどの音声アシスタントもAI翻訳も欧州全ての言語には対応していない。複数の言語を話せる人が多い欧州では自国語を使わずともデジタル時代を暮らすのに不便がない。

それが「デジタル・エクスティンクション」として欧州で大きく問題視されるようになった。つまり利用人口が多い言語は発展するが、利用人口の少ない言語は発展をしない。

デジタル・テクノロジーの波に乗れない小国の言語は、ますます利用人口が減少していく。いま、この問題に直面する国々で、言語の保存に向けた取り組みが活性化されている。

「デジタル・エクスティンクション」と戦う先駆け、アイスランドの例を紹介しよう。

デジタル世界でアイスランド語はサポート最低レベル


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前述のMETA-NETの言語テクノロジーのサポートでLowestの評価を得たアイスランドは人口約35万人の北大西洋に位置する島国。

観光業が盛んで国民のほとんどが英語を理解するが、公用語はアイスランド語だ。1000年以上も変わらないアイスランド語はヴァイキングが使っていた言葉、古い北欧言語に最も類似しているという。

植民地支配の経験を持つアイスランドは、言語消滅の危機をいくつか乗り越えてきた。しかし、デジタル・テクノロジーがもたらす情報は膨大な重量で圧倒的な多様性がある。過去のそれとはまったく異なる状況なのだ。

政府機関のLanguage Planning Departmentで現在部長となっているAri Páll Kristinsson氏は、1998年に行なわれたロサンジェルスタイムズ紙のインタビューでMicrosoft社のWindowsがアイスランド語に対応しないことはアイスランドの言語保存の努力を破壊すると非難している。

残念ながら20年以上経過したいま、アイスランドが置かれた環境はまったく改善されてはいない。

「若者は英語のデジタル世界に暮らしている。自国語のない世代が成長するのを見ているかもしれない」と危惧するのはアイスランド大学でアイスランド語と言語学の教授を務めるEiríkur Rögnvaldsson氏だ。

アイスランドが取り組む戦略とは?


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アイスランドの施策は大きく3つ挙げられ、言語テクノロジーの開発など民間機関への支援金制度も整っている。特に注目すべきは第三項だ。

● 教育現場でのアイスランド語の使用
● 新規居住者のアイスランド語試験
● 新しい外国語のアイスランド語へ翻訳・造語

アイスランドでは外国語を安易に外来語として取り入れることはない。数十年にわたり、言語学者の専門集団であるLanguage Planning Departmentが外国語の単語や概念をアイスランド語の単語や概念に一致させている。

デジタル・テクノロジーから医学、文化まで、海外の文明の進歩にあわせて一般の人々が新しい言葉を簡単に理解できるよう、古くからある言葉を組み合わせるなどして新しいアイスランド語を生み出しているのだ。

新しいアイスランド語には、Hlaðvarp(Podcas:ホッドキャスト)、Vafri(Browser:ブラウザ)、Þyrilsnæla(Fidget Spinner:ハンドスピナー)、Spjaldtölva (Tablet:タブレット)などがある。いくつか由来を紹介しよう。

tölva
コンピューター:tala(数)とvolva(予言者)を組み合わせた造語

lögregla
警察:lög(法)とregla(規律)を組み合わせた造語

sími
電話:バイキング時代に糸を意味した古語のsímiを転用

国民に定着しなかった失敗例もある。バナナを意味するBjúgaldinはBanani、オレンジを意味するGlóaldinはAppelsína、トマトを意味するRauðaldinはTómatur。

絵文字を意味するTjámerkiはEmojiと変化した。試行錯誤しながら国民とともに新しい言葉を生み出していく。アイスランド人が自国語への愛着を育んでいく秘密なのかもしれない。


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世界初の民選による女性大統領であり、長年、言語教育・支援でイニシアチブをとってきたVigdís Finnbogadóttir元大統領は「言語は知識のカギである。言語が失われれば、先祖からの重要な知識も失われる。私たちの言葉は私たちそのものだ」と語っている。

アイスランドの新語作りは外国語が入ってきた明治時代の日本のようで共感が持てる。いまは外来語として簡単にカタカナ表記する日本人は楽をしている気がするが…。

「デジタル・エクスティンクション」は、決して欧州だけではない我々にとって身近な問題だ。日本にも消滅の危機にある言語・方言があることを忘れてはいけない。

文:羽田理恵子
編集:岡徳之(Livit

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