フランスでは、今年6月下旬、まだ夏の始まりだというのに、テレビをつけるとほとんど真っ赤になった気象地図を日々目にすることになった。
豪雨による洪水、威力を増す台風など、気候変動の影響と思われる異常気象が世界各地で年々増えている中、欧州では熱波の深刻化に警鐘がならされている。
日本でも、救急搬送される熱中症患者は年々増加傾向にあり、2007年には東京都と17政令指定都市で5,000名以上が搬送、もはや「暑さ」は命にかかわる問題だ。
フランスでは、今年、南部で45度以上になる可能性が指摘され、これまでで最も広域にわたる緊急警報(red alert)が発せられた。実際には、予報を若干下回る気温となったが、それでも各地で40度を超える気温となり、南部モンペリエでは過去最高の45.9度を記録した。
スペインでも、やはり40度を超える気温により、高校生を含む熱中症による死者、そして森林火災の発生の報道が相次いでいる。
欧州を襲う熱波はなぜ深刻化しているのか、また欧州各国では、どのような対策が取られているのだろうか。
地球温暖化の影響か。深刻化する欧州の熱波
「より威力を増し、さらに極端になり、より早く始まり、もっと遅く終わる」、この殺人的な熱波に関する専門家の分析は、気が滅入るようなものだ。
全世界で熱波の脅威は増すばかりであり、国際連合の専門機関、ジュネーブに拠点を置く世界気象機関は、2015年から2019年は記録上最も暑い5年間になるであろうとコメントした。
昨年は熱波により原子力発電所の停止決定もなされたフランスでは、2003年の記録的とされる熱波で、15,000人あまりの死者を出している。
やはり2003年の熱波で18,000人の死者を出したイタリアでは、今年、観光客で賑わうローマを含む7都市で最大限の注意喚起がなされ、イタリア赤十字は、24時間対応のホットラインを設ける事態となった。
ドイツでも、6月時点で気温が過去の平均より4度以上高くなっており、スイス、ポルトガル、ドイツ、ポーランドなどでも、人々は地獄のような猛暑の到来に怯えている。
穏やかな夏というイメージのある北ヨーロッパも例外ではない。
今年の夏こそ、例年通りの涼しくすごしやすい日が続いているが、昨年は30度をこえる日が続き、エアコンや扇風機が通常設置されておらず、厳しい冬に備えて熱を閉じ込めるつくりとなっている住宅で、多くの人が暑さに苦しみ、スウェーデンで700人、デンマークで250人以上が死亡している。
フィンランドではエアコンを備えたスーパーマーケットが夜間、近隣住民が売り場で眠れるよう開放され、ノルウェーではトナカイたちが暑さを避けトンネルに逃げ込んだことで、交通事故の注意喚起が特別に発せられた。
自然災害としか言えないレベルに達しているこの欧州の「暑さ」。そもそもの原因はなんなのだろうか。
ドイツ、ポツダム気候影響研究所の科学者たちは、「ジェット気流」の速度の変化が大きく影響している可能性があるのではないかという。
「ジェット気流」とは、大気の上部を西から東に流れる強い気流だ。北極の凍てつく気温と熱帯の熱い空気の温度差によって生じるこの気流は、温暖化により北極の氷が溶け、気温が上昇したことで、速度が弱まっている。
この夏の欧州熱波はサハラ砂漠から吹き込んだ熱風によるとされているが、ジェット気流の速度が低下した結果、熱くなった大気が同じエリアに停滞し、その地域の気温をどんどん上昇させ、極端な猛暑をひきおこすことになってしまったというのだ。
著名な研究機関とパートナーシップを組み、気候変動を分析する国際組織World Weather Attributionは、気候変動によって同様の熱波の確率が5倍高くなっているとしており、科学者たちは、現状のままの二酸化炭素排出が続いた場合、特に南アジアを中心に、複数のエリアで人が住めないレベルまで気温が上昇するとの予測を示している。
エアコンのない民家が大半を占める欧州の熱波対策
多大な人的被害を出した6年前の熱波の被害を繰り返さないためにも、水分を十分に取り、無理せず涼しいところで頻繁に休息を取る、といった熱中症への一般的な対策の周知、そして救急医療の体制整備といった対策に追われている欧州各国。ローマでは、行政機関によって観光名所で水の配布がなされるなどした。
昨年、猛暑に見舞われた日本では、愛知県の学校で児童1人が亡くなった他、宮城県でも人文字イベントの実施により38人が搬送されるなどしたことは記憶に新しいが、小さな子供たちは特に熱中症になりやすい。
そのため、今年フランスでは4000校を休校とし、熱波に備えることが決定された他、各地でイベントの中止も行われている。
しかし、エアコン普及率が約9割に達している日本と比較して、エアコンが設置されていない家が非常に多い欧州では、家屋内の気温上昇に対しての対策が課題となっている。
冷たいシャワーを浴びる、保冷剤や冷やしたタオルで太い血管を冷やすといった努力のほか、日中はスーパーマーケットやショッピングモール、映画館などへ避難するといった対策が推奨されている。
中には欧州ならではのユニークな暑さ対策もみられる。そのひとつは、街の噴水に身体を浸すことだ。
パリのエッフェル塔前のトロカデロ広場など、ヨーロッパ各国では街の各所で観光名所にもなっている美しい噴水を目にすることが多い。
各地で河川・海などで涼を取ろうとした人々の水難事故が報じられている中、比較的安全に、そして手軽に体を冷やせる手段として、この夏パリでは、水着になって噴水に入り水遊びをする人々の姿が見られた。
また、街中に点在する美術館や教会に逃げ込むことも選択肢の一つだ。たとえば美術館は作品の保存のため、厳格な温度管理がされており、夏はひんやりとした空気で満ちているし、ヨーロッパでは常設展が無料となっている美術館も少なくない。
教会も重厚な石造りの建物と窓の少ない造りから、外部の高熱を遮り、涼しい空間を保証する。「信心深くない人もこの夏は教会に通ってみては」。そんなアドバイスすら出されているようだ。
そして、地下に逃げ込むこと。フランスの多くの民家にある地下のワイン貯蔵室「カーヴ」はいつもひんやりと涼しい。さらに、もっと効果的に涼しくなれる地下空間としておすすめされているのは、パリの地下に広がる600万体の遺骨が眠る広大な地下墓所、「死の帝国」との名を持つ「カタコンブ・ド・パリ」。
人骨に埋め尽くされた壁が果てしなく広がるこの地下空間、気温はなんと夏でも、15度ほどだという。チケットの購入は必要だが、いろんな意味で最も涼しく過ごせる場所であることは間違いない。
ただし、大半のエリアが立ち入り禁止のこの地下墓所、チケットを購入せずに管理区域以外に勝手に入るのは厳禁だ。法に触れるだけでなく、250キロにも及ぶというこの地下墓地では行方不明者も出ている。
世界各地で温暖化による自然災害が深刻化しているが、アメリカでは現政権が温暖化の事実自体に否定的であるし、フランスでも燃料税の引き上げに対し大規模デモが起こるなど、なかなか足並みをそろえた温暖化対策は進んでいない。
今後も続く、むしろ悪化する可能性が高い欧州の熱波。日本から夏、欧州に渡航する予定の人は、十分な注意がかかせないだろう。
余裕あるスケジュールをたてる、また渡航予定日の気温を確認する他、宿泊施設に冷房設備があるかの確認も怠らないようにする必要がある。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)