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設立からわずか3年で、世界最優秀のチョコレートを決める「インターナショナルチョコレートアワード世界大会」Plain/origin bars部門で日本初の金賞。さらにグッドデザイン賞ベスト100に選出されるなど、丁寧なモノ作りが世界に評価され続けているチョコレート専門店「Minimal-Bean To Bar Chocolate-」を経営される山下貴嗣さん。
大学を卒業後はコンサルティング会社に就職し、約7年間のサラリーマン生活を送っていました。「入社して1年は毎日辞めたいと思っていた」という山下さんの脱サラのきっかけ、モノ作りの根底にある想いについてお伺いしました。
「30歳までに何かを見つけたい」29歳で退社、そしてチョコレートとの出会い
——今、どんなお仕事をされていますか?
山:「Minimal」というBean To Bar(ビーントゥーバー)のチョコレート専門店を経営しています。
自分の足で世界各地へチョコレートを買い付けに出向き、東京にある工房と店舗でカカオ豆からチョコレートを作り、様々なチョコレート商品を展開しています。
クラフトチョコレートブランドとして、“お客様に新しいチョコレート体験を届ける”、ということを生業としています。
※Bean To Bar(ビーントゥーバー)=カカオ豆の買い付けからチョコレートの製造まで全ての工程を作り手が手がけているチョコレートのこと。
——大学をご卒業後の進路を教えていただけますか?
山:大学を卒業後、コンサルティング会社に就職し約7年間サラリーマン生活を送っていました。
2013年10月に退社を決め、2014年の8月には自分の会社を立ち上げ、その年の12月から「Minimal」をスタートさせました。
——会社を退職されたのが29歳の時ということですが、次のキャリアビジョンはお持ちだったのでしょうか?
山:30歳までに何か一生をかけて打ち込めることを見つけたいと思っていたんですが、会社を辞めた時は次に何をするか、全く決まっていない状態でしたね。
ただ僕なりのビジョンというか、“こういったことがやりたい”というイメージは持っていました。
——それはどういったビジョンだったんですか?
山:前職でグローバル人材のコンサルティング業務に携わる中で、「日本人はあまり意見を言わない」「空気を読みすぎて自己主張がないからダメだ」といったネガティブな意見をよく耳にしたんです。
でも僕は、日本人の繊細な空気の読み方や、日本人特有のきめ細やかな性質って素晴らしいなと感じていたんですね。
そのきめ細やかさがサービスに活かされると“おもてなし”というホスピタリティになり、製品になると丁寧な仕事を施されたプロダクトが出来上がる。
そういった日本人のきめ細やかさを何か形にして、グローバルに展開していきたいと思っていたんです。
——日本人特有の良さを活かした何か、という漠然としたイメージをお持ちだったんですね。
山:そうですね。第二次世界大戦で焼け野原になったこの国を、勤勉さを武器に働き、世界のトップレベルまで押し上げた日本人の底力を忘れちゃダメだな、と。
僕たちの世代は過去の遺産を食いつぶして、豊かさの恩恵を受けているだけとも言えるわけです。
ただ食いつぶしていくだけではなく、自分が経済の担い手として、下の世代のために豊かな経済を作り上げていくこと、つまりは外貨を取得できるグローバルなブランディングやプロダクト作りを何かやっていきたいと思っていました。
——そこからどのようにして起業の道を進まれるんでしょうか?
山:元々、「起業したい!」という強い思いはありませんでした。
今、「Minimal」の製造責任者をやっている人物が、当時コーヒー屋さんをやっていたんですね。そこで、彼がカカオ豆から作ったチョコレートを食べて衝撃を受けたんです。
カカオ豆と砂糖しか使っていないのに複雑な香りがして、それまで食べたどんなチョコレートとも違いました。
——そのチョコレートとの出会いが、山下さんの次のキャリアを作り出すきっかけとなったんですね。
山:そうです。会社を辞めることが決まり、何をやろうかとアンテナを張っていたタイミングでもあったので、その出会いからすぐに行動を開始しました。
2カ月かけてアメリカやヨーロッパのBean to Barを巡ったり、カカオ豆の賞を受賞している農園を調べて直接コンタクトを取ったりして、帰国して4カ月後には「Minimal」を立ち上げました。
——“日本人のきめ細やかさ”をどのようにチョコレートで表現されているのでしょうか?
山:チョコレートは、西洋ではカカオに油脂やミルクなどを加えた“足し算”の作り方で発達してきたんです。ですが「Minimal」では、カカオと砂糖以外は何も入れないという引き算の作り方ですべてのチョコレートを手掛けています。
そこには、カカオ豆本来の素材としての旬や、季節に応じた豆の繊細な変化 を、きめ細やかに捉えていくという考え方が根本にあります。
——他にはどういった点が元来のモノと異なるんでしょうか?
山:まず、思想が違うんですね。
僕たちは、“おいしいチョコレートを作るために良いカカオを手に入れる”のではなく、“カカオ豆の良さを伝える手段としてチョコレートを作る”んです。
そこが決定的な違いだと思います。
わびさび、旬、といった和食的な観点でチョコレートを捉えなおして再構築していく、というのが僕らのブランドのアイデンティティであり、ベースにある考え方です。
ダメ社員が7年間のサラリーマン生活で見えてきたもの
——1社目で多忙な日々を過ごされていたと思うのですが、仕事をこなしながら新しいことをやりたくなったきっかけは何があったと思いますか?
山:キャリアって、山の頂上をゴールと決めてから登り出す人と、川下りのようにどんどん下って行って、前に出てくる岩や水の流れを読みながら動くタイプと2つに分かれると思うんですけど、僕は完全に後者。
1社目に入社した時もビジョンがまったくない、ビジョンレスな人間でした。
一生懸命仕事をしていき、30歳が近くなった時に何となく、「こういうことやったら面白いかも」という考えが出てきたんです。
それまではひたすら仕事していましたから(笑)
——ビジョンを持てるようになったのは、会社で出会った人からの刺激もありましたか?
山:そうですね。自分が一生懸命仕事をしたことと、会社での経験との複合要因だと思います。
就活当時も色々悩んでいたし、入社して1年くらいは毎日辞めたいと思いながら働いていましたよ。
本当は次男のくせに「長男で実家を継がなきゃいけなくなったので田舎に帰ります」って嘘ついて辞めようかな、とか(笑)。
ダメ社員で毎日きつかったけど、上司や先輩に助けられて、組織改革やマネジメントもやらせてもらえるようになりました。
——辛いなと思いながらも仕事を楽しくこなせるようになったのはどういった工夫があったのでしょうか?
山:ダメなりに一生懸命仕事をやって、「あいつしっかりやってるな」って周囲に仕事ぶりを信頼され始めたことですかね。
信頼されてスキルやバリューも認められると、自分にとってエキサイティングな仕事をアサインしてもらえることが増えたように思います。
—— 一度会社に就職されたことが、山下さんのその後のキャリアにどのように役立っていると思われますか?
山:すべてのことが役立っていると言ってもいいですね。
例えば、サラリーマンって自分が考えた企画やコンセプトを、まず上司やチームのみんなにしっかり説明しないと物事が進んでいかないんですよ。
企画書1枚、フォントやレイアウト1つ取っても社内調整するスキルが必要とされる。
サラリーマン時代のおかげでこのスキルを習得できたし、今でも外部の方とプロジェクトチームとして利害を一致させていくために必要不可欠なスキルだと思います。
崖から転げ落ちるように前に進み続ける
——山下さんがこれまでのキャリア人生の中で、苦悩したことや悩みはありますか?
山:“夜明け前が一番暗い”っていうイギリスのことわざがあるんですよ。
何事も始める一歩手前が一番不安っていうことです。
僕は始める前にあんまり悩みすぎないで、やり始めてから考えるタイプ。崖から転げ落ちるのと一緒ですね。
——どういうことでしょうか?
山:崖って上から見てると怖いけど、いざ転がり始めちゃったらそうでもないと思いませんか?
目の前に出てくる岩をよけたりしながら必死で転がり続けるしかない。
僕は、立ち止まって不安になるというよりは、まず動いてみてから考えることに必死っていうやり方なんですね。
——「Minimal」を始められた時も同じようなお気持ちだったんでしょうか?
山:もちろん必死でした。でも、あの当時は、サラリーマン生活を終えて新しいことを始めるというワクワク感の方が大きかったかな。
一番不安を感じるのは、実はまだ何も始まっていない時で、実際動きだしてみたらそうでもないんですよ。
——進み続けるために大切だと思われることってありますか?
山:サラリーマン時代に会社から学んだのですが、“三角形の二辺の和は一辺より短い”ということ。
これは、どうすれば最短で行けるかを考えて時間を使うより、回り道をしてもとにかく動き出した方が結果的にはゴールに早く近づけるという意味なんです。
起業して思うのは、ビジネスプランって紙に書いても思い通りにはいかないということ。
チョコレートに関するビジョンを紙に書いて頭の中だけで考えているよりも、実際に作って、目の前にいるお客さんに食べてもらった反応を次に活かす方が早い。
そうやって常に走りながら考えているという感じです。
——前に進み続けながら、「Minimal」としてのビジョンを保ち続けているということですね。
山:もちろんお金の心配は毎日のようにあります。
でも、目の前のことだけに意識が集中してしまって視野狭窄になっていないか、本来のビジョンと違う方向に進んでいってしまっていないか、なども常に気にしています。
例えば、ハイブランドからコラボレーションのお話を頂いても、「Minimal」として方向性が違うなと感じるオファーは断るようにしています。あとで後悔することもありますけどね(笑)。
でもそうやって美意識をしっかり持って立ち振舞っていれば、店としての姿勢もお客さんに伝わっていくはずだと信じています。
真面目に仕事に向き合ったことで見つかった30代のビジョン
——山下さんがはたらくを楽しむために必要なことはなんだと思いますか?
山:自分の、“何かを好き”という気持ちや、自分の琴線に触れることを仕事にするのは大事だと思いますね。
もちろん仕事って楽しいことだけをやれるわけじゃないです。
でも、ちょっとでも、自分が何が好きで、何にモチベーションが上がるのか、ということを知ればよい方向に向かっていくんじゃないでしょうか。
——山下さんはどうやってそれを知っていかれたんでしょうか?
山:僕の特技は目の前のことを一生懸命やることだったんですね。
コンサルティングが好きというわけではなかったけど、知識欲がありました。
当時は意識していなかったけど、「なぜこうなってるんだろう?」というのを解き明かしたいという気持ちが仕事中に満たされていて、それがモチベーションに繋がったんでしょうね。
——他には何かありますか?
山:僕は“焦らない”ということも大事だと思います。
今は時代の流れが早くなっていて、みんな生き急いでいる感じがします。
「早く成功しなきゃ」って焦るかもしれないけど、時間でしか解決できないこと、時間を積み重ねることで生まれるものって、たくさんあると思うんです。
僕自身も入社してしばらくは、会社を辞めたいと思いながら働いていましたが、今振り返ってみると最高の職場だったなと思える。
そうやって経験を重ねることで見えてくるものがあると思いますね。
——山下さんにとって、はたらくとは何でしょうか?
山:仕事っていうのは最高の自己成長の機会だと思います。
僕、ワーク・ライフ・バランスって言葉が苦手なんですよ。
まずライフがあって、その手段としてワークがあるわけですよね。ライフを構成するのは、ファミリーでもホビーでもフレンドでもいい。
そこでライフとワークのバランスを取っていかなきゃいけないっていう考え方に、社会の闇を感じるな、と。
ワークはつまらないもの、という前提があるように感じるので、ワーク・ライフ・バランスって言葉はすごく寂しく感じますね。
僕みたいに楽しくやってる人もたくさんいると思いますよ。
——はたらくを楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。
山:若い時は真面目って言われたくないかもしれないですが、真面目に一生懸命コツコツやることはすごく大事だよって伝えたいですね。
僕もビジョンレスで才能がないサラリーマン時代、「しんどいな、きついな」と思いながらも真面目にやってきたら、30歳の時にすごくやりたいことに出会えました。
そして、失敗を恐れないでください。
僕は20代の頃、失敗ばかりの人間でしたが、そこは学びの宝庫でした。
まずは真面目に誠実に、失敗を恐れず、自分のやるべきことを一生懸命やってみることからすべては始まるのではないでしょうか。
- 山下 貴嗣さん(やました たかつぐ)
- 「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」代表
1984年生まれ。7年間のサラリーマン生活を経て、2014年にチョコレート専門店「Minimal-Bean To Bar Chocolate-」を渋谷区・富ヶ谷にオープン。カカオ豆と砂糖しか使用せず、カカオ豆本来の香りや味わいを楽しめる多様なチョコレートで一躍人気店に。現在は東京都内に4店舗を構える。2019年6月、新業態の5店舗目をオープン予定。
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