働き方改革議論の活発化に伴い注目を集める「フリーランス」という働き方。日本のフリーランス人口は1,000万人を超えたといわれている。またフリーランス先進国とも呼べる米国では、その数は5,000万人を超えている。

フリーランス・プラットフォームUpWorkの推計によると、米国のフリーランス経済の規模は2018年に前年比30%増加し1兆4,000億ドル(約150兆円)に達したという。

フリーランスの仕事というと、ウェブ開発やソフトウェア開発、またデジタルコンテンツに関わるものが多い。このため、世界のフリーランス市場はインターネットやパソコンなどデジタルインフラが整った欧米や日本などが中心となり発展しているというイメージを持ってしまう。

しかし、データが示すはのは、そんなイメージとはまったく異なる現状だ。世界のフリーランス市場をけん引するのは南アジアなのだ。

オックスフォード大学インターネット研究所の調査では、世界のフリーランス市場において人材供給量が最も多いのはインドで、そのシェアは24%を占めていることが判明。そして2位がバングラデシュで16%、3位がパキスタンで12%と南アジア諸国がトップ3を占める結果となったのだ。

米国は4位で供給シェアは7%ほど。次いで、フィリピン、英国、ナイジェリア、エジプト、ウクライナ、ケニア、ドイツ、カナダ、レバノン、オーストラリア、スリランカがトップ15にランクイン。


英語圏フリーランス市場供給シェア(オックスフォード大学インターネット研究所より)

この調査で用いられたデータは、英語圏のフリーランスプラットフォームから抽出されたものであるため、日本語など特定言語のフリーランス市場のデータが考慮されていないことには留意が必要だが、世界のフリーランス市場の需給ネットワークや構造を俯瞰的に見る上では大きな助けとなる。

この調査で特筆されるべきは、バングラデシュがインドに次ぐフリーランサー供給国であるということだろう。インドがITオフショア開発拠点であることは周知の事実。IT分野のフリーランサーが多いことは想像に難くない。

一方、バングラデシュに関しては貧困やテロに関する報道が多く、不安定な低開発国という印象がつきまとっている。同国が英語圏のフリーランス市場で重要な存在になってることはあまり知られていない。

バングラデシュでいったい何が起こっているのか。バングラデシュのフリーランス市場の活況をお伝えするとともに、その理由を探ってみたい。

魅力的な賃金水準ギャップ、地元企業勤務の20倍稼ぐフリーランサーも

インドの東に隣接するバングラデシュ。国土は日本の4割ほどしかないが、人口は1億6,000万人以上。人口は増加傾向にあり、2050年頃には2億人を超えると予想されている。若年層が多く、年齢中央値は26歳。


バングラデシュ首都ダッカ

このバングラデシュでフリーランサーが増えている要因として、国内失業率の高まり、欧米企業のアウトソース先シフト、インターネット普及率の高まりなどが挙げられる。

まず国内失業率の高まりとフリーランサー増の関係について。地元紙ダッカ・トリビューンによると、バングラデシュでは現在若年層労働者4,400万人のうち10%となる440万人が職を見つけられない状況だという。

大卒者も例外ではなく、大学を卒業しても職を見つけられない人が増加しているというのだ。大卒者向けの求人が減少しているためだともいわれている。

この状況を受けて、高等教育を受けた人々の中でフリーランス志向が強まっているのだ。バングラデシュの公用語はベンガル語だが、教育の現場では英語が広く使われており、ほとんどの人が英語圏の情報にアクセスすることができる。

英語圏ではYouTubeなどで、ウェブ開発やソフトウェア開発に関わるプログラミングやデジタルコンテンツ制作、さらにはビジネススキルに関する良質な学習コンテンツが充実しており、無料でさまざまなスキルを高めることができる。バングラデシュの若い世代は、これらのコンテンツを活用し、スキルを高めていると考えられる。

ある程度スキルがついた段階で、英語圏のフリーランスプラットフォームに登録し、比較的簡単な仕事から始め、経験を積んでいくようだ。オックスフォード大学インターネット研究所の調査では、バングラデシュのフリーランサーが請け負う仕事で最も多いのは「セールス&マーケティングサポート」ということが判明している。2番目は「ソフトウェア開発」、3番目は「デジタルコンテンツ制作」だ。

カスタマーサポートなどかつてインドにアウトソースされていた仕事がバングラデシュにシフトしていることが示唆されている。

実際バングラデシュのIT分野の労働コストは安く、欧米企業のアウトソース先として選ばれることが多くなっている。バングラデシュの金融サービス会社LankaBanglaのレポートによると、同国のITアウトソースコストはインドやフィリピンに比べ40%低くなるという。

これはフリーランス市場における賃金の下方圧力になり、賃金レベルは高所得国の水準で見ると魅力的なものにならないかもしれないが、バングラデシュのフリーランサーにとっては、地元企業で働く何倍もの収入を得られる機会になる。バングラデシュ政府は、外貨を稼ぐ有力な手段として、この動きを加速させたい考えのようだ。

地元紙デイリー・スターは2018年11月にフリーランストレンドの活況を伝える記事の中で数名の事例を紹介している。地元の大企業の人事部門に勤めていた41歳の男性はキャリアの限界を感じ、フリーランサーに転向。SEOやビジネス開発などで仕事を請け負い、時給20ドルほど稼いでいる。大手企業時代の給与は低いものではなかったが、フリーランスでの稼ぎはそれを上回るという。

バングラデシュの生活コストは高所得国に比べ大幅に安い。各国の生活コストを調べられるサイトNumbeoによると、バングラデシュ都市部の1ベッドルームの1カ月の家賃は140ドル、食事は1食2〜5ドルほど。時給20ドルで1日8時間、1カ月20日間働いた場合、月給は3,200ドルになる。税金など差し引いても、かなり余裕のある暮らしができることがうかがえる。

同紙がインタビューしたフリーランサーの多くは、フリーランスになる前に比べ2〜20倍の所得を得ているという。

バングラデシュの賃金水準と世界的な賃金水準に大きな乖離があり、これによって欧米企業とバングラデシュフリーランサーがお互いに引きつけられている状況になっているのだ。

今後もしばらくこのトレンドは続くことが見込まれる。1つに、同国のインターネット普及率がさらに高まることが想定されており、これによって英語圏のフリーランス市場に参加するバングラデシュ人材が増えることが考えられるためだ。

Internet World Statsによると、同国の2017年末時点のインターネット普及率は50%ほど。約8,000万人がインターネットを利用しているという。IT普及に力を入れるバングラデシュ政府は、インターネット普及率を2021年までに100%にする計画を発表。また同年までにブロードバンド普及率を50%に高めることも計画している。

バングラデシュは先進国と呼ばれる国々のアパレル企業や製造企業のアウトソース先として、低賃金労働を強いられる労働者が多く、貧困から抜け出せない問題を抱えているが、世界のデジタルエコノミーへの門戸が開かられたことで、この状況が大きく変わるかもしれない。今後の展開を楽しみにしたい。

[文] 細谷元(Livit