世界は今、第四次産業革命を迎えていると言われている。
第一次は、18世紀後半から19世紀前半にかけて英国で起こった「機械化」。第二次は、19世紀後半に、主に米国とドイツで起こった「電動化」と「科学技術の進歩」。第三次は、20世紀後半に進んだコンピューターによる機械の「自動化」。
そして、第四次は、モノがインターネット経由で通信する「モノのインターネット(IoT)」と、AI(人工知能)の発達により、人間を介さずともAI自身が判断して動く「自律化」である。
この産業革命の機運が高まる中、各国は新世代の人材育成のための教育改革を行っている。
英エコノミスト誌は、2回目となる「世界未来教育指数ランキング」を発表した。これは、各国の政策・教育方法の研究・社会経済環境を考慮してつけられたランキングで、1位はフィンランド、そして僅差で2位がスイスとなった。
10位までは以下の通りだ。
上位10カ国にはヨーロッパ勢が多いが、アジアからはシンガポールが8位に選ばれている。日本は12位であり、その後に香港(15位)、韓国(16位)、台湾(17位)、フィリピン(28位)と続く。なお、このランキングは、上位50位まで発表されている。
上位国の教育とは
多くの国が、新世代の教育現場で必要となるフューチャースキル(未来に向けての新たなイ技術)への準備・対策がまだできていない。それと対照的に、フィンランド、スイスの上位2か国は、とりわけフューチャースキルの導入戦略、それを使いこなすためのサポート政策という点で特に長けているという。
特に、1位のフィンランドと言えば、高福祉な北欧に位置し、教育現場では少人数制で考えて発言する授業を行う教育大国というイメージは日本でも強い。そこで、フィンランドの教育制度は実際どういうものなのか紹介していく。
世界一と言われるフィンランド式教育
フィンランドの教育の特徴と言えば、「学校で勉強する時間が他国よりも短い」「規格化された試験を設けていない」ということであろう。
また、「誰しも教育を受ける権利が平等にある」という点を念頭におき、教育格差を生み出さないために、義務教育~大学まで無償で教育を受けることができる。
そんなフィンランドでの学びはどのようなものなのか、年齢別に見てみよう。
<早期教育>
フィンランドの就学年齢は6歳である。ただし、6歳以前に教育を受けたい場合、フィンランド政府はそのための早期教育プログラム(Early Childhood Education and Care – ECEC)を用意している。
ECECのコンセプトは「遊びを通して学ぶ」ことだ。そして、バランス良く、偏りなく育つことを目標としている。ECECは各地方自治体で独自のプログラムを運営している。予算、クラスの規模、教育目標などその決定権の多くは自治体に委ねられている。
フィンランドの教育は無償だと書いたが、ECECでは授業料をいくらか負担しなければならない。負担額は各家庭の収入や児童数によって変動するが、おおよそ14パーセント程度。それでも、フィンランドの3~5歳の児童の約80パーセントがECECへ参加するという。
<基礎教育>
7歳になると子ども達は「総合学校」に入学し、基礎教育を受けるようになる。
基礎教育期間は9年間であり、ちょうど日本の義務教育にあたる。小学校・中学校には分かれておらず、9年間同じ学校に通うことになる。ECECと同様に、総合学校も生徒に合わせた特色あるカリキュラムを作れるように、政府は余白を残している。
だが、学校側が自由に決められる範囲が広いということは、どの学校に子供入れるべきかで親たちが頭を悩ませるのでは?という疑問が湧く。だが、フィンランドではそのようなことはないという。
なぜなら、フィンランドでは、教師のほとんどが大学院まで進学して、修士の学位を持った人たちであるため、学校教育という分野に非常に高い信頼が寄せられているのだ。
また、給食も無料である。日本では給食費未払い問題のニュースを耳にするが、フィンランドではそのような悲しいニュースは聞かなくて済むということだ。そして、ガイダンスやカウンセリングもカリキュラムに含まれており、心身の健康も学校がサポートしてくれる。
<上級二次教育>
基礎教育を終えると、上級二次教育に進むことができる。これ以降は義務教育ではないが、約90パーセントの生徒がそのまま進学する。残りの10パーセントは別の道に進むわけだが、彼らが後に学業に復帰する場合でも、授業料などの負担は一切しなくてよい。
ここからは、主に進路が一般教育と職業教育に分かれる。どちらも3年間、高等学校に通うことになる。
一般教育の場合は「普通高校」に進む。ここでは、時間割を決める際に、生徒たちが自由に決められる部分が多い。高校生活の最後には、フィンランドで唯一の共通試験を受け、このスコアが大学進学の際に重要になる。
基礎教育からの進学者のうち、全体の40パーセントが職業教育を選択する。彼らは「職業高校」に入学し、より働くことに特化した内容の授業を受け、在学中にインターンシップも経験する。教育課程の最後には、能力試験を受けて卒業となる。
もちろん、この2つのどちらか一方に収まらなければならないわけではなく、この2つを組み合わせたスタディープランなど、柔軟に対応してくれるのがフィンランドである。
<高等教育以上>
フィンランドでは、大学などの高等教育も無料で受けることができる。学生が負担するのは教材費、交通費、その他の学用品のみだ。
日本では私立大であれば、文系学部であっても授業料が年間100万円程度かかることを考えると、とんでもないことのように思える。もちろん、奨学金制度も整っている。
フィンランドには「総合大学」と「応用科学大学」が存在する。その違いは、総合大学が科学分野の研究に力を入れているのに対して、応用科学大学はそれらを実用化することに重きを置いている点にある。学士課程は日本の多くのが学部と同じく4年間、修士課程は5~6年間である。
そして、フィンランド政府が教育支援をするのは、大学院までではない。成人への教育制度も万全だ。この場合、無償ではないが、個人の経済状況に応じた助成金制度もあり、会社がスタッフの教育にかかる費用を負担することも珍しくない。
フィンランドの教育政策は「教育は富裕層・中間層だけの特権ではなく、全ての人に関わることである」という原則に則っている。政府も国民も、教育がいかに重要かということを理解し、その点で同じ方向を向いていることが感じられたであろう。
参考記事:How does Finland’s top-ranking education system work?
アフリカで進行中の大改革
今回のランキングの50カ国中でワースト5にランクインした国、ナイジェリア。世界で最も就学率が低い国のひとつであり、就学年齢でありながら教育を受けていない児童数は1100万人にも上る。だが、そんなナイジェリアのある都市が、現在教育改革のまっただ中にある。
国土の南部にあるエド州は、州人口の約6割が貧困層という場所である。そのエド州で、低予算にも関わらず、1年間で学校と教師の質を劇的に高めるという偉業を達成したのが、州知事のゴッドウィン・オバセキ氏である。彼の改革は「EdoBEST」という名で知られている。
オバセキ知事の改革は、これまで教育を受けられなかった児童たちの学習改善、そして新人・経験者問わず教師たちを訓練したことで推進された。そして驚くべきは、それらが州内の予算のみで、西側諸国の助けを借りることなく行われたことである。また、既存のシステム、既存の教育従事者のみで、結果を出したこともあり、世界中の専門家がこの教育改革の動向を見守っている。まさに、ナイジェリアの問題をナイジェリア自身が解決しつつあるのだ。
今年の6月中旬には、再教育を受けた約1万2000人の教師たちが州内に派遣されたEdoBESTは4カ年計画として構想されており、今年でまだ1周年だが、9月までには早くも州内の30万人以上の児童たちに影響が与えられるという。プログラム開始後わずか3ヶ月の時点で、児童の学習量・学習時間が増え、彼らの意欲の向上が見られたという良い結果が出ていたというから、州知事の手腕には唸らざるを得ない。
驚くべき成長スピードを見せるナイジェリアが、数年後にはどうなっているのか、要注目である。そして、この教育改革は、エド州だけでなく、アフリカ全体にも波及し、子ども達の未来に大きなインパクトを与えるだろうと言われている。
参考記事:These Nigerian schools are teaching more in a term than they used to in a year. Here’s how
新世代教育でのAIの役割
今回のランキング報告で強調されていたのは、「言語教育」と「AIの教室内での役割」の重要性である。そこで、教育現場にAIを導入した場合、教師と生徒・学生にどのような変化がもたらされるのか何点か紹介していこう。
- <教師>
- AIによる成績処理
- AIが授業における改善点などを指摘
- AIが授業を行い、教師は補佐役に
- AIが集積したデータを基に学校の改善を図る
- <生徒・学生>
- それぞれの生徒・学生に合った教育がより可能になる
- AIによるチュートリアル
- AI相手であれば臆せずに失敗しながら学べる
- 決められた教室という概念がなくなる
現在のソフトウェアでは全てを代わりに任せることはできないが、選択式のテストなどであれば可能だろう。現在、エッセイや記述式問題の採点もできる高性能のソフトウェアが開発段階にあるという。
教師が生徒・学生が理解していない点に気づけない場合もある。そのような両者間のギャップを埋めるためのソフトウェアをCourseraが開発し、実用に乗り出している。例えば、ある課題で多くの生徒が同じ誤答をしていたとする。それをソフトウェアが発見して、教師対しては「生徒が間違って理解している」と、生徒側には正しい答えを導き出せるようなヒント、アドバイスを与えるというものだ。
AIの導入で教師のあり方が変わるかもしれない。主に授業を行うのはAIで、それを補うように教師が説明を入れていくという形になる。質問に答える、アドバイスをするなど、人間同士のコミュニケーションが必要な場合は、教師と生徒間で行うことができる。
ソフトウェアを用いて、ある生徒・学生に必要だと思われるトピックの演習、苦手項目の反復練習などを自動的に、しかも自分のペースですることができる。同じ教室内であっても人によって習熟度に差があるが、これで穴を埋められるのではないだろうか。
チュータリング・プログラムは既に開発されており、数学、作文などの基礎的なことであれば生徒の手助けができる。さらに高度な考え方や創造性の高い問題は助けられなが、過去数十年のテクノロジーの進歩を考えれば、夢ではない。
トライ・アンド・エラーは学ぶ上で不可欠であるが、多くの生徒は失敗することや、答えを知らないことを恥ずかしいと思ってしまう。AIチューターであれば周りの目を気にせず学べるため、失敗を繰り返してより良い学びに繋げることができる。
AIシステムがあれば、生徒達は世界のどこにいても、いつでも学ぶことができる。どこでも教室になり、これを達成するにはまだ改善が必要だが、AIが教師代わりになれる。
参考:10 Roles For Artificial Intelligence In Education
SF映画の世界のような話だが、これらは不可能なことではない。受け入れる側が準備をしているか、そうでないかなのである。
教育を受けるのは今までと変わらずに人間である。「その教育をより良いものにするためには」と考えたときに、AIやその他のフューチャースキルが選択肢の中に入ってくる。それを臆せず選び取り、対策を立てられるのがフィンランドやスイスなど上位国なのではないだろうか。
現代では、「機械でそんなことまでできるの?」という驚きが日々生まれる時代だ。これからAIと共存する必要性はさらに増していくだろう。それならば、「AIを使ってもっと便利に生活してみよう。使いこなしてやろう」と前向きに捉えれば、AIに飲み込まれずに共存できるのではないかと思う。
また1年後、このランキングが発表される頃に、どのようなフューチャースキルが存在しているのか、今から期待したい。
文:泉未来
編集:岡徳之(Livit)