INDEX
【キリンホールディングスの研修制度】
〇なりキリンママ・パパ
【制度内容】
社員が1カ月間ママ・パパになりきり、実際家庭を持ち育児をしていると想定し、時間制約や子どもの発熱、呼び出しなどの突発的事態への対応を要する働き方を実践する研修制度。育児のだけでなく介護、パートナーの病気というシチュエーションを選択することもできる。
多様な働き方に対応するため、事前に心構えをするための研修
女性の社会進出が進み、企業では、育児や介護など社員のプライベートをサポートする取り組みが増えている。
そんななか、2018年よりキリンホールディングスでは、家庭に子どもや介護を必要とする人がいると想定し仕事に取り組む「なりキリンママ・パパ」という疑似体験研修を始めた。その結果、同社は残業時間の削減や、子どもの発熱、ケガでの呼び出しといった突発的事態があっても働きやすい組織形成ができたなど、より効率的な組織マネジメントにつながったと発表している。
そこで今回、キリンホールディングスで人事を担当している金田 氏と豊福 氏(以下、敬称略)に、「なりキリンママ・パパ」とはどういう研修なのか、なぜこのような研修を行うのかについてお話を伺った。
────「なりキリンママ・パパ」を行う目的は?
金田:ひとつの目的は「働き方を考える」ことです。
社会には、育児や介護をしながら働いている人が大勢います。そんな、多様な働き方をしている人への理解を、この制度を通して深めてほしいんです。
そして、他者の理解だけではなく、業務効率化・働き方改革をどうしていくべきかを考える手段にしてほしいと考えています。
────育児や介護と仕事の両立生活を仮想体験できるとのお話ですが、実際の研修はどのように行われるのでしょうか。
金田:まず、育児・介護・病気からシチュエーションを選択してもらい、ご家族の名前を登録してもらいます。好きな名前を付け、そのあとは両立生活がスタート。どのようなものかを実際に体験してもらいます。
具体的にいうと、保育園送迎を想定し「毎日残業はなし」という時間制限のある働き方に加え、「突発的なお休み」を経験してもらいます。
例えば育児の場合は、キリン保育園という架空の保育園から電話がランダムにかかってきます。「○○ちゃんが熱を出していますので、今すぐ迎えに来てください」「体調が悪いようなので、明日休んでください」という事態にも遭遇してもらいながら、ママ・パパになりきるという生活を1ヵ月体験していただきます。
豊福:介護や病気の突発的事態のパターンも用意しています。子どもの場合は熱以外にも、「喧嘩をしてケガをした」とか「手足口病になりました」などのいろんなパターンを用意していますので、研修を受けた人同士や、実際の働くママ達とのコミュニケーションのきっかけにもなっています。
────「迎えに来て」と電話が来たら本当に帰る?
金田:本当に帰ってもらいます。呼び出し連絡が来たら、「絶対に対応する」というのがルールです。
ただ、突発的事態が関係ない場合で、どうしても残業しなきゃいけない…ということになったら、サポート制度も用意しています。サポート制度は、配偶者に代わりに対応してもらうものと、ベビーシッターへ依頼するものがあります。
────サポート制度はどのくらい利用できますか?
金田:社内で育児をしながら働いている人にヒアリングし、配偶者に頼む場合は週1回程度としています。ベビーシッターに依頼する場合は月1~2回程度利用ができます。
────ベビーシッターへ依頼とは?
金田:実際に住んでいる地域で依頼可能なベビーシッターを調べて、仮で利用することを想定し、ベビーシッター代を会社に登録します。
ベビーシッターを依頼する場合は実際の金額をきちんと調べて、「いくら出さないと雇えないんだな」という理解を深めてもらいます。意外に高額だなと思う人もいると思いますし、普通の家庭だとベビーシッターを雇うことにお金を払うという事実もわかってもらいたいです。
豊福:私はいま子どもが2人いるのですが、働くためには保育園やベビーシッターに預ける必要があります。そういった事実や気持ちの一端を、実際のママ・パパ以外の方にも感じ取ってもらえたらと思います。
金田:ベビーシッターについては、チームによって色々な運用がされています。調べてもらうだけの所もあれば、ベビーシッターを使った場合は本当にお金を払ってもらって、1ヵ月研修が終わったら返す方法を取っている所もあります。また、ベビーシッター代として集めたお金を、本人やチームの意向で飲み会の資金にするところもありましたね。
ただし、基本的に残業はせず、ルール通りの時間に業務を切り上げること自体も研修だと伝えています。
なりきる本人だけじゃない。周囲も一丸となって研修に取り組む
────ひと月だけとはいえ、なりきるのは大変ですよね。業務も滞ってしまいそうです。
金田:そうならないように、業務の引継ぎや棚卸は事前にしっかり行ってもらいます。「突発的な事態に遭遇したら、どうやって自分の穴を埋めるのか」そのような視点を持つことも研修に含まれていますので。
豊福:業務に関する棚卸をするだけではなく、周囲がサポートすることも研修のひとつなんです。なので、研修する本人だけではなく、周囲もどうやってその穴を埋めるのか、サポートするのかを考えて実践してもらいます。
また、取引先など社外の方にも、必要に応じて、業務時間外の対応が出来ないことや急な休みが発生する旨を伝えてもらうようにしています。
────特定のグループや職種だけで行うのでなく、キリングループ全体でこの研修を行っているのですか?
金田:今年(2019年)の2月からキリンホールディングス、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンで全社展開を始めました。2021年までに職種問わず、全職場で実践することを目指しています。
豊福:プログラムの内容は、実際に子育てをしながら営業をしている社員などに聞いて、ルールに落とし込みました。そのため、体験する方はよりリアルに感じられると思います。
────研修する本人だけじゃなくて、周囲も色々考える機会になるんですね。研修を行う人はどのように決定していますか?
金田:今は「研修をやりたい!」と個人で手を挙げるよりも、組織ごとに手を挙げてもらって導入する形を取っています。
導入すると現場に負担がかかるので、「研修やってね」って押し付けるだけではダメなんです。そのチームのトップの覚悟がないと、棚卸ひとつ進みません。そのため、周囲が一丸となって協力できるよう、研修に対する理解を深めてもらい取り組んでいます。
仮想体験を通して、大幅な業務効率化を達成
────この研修を導入したことで、どのような効果がありましたか?
金田:昨年2月~6月の間はトライアル期間として12部門・約100名に参加いただきまして、そのなかで残業時間が前年同月比約6割減という結果がでました。
豊福:実際、研修を取り入れるとなったとき、懸念の声も多くありました。しかし、この研修をしてもらった結果、「時間の使い方に対する意識が高まった」「ママってこんなに効率的に働いているんだ」「チーム力が向上した」などのプラスの気づきを実際に感じていただけたんです。
そういう雰囲気が横に広がって行って、少しずつこの取り組みが効果的だと考える人が増えました。
────効果が実感できるからこそ、「やりたい!」という手が上がるんですね。
金田:はじめは「女性活躍の一つでしょ?」という雰囲気がありましたが、だんだん「働き方を考えるってこういうことなんだ」という考えに変わったんです。
豊福:仕事ができる楽しさを実感できたという人もいます。研修中は、帰ってくださいと言われたら帰らなければいけないし、家でパソコンを触ってはいけません。ちゃんとログとかも見ています(笑)。
だから、帰っても仕事が出来ない。そういうなかで「会社に来て仕事ができるって楽しい」と実感した方もいました。育児中の方も「仕事ができること自体が楽しい」と良く言われますが、それが実感できたみたいです。
────突発的な事態に遭遇した場合はプライベートでもパソコン触れないなど、拘束があるんですね。
金田:あります。だから、帰宅してくださいと言われたら自己啓発の時間に使ってもらうことを推奨しています。
普段読まない本を読んだり、普段行かない所に行ったり、いつもは働いている時間に街や店に行ってもらって、平日のお客様がどんな時間にどんなお買い物をされているかなどを肌で感じるような、そんな時間にしてもらっています。
時間に余裕が持てたからこそ価値観や視野がひろがるキッカケに
金田:実際に私が体験したときは、ママの働き方を体験できるだけでなく、空いた時間を自己啓発に使って新しい気づきも得られました。
───視野や価値観が拡がったと。
金田:そうなんです。私は周囲に子どもをもって働いている人が少ないので、ロールモデルにできる人も少なかったのですが、研修を通して「将来子どもができてもこんな風に働けるんだ」「子どもがいても働けそう」と思えるきっかけにもなりました。
────ありがとうございました。
文:成田千草
写真:西村克也