学歴社会から学習歴社会へ。ミレニアル、ブロックチェーン起業家の「勉強力」

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ブロックチェーンや仮想通貨、英語といった、いまを生き抜いていくうえで必須の知識やスキルの習得を目指すオンライン学習プラットフォーム「PoL」。

立ち上げたのは、新卒で入社したリクルートを1年半で退社し、techtec(テックテク)を創業した田上智裕氏だ。

文系の学部を卒業した田上氏は、独学でプログラミングを身に付け、グローバルなIT業界で必須の英語も独習した。

techtecが送り出すサービスには、田上氏自身の学習歴が色濃く反映されている。

ほぼ改ざんができないとされるブロックチェーン上に学習の記録を残していけば、その人が何を学び、何を身に着けたかが可視化できる。田上氏が目指すのは、そんな学習プラットフォームの姿だ。

田上氏は、近い未来の勉強のあり方をこんなふうに描いている。

「日本は学歴社会が強いですが、学習歴社会に変えていきたい。学歴は、一定の指標にはなるけれど、受験勉強をがんばった人がいつまでもその軸で評価されるのはちょっと違う。エンジニアは、学歴はまったく気にしないし、学歴がなくても優秀な人が多い。いつがんばってもそれが評価されるような、そんな社会をつくっていきたい」

そう話す、ミレニアル世代のブロックチェーン起業家の「勉強力」の源とは――。

仮想通貨に魅せられた学生時代

話は6年ほど前にさかのぼる。

2013年、大学生だった田上氏は、先輩からの勧めでビットコインに出会った。
とはいえ、購入したのはPCでもスマホでもなかった。田上氏は、当時をこう振り返る。

「取引所もウォレットも知らなかったので、先輩に買っておいてくださいと現金を渡したんです」

仮想通貨を買うのに、まだ本人確認が必要なかった時代のことだ。

2014年2月、当時は世界最大の仮想通貨取引所だったマウントゴックスが経営破たんした。日本国内では、この事件をきっかけに、仮想通貨がテレビや新聞といったマスメディアに登場するようになった。

田上氏が、仮想通貨を初めて買ったのは、マウントゴックス事件よりも前になる。いまでこそ認知が広がったが、日本ではかなり初期から仮想通貨に関わってきた一人だったといえる。

ビットコインを購入したのをきっかけに、田上氏は仮想通貨にのめり込んだ。

まだ英語圏にしか情報がなかったが、ネットで仮想通貨やブロックチェーンについて学んだ。当時はごくわずかなギークたちが集まっていた仮想通貨のミートアップにも顔を出した。

仮想通貨を愛する人たちの小さなコミュニティには当時、イーサリアムを開発したヴィタリック・ブテリン氏や、のちに仮想通貨交換業者ビットフライヤーを立ち上げることになる加納雄三氏もいた。

一方で、プログラミングの勉強も始めた。最初は、いわゆるパソコン教室のプログラミング講座に通った。Androidのスマホアプリを開発したいと考え、Javaの講座を選んだが、ほとんど身につかなかった。

結局、田上氏は、プログラミングを独学で習得した。ウェブサイトをつくるHTMLとCSS、プログラミング言語PHPやRubyなどを順番に学んでいった。

全てはブロックチェーンを事業を生み出すために

そのころから、いずれはブロックチェーン関連で起業をしたいと考えるようになった。インターンとして働く会社も、起業に役に立つかどうかを基準に選んだ。

デジタルコンテンツの開発をしているチームラボで、インターンとして働いた。

関わったのは、定額で洋服がレンタルし放題のサブスクリプションサービス「メチャカリ」の立ち上げだった。最先端の企業でアプリ開発を実践する機会になった。「ゼロから立ち上げて、けやき坂46が出演するCMの放映まで関わることができた」という。

学生時代は、テクノロジーに強いメディアCNET Japanでもインターンを経験した。

「いずれ起業するならメディアとのつながりは必要。だったら中に入っちゃえと考えました」

大学を卒業して、新卒で入社したのはリクルートだった。同社に決めたのは、「起業家といえばリクルートというイメージが強かったから」だと言う。同じ年に入社した同期は、約400人いた。

内定者のときにフェイスブックでブロックチェーンについて投稿していたら、役員から直接、田上氏のもとに「ブロックチェーンに詳しいのか」とメッセージが届いた。

入社後まもなく、田上氏はリクルートでブロックチェーンのリサーチ担当になった。

「チームでもなく、部でもなく自分1人だけ。いま思うと不思議な仕事だった」

海外の仮想通貨やブロックチェーン関連のスタートアップ企業を調べ、リクルートによる出資や買収の可能性を検討した。無数にあるリクルートのサービスに、ブロックチェーンを使えないかも考えた。

ブロックチェーンは非中央集権、あるいは分散型のシステムと呼ばれる。複数のコンピュータをネットワークでつないで、機能を持たせる仕組みが基盤になっているからだ。

一方で、巨大企業リクルートのサービスの多くは「情報集約型」。中央にリクルートがあって、そこに情報が集まってくる。

「会社のこのサービスに、ブロックチェーンを使えないか」と上司に提案しても、なかなか響かない。田上氏のリサーチは結局、形にならなかった。

2017年夏、田上氏はリクルートを退社した。

「1年半いると、後輩が入ってきたり、自分の意見が通ってきたりと、居心地がよくなってきた。でも、逆にそれが『このままじゃだめだな』と、焦りにつながってきた。同期も同じ時期にやめて、起業するなりスタートアップに転職するなりした人も少なくなかった。自分と似たマインドの人が多かったのかな」

そして田上氏は20代なかばにして、自らの会社techtecを立ち上げた。

しかし激しい逆風の中での出発だった。
仮想通貨取引所大手コインチェックから、日本円にして580億円もの仮想通貨が盗み出された。会社を登記したのが2018年1月31日だったが、コインチェック事件が起きたのはその5日前の1月26日のことだ。

高騰していたビットコインの価格も2018年初以降、長い低迷に入った。

自身の学習経験とベースに事業開発

そんな中、田上氏が最初につくったのは、仮想通貨・ブロックチェーンに特化したメディアとライターのマッチングサービスだった。ブロックチェーンを社会に定着させていくうえで、情報発信が大事だと考えた。

「事前募集の段階でライターが300人、メディアが50媒体ほど集まりましたが、肝心の契約がまったく成立しなかった。メディアに『この人いいね』と思ってもらえるライターがなかなかいない。専門性の高い分野で、ライターの質が追いついていないという課題が見えてきました。そこで必要だと考えたのが、ブロックチェーンの教育でした」

2018年末にリリースしたオンライン学習サービスは「PoL」。Proof of Learning(学習の証明)の略だ。


PoL Webサイト

現時点では、仮想通貨とブロックチェーンについて学ぶコースが核になっている。エンジニア向けのプログラミング学習というよりは、より幅広く、基礎的な知識を身につける内容だ。仮想通貨については、例えばこんな内容が含まれている。

●取引所
●マイニング
●ウォレット
●税金

仮想通貨で利益を得た場合、納税が必要になるが、関連する税制についても詳しく学ぶことができる。

ブロックチェーンについても、ブロックチェーンでできることや、基盤となる暗号技術などを含め基礎が身につく内容だ。

「ブロックチェーンと仮想通貨のカリキュラムは、すべて無料にしているので、たまに投資家に怒られるんです」

一方で、有料のサービスとしては、英語のコースを設けた。

語学のサービスについても、田上氏自身の学習経験から生まれた。

最近、人気を集めている英語学習のサービスとして、コーチングが挙げられる。講義を受けるというよりも、コーチがユーザーの学習に寄り添い、英語学習の習慣を見に付けてもらう。

ブロックチェーン関連の仕事では、外国人と一緒にプロジェクトを立ち上げることも多い。プログラミングに関わる技術情報も、英語で記述された文書が多い。テクノロジーの業界で仕事をしていくうえで、英語は必須のスキルと言っていい。

田上氏は現在も、毎晩1時間ほどを英語の勉強の時間として、英語を聞きながら発音する学習法「シャドーイング」を続けている。

PoLもコーチングの手法を取り入れた英語のオンライン講座を提供しているが、ブロックチェーン関連の用語を集中して学んでもらう特徴がある。

とここまでは、ごく普通のオンライン学習サービスのひとつと言える。

しかし、PoLのサービス名ともなっている「学習の証明」は、ちょっと違う。その仕組みについて、田上氏はこう考えている。

「オンラインの学習サービスは修了率がすごく低いんです。5%強という統計もあります。学習した記録をきちんと残せば、学位の詐称も起きにくい。さらに、最後までやり遂げてもらうインセンティブも必要です」

PoLが用意したインセンティブの仕組みは、学習すればするほどトークンをもらうことができ、そのトークンで別の講座の割引を受けることができるというものだ。

ただ、現時点では、仮想通貨関連の法律の絡みで、ブロックチェーンも仮想通貨も使っていない。

技術的にも、ブロックチェーンを使うと処理に時間がかかるという課題もある。

「仕事でいろんな人と会う機会がありますが、優秀な人ほど勉強しています。話をして、この人いまいちだなって感じる人は、本を読んでいないし勉強もしていないことが多い。勉強をしてもらう仕組みを事業としてやっていくのは、社会的にも意味があるし、やりがいがすごくある」

田上氏は近い将来、学んだ人にトークンが贈られるインセンティブの仕組みをブロックチェーンに移行しようと考えている。

学習した記録が改ざんできないものとなれば、それ自体が、知識やスキルの証明になるからだ。

カリキュラムを共同制作する事業者の募集も始めた。PoLは、田上さんの学習力を武器に、プラットフォームへと育っていくだろうか。

取材・文:小島寛明
写真:國見泰洋

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