人気のスナチャ「性別変換フィルター」。自分の顔を使った“体験”サービスのヒットに必要なもの

2019年5月11日、SNS型カメラアプリ「Snapchat」から新フィルター「Gender-Swapped」(性別変換)がリリースされた。被写体の顔にARで加工を施し、いわゆる性別特徴を強調するフィルターだ。

男性フィルターを選択すると、髪が短髪になり、ヒゲが生え、角ばった輪郭に変更される。一方、女性フィルターを選択すると、髪が肩くらいまでの長さになり、目元の強調や、頰・唇の血色がよくなる化粧が施され、輪郭も丸みを帯びる。同アプリはこのフィルターのリリース後、ダウンロード数が急増。世界中で大きな話題となった。

スナップチャットでは様々なフィルターが楽しめる

性別変換フィルターのサービス自体はSnapchat以前からあった。顔編集アプリ「FaceApp」が2017年にリリースした「Male HD」と「Female HD」だ。撮影した顔写真(静止画)にフィルターをかけることで、いわゆる性別変換を体験できる。

FaceApp使用イメージ画像

FaceAppの「Male HD」と「Female HD」ももちろん人気はあったが、Snapchatの「性別変換フィルター」は動画が撮影できるようになったこと、変換の精度が高くなったこと、また同アプリが友人とつながるSNSとしての機能を備えていることなどが、大きな話題を生むに至った要因と考えられるだろう。

自分の顔を変換して楽しむ体験ツールは“顔ちぇき”が発端だったのか

そもそも、自分の顔のみで楽しめる顔認識技術を使用したサービスは、いつでもどこでも持ち歩く携帯電話と相性がいい。特にスマートフォンの普及以降、「Beauty Plus」や「SNOW」などのいわゆる”盛りアプリ“を始め、用途は違えど、さまざまなサービスが流行してきた。そんな中、ガラケー時代にも大流行したサービスがある。約12年前にリリースされたモバイルサイト「顔ちぇき!~誰に似てる?~」だ。

2007年、ジェイマジック株式会社よりリリースされた「顔ちぇき!~誰に似てる?~」は、携帯電話のカメラで撮影した自分の顔の写真をメールに添付して送信すると、サーバー上で最も似ている有名人3人を判断し、教えてくれた。

沖電気工業の顔画像処理ミドルウェア「FSE」をベースに独自アルゴリズムを採用したシステムを使い、顔の“偏差値”を判定する「顔面偏差値チェッカー」や草食系・肉食系を鑑定する「草食肉食診断」などの機能を備え、リリースから2ヶ月後に利用者数が3,000万人を超えるほど、話題となった。

顔ちぇき mixi版 イメージ

しかし、その「顔ちぇき!」も、全く新しいものとして流行したわけではない。メディア環境学を専門とし、今年4月に『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(太田出版)を上梓した久保友香さんは、顔ちぇき!リリース以前にも似たようなサービスがあったことを指摘する。のちに「OKAO® Vision」と名がつくことになるオムロンの顔センシング技術を使用し、2001年にリリースされた「おかおネット」だ。

「おかおネット」は、一般向けに販売された携帯電話史上、初めてカメラが取り付けられた機種の発売に合わせて発表されており、当時すでに携帯電話のカメラで撮影した自分の顔の写真をメールに添付して送信すると、サーバー上で最も似ている有名人3人を判断し、教えてくれる「アラ、似テタノネ」というサービスがあったという。顔ちぇき!のヒットより6年も早い。

当時としては革新的な技術だったにもかかわらず、顔ちぇき!のような流行には至らなかった。では、顔ちぇき!はなぜ人気を博したのだろうか。

“顔を用いた体験”を普及させるために必要なカギは?

久保さんは、2007年の顔ちぇき!ヒットの理由として「コミュニケーションツールの進化」を指摘する。

「おかおネット」がリリースされた2001年から顔ちぇき!リリースまでの間に、携帯電話でアクセスできるインターネットサービスが急増した。2001年に「魔法のiらんど」、2002年に「前略プロフィール」、2004年に「mixi」、「GREE」、2006年に「モバゲータウン」がサービス提供を開始。

個人がネットを通し、プライベートな事柄を不特定の誰かに発信することが当たり前になった(その後普及する「ブログ」や「SNS」のように、不特定の多数に発信することは、まだほとんどない。同じコミュニティ内の不特定の誰かとのコミュニケーションがさかんになった時代だ)。

「自身に似ている芸能人」「自身の顔の“偏差値”」を計測後、特定の誰かにメールで結果をシェアすることはおしつけがましい。かといって、自分を全く知らない誰かに送ってもつまらない。

自分の顔についての評価という、非常に個人的で特定の誰かには送りづらいが、コミュニティ内の不特定の誰かには話したくなるコンテンツが、この時期の新たなコミュニケーションの形にマッチしたのだという。

時代のコミュニケーションツールを意識した戦略でヒットを生み出す

ブログブームの後押しを得て、ネット上の口コミの波に乗ったことで人気を博した顔ちぇき!の一方で、性別変換フィルターをリリースしたSnapchatが、単なるカメラアプリでなくSNSとして機能していることに注目したい。

そもそもSnapchatとは、2011年にローンチされたSNS型カメラアプリ。写真や動画に加工を加えるカメラ機能、友人に写真を送れる連絡機能、写真をシェアできるSNS機能の主に3つを軸としている。連絡機能、SNS機能では送信・投稿したコンテンツが一定時間経過後「消える」という特徴があり、ユーザーはアプリ内に気軽に写真をシェアし合うコミュニティを形成している。

性別変換フィルターは、そのコミュニティにうまくマッチした。「自分が男性または女性だったらどんな顔?」というのはキャッチーでユーモアのあるコンテンツではあるが、 性別が変わっていても、自分の顔を投稿の残るSNSに他人にシェアするにはハードルがある人も少なくない。もちろん、その後ほかのSNSに投稿するユーザーも多く現れたが、FaceAppにはないコミュニケーションツールをSnapchatは用意できていたのだ。

2007年の顔ちぇき!とその12年後にリリースされるSnapchatの性別変換フィルター。どちらも自分の顔と携帯電話だけがあれば楽しめるWebサービスとして大きな話題となったが、ヒットの背景には、コミュニケーションツールとのマッチングがあったのかもしれない。

記事監修

久保友香
1978年東京都生まれ。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程(環境学)修了。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。専門はメディア環境学。2019年4月『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(太田出版)を刊行。

取材・文:伊藤紺

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