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「『図解が好きなんですか?』って、よく誤解されるんですよね」
そう話すのは、『ビジネスモデル2.0図鑑』のチャーリーこと近藤哲朗氏だ。Amazon Go、サイゼリヤ、ZOZOSUIT、俺のフレンチなど、注目のスタートアップ、ユニコーン企業、大企業の新事業のビジネスモデルをわかりやすく図解化した本作は、昨年9月の発売以降累計6万部を突破し、話題となっている。
しかし、近藤氏本人は図解自体に特別な思い入れがあるわけではないという。ではなぜ、近藤氏は図解するのか。そして、この図解を今後どのように発展させていくのか。話を訊いた。
“伝える”ためにたどり着いたのが図解
—ご著書、拝見しました。複雑なビジネスモデルを非常にわかりやすく図解されていましたが、以前から、図解にご興味があったのでしょうか。
「図解が好きなんですか」って、よく誤解されるんですよね(笑)。図解自体に深い意味はなく、いわばコミュニケーションツールなんです。伝わりづらい複雑な情報をそぎ落とし、シンプルに伝わりやすくするためのツールです。
—ではなぜ、ビジネスモデルを題材に選んだのでしょうか。
単純におもしろいからです。僕はAMPの記事を読んで、ニューヨーク発の保険サービス「Lemonade」のビジネスモデルに感動したことがきっかけで、初めてビジネスモデルを図解したんです。ビジネスって複雑じゃないですか。特に、ビジネスモデルは“儲けの仕組み”。 “仕組み”を人に伝えるのって難しい。
例えば、『ビジネスモデル2.0図鑑』ではビジネスにおける重要なヒトやモノの関係性を、矢印「→」で結んでいます。でも、この矢印を口頭で伝えるのってすごく難しいですよね。
—確かに、言葉で伝えると余計に複雑になるケースもありますね。
「ビジネスモデル」という名のついた本がたくさんあるんですが、それらの本って難しいんですよ。頭が良くて、専門的な知識をもった人には理解できても、ビジネスが苦手な人にはよくわからない。だから分かりやすくしたいと思ったんです。
—チャーリーさんの情報整理力のルーツはどこにあるのでしょうか。
建築ですね。大学、大学院で建築を専攻していて、その時に学んだ構造化の考え方がルーツになっています。
—構造化というのは具体的にどのようなことでしょうか。
複雑なことをきちんと伝えると、どうしても情報量が多くなってしまう。でも、多くの人にとって、情報量の多さが伝わらない原因になっているので、伝えるためには、情報量を絞る必要があります。そのためにはまず、情報に優先順位をつける必要があり、その優先順位をつけるためには、情報の構造化が必要なんです。
例えば、大枠に分けるとA、B、Cの3つのことを言っている情報があるとしたら、そのA、B、Cがどんな構造になっているかを探るんです。
「AとBは同じレイヤーだけど、Cは違うレイヤー」とか、「AとBが入れ子になっている」といった感じです。
—なるほど。「情報を伝える」ことが出発点にあり、そのために情報を構造化し、絞っていった結果、図解という形がベストだったんですね。
よくできている仕組みは“美しくあってほしい”
—『ビジネスモデル2.0図鑑』の図解はどれもシンプルで美しく感じます。図解する上でのこだわりはありますか?
建築界には「form follows function.」(=形態は機能に従う)という言葉があります。住宅は住宅としての機能に従って、美術館は美術館としての機能に従って形が生まれる。建物って、いろんな形にすることもできますが、僕は、あるべき機能やあるべき構造が形を生み出すことに美しさを感じるんです。
ビジネスモデルもそうで、仕組みがうまく成り立って、うまく循環していると、美しさを感じるんです。逆に言うと、「よくできている仕組みは美しくあってほしい」という気持ちもあって。図解で美しく表現できないものは完成されていないって思ってしまうんですよね。
『ビジネスモデル2.0図鑑』では、1つの事業を図解するにあたって3×3のマス目に収まる形で表現しているんですが、この3×3のマス目に収まるぐらい情報量が絞れず、美しく見せられないものは、今回除いているんです。そういう意味でいうと、もしかするとこだわりは人一倍強いかもしれないですね。
今後、図解はこう進化する
—今後、ビジネスモデル以外に図解を展開させる予定はありますか?
はい。『ビジネスモデル2.0図鑑』は、私がSNS上で呼びかけて生まれたコミュニティ「ビジネス図解研究所」で作り上げたのですが、ビジネス図解研究所では「ビジネスの感動を広げる」をミッションに掲げています。その中で、今後の展開としては2つの方向を考えています。
1つは、ビジネスモデル以外を開拓していくことです。『ビジネスモデル2.0図鑑』では、お金のことなどの深い内容には触れませんでした。でも、そういったビジネスの基本概念を下地として理解できていると、ビジネスモデルってもっとおもしろい。こうした下地となる知識をわかりやすくまとめた「ビジネスワード図解シリーズ」を、出版社とともに進めています。
—もう1つはなんでしょうか。
2つ目は「ビジネスモデルの拡張」です。現状、3×3のマス目に沿った図解が表しているのはひとつの事業についてです。また、とある瞬間をとらえたもので、時間軸の概念もないんです。これらは、図解をシンプルにわかりやすくするために決められたルールなのですが、最近、大企業の方から図解のご相談いただくことが増えて。
現状の図解では、ひとつの事業しか取り扱えないので、何百もの事業をこの図解で表現するのはかなり大変です。抽象度を上げていくことで、その会社全体の図解などもできたらいいなと考えています。
—全社図解、おもしろそうですね。
もっと言えば、産業の図解もできるかもしれません。Google、Amazon、Facebook、Appleなどの企業は、一社単独でももちろんおもろしろいのですが、それぞれの企業が競合でありながら、お互いにめちゃめちゃ発注しあってるんですよ。いわば、エコシステムなんです。このエコシステムを図解できたらおもしろいなと思って。
—事業から、会社、そして産業へとどんどん抽象度が上がっていく方向ですね。
一方で、事業をするための経営資源がありますよね。例えばこれを取り上げて、その詳細の図解をすることもできるかもしれません。抽象化ベクトル、具体化ベクトル、これらを合わせて「拡張」と呼んでいます。
—なるほど。先ほどおっしゃっていた時間軸のある図解も考えていらっしゃるんでしょうか。
ビジネスモデルとは徐々に進化していくものです。ここがこう変わったとか、ここに新たなステークホルダーができたとか、その進化の過程を追っていくことにも挑戦したいんですよね。ただそのためには取材が必要なんです。
やっぱり何か変化があった時には、意思決定があるので。どうして変えたのか、どう変わり、結果どうなったか。このあたりの情報にはすごく価値があると考えているのでやってみたいです。
—「変化があった時には、意思決定がある」というのはまさにそうですね。
最近、講演やワークショップに読んでいただくことが多いのですが、僕が毎日行けるわけでもないので、今、ビジネスモデルの書き方を説明するノウハウ本を作っています。図解の手法を共有し、広がっていけばいいなと考えています。
自分の好奇心が、社会の「善」とリンクすること
—チャーリーさんは自ら生み出した「手法」を隠すことなく、どんどん広めていますが、最終目標はどこに向かっているのでしょうか。
何を最終に置くかは難しいですが、一歩先の未来の目標としては 企業がSBC (Social=社会性、Business=経済合理性、Creativity=創造性)を意識することがあたりまえになり、倫理的な存在になるということです。
今の資本主義社会において、企業ってすごく重要なプレイヤーです。彼らがどう動くかによって、環境破壊が進んでしまったり、逆にいい社会に近づいたりする。何十年先かわかりませんが…自分が生きてる間にはそうなっていて欲しいという思いはあります。
—その目標がチャーリーさんを突き動かす原動力にもなっているのでしょうか。
どちらかというと、僕は自分がおもしろがっていたいんです。最初にも少し言いましたが、ビジネスモデルもおもしろいからやってるんですよね。
個人の「好き」とか「感動する」とかいうような気持ちが一番強いなと思うんです。「これが正しい!」って言ったら「そんなの間違ってる!」って言われるかもしれないけど、「これが好き!」に対して「そんなの好きじゃないでしょ!」とは誰も言えないでしょう(笑)。もちろん正しい、正しくないという話も大事だとは思いますが、好奇心とか感動とか、心が動かされる瞬間を大事にしています。
企業が倫理的な存在になることは目標ですが、目的ではないんです。自分が感動するものを求めている状態が、僕の良い状態なので、そこにいたい。その部分は自分本位ですね。自分の好奇心と社会の“善”がリンクしたら、すごくいいなと思っています。
- 近藤哲朗
- 株式会社そろそろ代表取締役。ビジネス図解研究所主宰。千葉大学大学院工学研究科修了後、面白法人カヤックに入社。2014年、面白法人カヤックで出会ったメンバーと株式会社そろそろを創業。ビジネスモデルを図解するシリーズを発表したところ、8社の出版依頼を受けるなど大きな話題を集め、2018年9月に書籍「ビジネスモデル2.0図鑑」をKADOKAWAより発売。Amazonカテゴリ1位、6万部を超えるベストセラーに。現在は約50人体制の有志組織「ビジネス図解研究所」を運営し、「ビジネス×図解の追求」をコンセプトに、書籍制作を行いながら、企業向けにビジネス図解のコンサルティングや講演を行う。
取材・文:伊藤紺