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福岡ソフトバンクホークスの快進撃を影で支えているのは、AI(人工知能)・IoTなどの最新のテクノロジーを活用しているからだという。
近年どの分野でもAI(人工知能)の活用が進んでいるが、スポーツも例外ではない。最新の機器を使用して新しいデータを発見して分析し活用することにより、これまでにない戦略、トレーニング方法を編み出すことが可能になった。
今回話を聞いたのはライブリッツ株式会社の代表取締役社長を務める村澤清彰氏だ。村澤氏はAI(人工知能)を使いさえすれば勝率を上げられるほど単純なものではないという。ならば一体どのようにテクノロジーを活用して、球団の勝率を着実に上げたのか。
またライブリッツ株式会社では現在球団の勝率を上げる仕組み作りだけではなく、データを活用して、ファンにより野球を楽しんでもらうためのコンテンツ提供も行っている。
次世代のスポーツはテクノロジーと関わることによりどうなっていくのか。村澤氏が見据えているスポーツとテクノロジーの未来を聞き出した。
テクノロジーの活用が、野球データの新たな分析を実現した
はじめに村澤氏にライブリッツが提供している、球団を強化するためのシステム「Future Fastball」導入の実績について教えてもらった。
村澤 「これまで「Future Fastball」を導入いただいたチームは複数あり、特に福岡ソフトバンクホークス様は2014、2015、2017、2018年と立て続けに日本一という成果を挙げていただいています。
この実績を見ればプロ野球でもデータがあるかないかで結果が変わってくることは証明されていると思います」
そして実際どのようにデータを活用し勝率を上げているのか、ライブリッツがホークスに提供する”野球選手トラッキングシステム「Fastmoiton」”の仕組みについて詳しく聞いた。日本球界では取得できていなかった守備や走塁動作等のデータ化に初めて成功したという。
村澤 「「Fastmoiton」とは福岡ヤフオクドームなどに設置している専用のカメラで試合などを撮影し、その映像をデータ化して分析している”野球選手トラッキングシステム”です。
ピッチャーやバッター、キャッチャーなどそれぞれのポジションが守っている位置をキャプチャーして、選手が試合中どう動いていたかというのを細かくデータ化しています。
このシステムによってこれまでできなかった守備と走塁の分析が可能になりました。今までの守備は位置や選手の動きに対して、経験や感覚などに頼っていた面がありました。
しかし、守備の定量的なデータが取れるようになったことにより、被安打の結果と照らし合わせて戦略などの効果を検証できるようになったのです。
また各ポジションが一年間でどれだけ走ったかなどをデータ化できるようになったため、最も走行距離が長いのはセンターやライトで、サードは実はファーストより動いていないといったことが明らかになっています。データ化が進んだことにより、守備の苦手な選手がライトにつく”ライパチ”という過去の概念は覆ったのです。
また走塁では各選手の走塁の技術を定量的に評価できるようになりまました。
例えば一塁と二塁に走者がいる時にバッターがボールを打つとします。その時、二塁走者は打つ手前から走っており、打った瞬間もスピードを保っていることがグラフからわかります。また一塁走者は一度止まるような動きをしますが、トップスピードになるまでの時間は二塁走者よりも一塁走者の方が短いということも分かります。このように映像を解析することで選手の走塁のクセも把握できるようになりました」
さらにこのシステムを導入したことで、より正確なデータを手に入れることが可能になったと村澤氏はいう。
村澤 「システムを導入する前も、走行時間などはスコアラー(試合経過や得点を記録する人)の方がストップウォッチで計測していたのですが、人力なので1プレイにつき1人の選手を計測するのが精一杯です。
しかしそれに対してAI(人工知能)を使えば、それぞれの選手にスコアラーが付いているようなものなので、野手9人、走者3人に打者を加えた13人の計測が可能です。
また手作業ではないためデータの正確性が高くなり、移動距離も測れます。システムによって大量で正確なデータを取得できるようになったのです。
選手の動きをすべてデータ化できるようになったので、例えばヒットのときにきちんと外野の選手がカバーに入っているなど、ボールの動きとは直接は関係ない時の守備の評価もできるようになりました」
次世代を育てる戦略がデータの活用によって進化する
”野球選手トラッキングシステム”を導入したことにより、以前は取れなかった新しい正確なデータが取得できるようになったが、実際そのデータをどのように練習や戦略に落とし込み、勝率を上げているのだろうか。村澤氏に具体的な活用事例を訊ねた。
村澤 「例えば、チームのポジション別に強いところと弱いところがわかるので、データを活用して二軍選手の中で活躍できそうな選手がいるかどうかを確認できますし、どのポジションの選手を取るべきかと、トレードの資料にもできます。次世代を育てる、チーム強化の計画を立てるといった戦略に役立てていただけます。
また選手は、例えば自分が左ピッチャーで、今まで対戦したことがないバッターと対戦することになったとします。
自分ではない左ピッチャーがそのバッターと対戦して打たれた時はどんな回転で投げ、またどういう球種が打たれたのか、逆に、抑えた場合はどんな球種だったのかなどを、映像とデータで振り返れます。そのため過去のデータを踏まえて打たれないためにはどうしたらいいかというイメージトレーニングができます」
これまではスコアラーやスカウトだけが保持していたデータも、クラウドサービスに保存することで選手やコーチもモバイルアプリからデータを直接見ることが可能になったという。
村澤 「スコアラーやスカウトの方達がそれぞれ持っていたデータを蓄積し、スマホなど端末からも見られるよう、モバイルアプリをつくってデータにアクセスできるようにしました。
いつでもデータの報告、閲覧ができますので、選手一人ひとりがデータを活用できるようになったのです」
データによって選手の新たな一面が見つかる。ライブリッツが提供する野球ファン向けコンテンツとは
ライブリッツはチームの強化に加え、球団ビジネスの支援やファンがこれまで以上に野球を楽しめるよう、データを活用したコンテンツの提供も手掛けている。
村澤 「読売巨人軍様に向けて球団ビジネスの中心となるファンサービス戦略を実現するシステムを構築し、2019年シーズンに向けてファンクラブサイトを一新しました。
また公式オンラインショップもリニューアルし、選手の成績や試合結果などのデータをもとにした新たなコンテンツサービスも開始しました。巨人軍様は当システムを活用してファンサービスを拡充するとともに、球場内外での新たな野球の楽しみ方をファンに提供していかれる考えです」
さらにライブリッツでは2018年よりNPB(日本野球機構)と協力して、NPBが保持する約20年分のデータを活用できるデータプラットフォームを構築し広く提供しているが、このたび、このプラットフォームを活用して、ファン向けのサービスも始めた。
村澤 「先日、プロ野球を様々なデータの面から楽しむウェブサイト「みんなのプロ野球情報ステーション『キューステ!』」をオープンしました。野球ファンはもちろん、そうではない人も楽しめるサービスにしていきたいと思っています」
正確性の高いデータを大量に活用することによって、ファンが野球を楽しめるポイントもどんどん増えていくと村澤氏はいう。
村澤 「例えばスピードガン(動いている物体の速度を測定する装置)が導入される前は球速が分からなかったので、ファンの間で『Aの選手とBの選手、どちらが投げた球が速いか』といった議論があったと思います。
しかし球の速度が正確に測定できるようになり、新聞やテレビが取り上げるようになったことで、ファンも選手が投げる球の速さを数字で捉えられるようになりました。あの選手は150kmだから速いとか、自分が投げても100キロが限界だからプロ野球選手はすごい、というように。つまりデータが増えることによってこれまでよりも野球選手の能力を表現しやすくなるため、プロ野球選手のすごさがより伝わりやすくなります。
また投球が縦や横に変化する量が著しいことで三振が取れる投手や、走塁技術が高いため盗塁がうまい選手がわかったりと、データによって選手の長所、見所が明らかになるため、ファンの楽しみ方も多様になるのではないかと思います。『自分の好きなピッチャーは球を投げるのは遅いかもしれないけれど、変化量は天下一品だ。』『いや、自分が好きなのはやっぱり速球派の投手だ』というような会話が増えたらおもしろいのではないでしょうか」
逆転の発想でビジネスにデータを活用することから始める。他スポーツへの取り組み、そして今後の展望
今後野球以外のスポーツにもデータを活用するシステムを提供する展望があるのか村澤氏に訊ねたところ、野球以外の他のスポーツには“逆転の発想”で進めていく、という言葉があった。
村澤 「サッカーチームにもチーム強化のシステムを導入しています。ほかのスポーツにも広がっていけばと思ってはいますが、ビジネスとして成り立っているプロスポーツチームはあまり多くなく、チーム強化のためのIT投資にあてる予算が十分はないのが現状です。
そこでまずは、売上や利益を向上するシステムでご支援するのがいいかもしれないと考えています。
読売巨人軍様での取り組みのように、データを活用してファンサービスを拡充したりECなどオンラインでの売上を増やしたりできたら、その次に、その利益でチーム強化システムに投資できたり試合会場にIoTの機器を入れてデータ分析を進めたりと、チームの強化を進められるのではないでしょうか。
野球では球団を強くするためにデータを活かしましたが、他のスポーツの場合、はじめはビジネスのためにデータを活かすご提案をする・・・このように逆転の発想で進めていくとより受け入れていただきやすく、スポーツの発展に貢献できるのではないかと思っています」
野球に限らずどのスポーツでも今後AI(人工知能)やVR(仮想現実)といった最新のテクノロジーが導入され、現状では予測できない戦略が展開されていく可能性は高い。
しかしデータを活用することで躍進するのは勝率だけではない。試合で注目すべき点や選手のより細やかな特徴など、何度も試合に足を運んでいるファンでも、データによってまた新たな野球の一面を発見できるようになったのだ。
テクノロジーと組み合わさることで見出される新たなスポーツの一面を、楽しみに待っていたい。
取材・文:片倉夏実
写真:國見泰洋