最近のキャッシュレス決済で認知度が高まったQRコード。元々は製造や物流、小売業界などで使われていたバーコードに代わるものとして、1994年に開発された。

大容量の情報を格納でき、読み取りがスピーディー。そんな特徴を活かして、この度、都営地下鉄がホームドアの開閉制御システムにQRコードを採用した。

安全性の面からホームドアの設置が進む

都営地下鉄では、平成12年に都営三田線をツーマン運転からワンマン運転に切り替えるためにホームドアを設置。「元々は乗客と走る電車を物理的に隔離することを目的に、ホームドアを設置したのですが、取り付けた結果、転落事故が明らかに減り、バリアフリーの観点でも評価されました」と、東京都交通局の岡本誠司氏は言う。

その後、平成18年6月に公布された国土交通省の「バリアフリー新法」に、「鉄軌道駅のプラットホームにホームドア、可動式ホームさく、点状ブロックその他視覚障害者の転落を防止するための設備を設けること」という項目が追加され、1日の利用者が10万人以上の駅には、ホームドアの設置が義務付けられた。


東京都交通局 車両電気部 信号通信課 統括課長代理 岡本誠司氏

ホームドア設置の課題はその費用の高さ

「ホームドア設置の流れができ、都営地下鉄は4線あるので、他の路線にもホームドアを導入していこうと舵が切られました。平成25年に大江戸線の全駅に設置。そして今、行っているのが、都営新宿線のホームドアです。こちらはツーマン運転ですが、転落事故防止のためにホームドアを取り付けています。この夏には全部付け終わる予定です」と岡本氏。

しかし、単にホームドアを取り付けるだけでなく、車両扉の開閉操作に合わせてホームドアが連動して動くよう、車両を改造する必要があるのだとか。その理由について岡本氏は次のように語る。

「ホームドアを開け閉めして、車両も開け閉めする2段階操作にすると、乗務員の負担が増えます。ホームドアを閉め忘れる危険性もあるので、操作を着実に行うためには電車の停車時間が延びることも考えられます。そうなると今まで通りのダイヤが組めなくなります。従来通りの操作や運行ができるよう、車両に通信装置を設置し、地上のホームドアに開閉の指示を出すようにしています」

ホームドアの設置に加え、車両の改造も必要になるので、それらを総合すると、1駅当たり4~5億円(日刊工業新聞の取材による)の費用が必要になるのだそう。この費用が課題となり、なかなかホームドアの普及が進まないのが現状だ。


車両からの通信を受けてホームドアが開閉。


線路の間に設置されたアンテナ。車両が止まる同じ位置にもアンテナがあり、車両と地上の交信をすることで、扉の開閉をホームドアに伝える。

新型QRコードをホームドア制御システムに活用

都営浅草線でもホームドアを取り付ける検討を行うが、同線に乗り入れする他社の合意が取れず、まだ取り付けられていない。

「都営浅草線には京成線や北総線・成田スカイアクセス線、京急線が乗り入れしています。浅草線の駅にホームドアを付けるためには、その路線を走る全ての電車を改造しないと、ホームドアの開け閉めができないことになります。相互直通運転では、各社が持っている車両は各社で改良するという決まりがあるので、各社に車両の改良を打診したのですが、合意が取れないままになっていました」と、岡本氏はこれまでの経緯を語る。

全ての駅にホームドアを取り付けるのなら各社も合意するだろうが、都心から離れた駅では1日の利用者が10万人を超えない駅も多い。車両を改良するためにコストと時間をかけても、そのメリットが自社には出てこないので、なかなか同意できないというのが、協議が難航している理由。

そこで考えられたのが、今回の新型QRコードを活用した方法だ。ホームの上に取り付けられたホームドア開閉制御システムで車両扉のQRコードを読み取り、その動きから扉の状態を検知し、ホームドアの開閉を行う。乗務員は従来通り、扉の開け閉めの操作をするだけ。各車両にQRコードを貼るという作業が発生するものの、車両を改造することはないので、費用は格段に抑えられるのだそう。

新型QRコードを用いたホームドア開閉制御システム。QRコードは左右対称に貼られ、戸袋からQRコードが顔を出した時に素早く読み取れるよう、QRコードの外側の枠が一部、点々になっている。

とはいえ、QRコード自体が汚れたり、はがれたりして、誤動作することはないのだろうか?

「QRコードを印刷する素材やインクを検討し、印刷の仕方にも工夫しています。印刷の顔料はカーボンなので、日に焼けて消えてしまうことはありません。上に透明のフィルムを重ねることで劣化を防ぎ、反射しないようにマット面にもしています。耐久面では何度も試験を重ねて、10年くらいは利用できるものになっています」と岡本氏。

「読み取りの精度を上げるために、QRコードのドット自体を大きくしています。ホームドア開閉制御システムは高い位置にありますが、QRコードは斜めからでも素早く読み取ることができます。仮にホームドアの前に2mの人が立ったとしても、車両のQRコードが隠れることはありません。

QRコードには全部が読み取れなくても、隠れたり、汚れたりした部分を補完する機能があるので、仮に読めない部分があったとしても、50%が読めれば補完できます。QRコードは車両の3ヵ所に取り付けますが、その内の2ヵ所から同じ情報が取れれば、それで制御するようにもなっています」

QRコードには多くの情報が保存できるので、車両ごとのドア数や編成車両数の情報を格納。車両がホームに到着したら、各車両のQRコードを読み取るので、8両の車両が停車できるホームであっても、情報に合わせて4両分、6両分といった形でホームドアが開く仕組みだ。

都営浅草線では新駅、大門駅、三田駅、泉岳寺駅の4駅から先行して、このシステムと連動するホームドアを設置。2019年10月頃から新橋駅での運用を開始する見通し。そして令和5年度末には、東京都交通局の管理駅全てにホームドアの設置を目指す。

「QRコードに目を付けたのは、動作が確実に読み取れ、その精度が高いことから。今では様々なQRコード決済に利用されていますが、それは中に様々な情報を格納できるからです。データを読み込んだ空間の座標もデータとして取ることができるので、扉の開閉を察知できるのはないかと、QRコードを開発するデンソーウェーブに声をかけ、共同開発がスタートしました。

QRコード自体が今年25周年で、読み取り装置が普及しているので、コスト的にも抑えられるのではないかと考えたのも大きいですね。QRコード自体も工夫し、専用の特殊なコードになっているので、お客さまがスマホをかざしても情報を読み取ることはできません。

QRコードを貼る位置にはたいてい広告が貼ってあるので、車内からQRコードの裏側が見えることもありません。ホームに止まっている時間は長くても30秒くらい。その間ドアは開いて戸袋の中に入っているので、停車している間にいたずらされることも少ないと考えます」と岡本氏。

ホームドアの制御システムはホームドアメーカーが作って、ホームドアとセット販売されることが多いそうだが、この新型QRコードを用いた制御システムなら、すでに設置してある駅でも後付けできる。車両の改造も必要ないことから、メンテナンスの手間やコストが削減できるので、今後、このシステムを採用するホームが増えるかもしれない。今後、QRコードは駅でも頻繁に目にするようになるだろう。

※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。

取材・文:綿谷禎子