令和を迎えた日本で、最も変革を迫られている産業の一つが農業だ。
環太平洋連携協定(TPP)を受けて、日本の農業はグローバル競争に突入している。にもかかわらず、担い手の減少が急速に進んでいる。平成の30年間で、農業従事者は400万人から170万人へと激減。さらに170万人のうち68%を65歳以上が占めており、高齢化も待ったなしの状況だ。

今まさに岐路に立つ、日本の農業。現状を打破する一手と目されているのが、農業とテクノロジーを掛け合わせた“アグリテック”だ。農産物の直売ECサイト『食べチョク』を運営するビビッドガーデンも、こうしたプレーヤーのひとつ。中小規模農家の流通・販売経路を開拓し、農業を「稼げるビジネス」にアップデートしようと試みているのだ。

創業者でCEOの秋元里奈(あきもと りな)氏は、DeNA出身の28歳。元祖テックベンチャーを飛び出し、農業の「旧態依然」に挑む彼女に話を聞いた。

秋元里奈
株式会社ビビッドガーデンCEO
1991年生まれ。株式会社ビビッドガーデン代表取締役。神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学を卒業後、新卒で株式会社ディー・エヌ・エーへ入社。webサービス、営業、新規事業の立ち上げ、スマートフォンアプリの宣伝プロデューサーを経験。2016年11月にビビッドガーデンを創業し、2018年には4,000万円の資金調達を実施。

儲からない、報われない、やりがいもない。「継がせたくない」日本の農業

――本日はよろしくお願いします。秋元さんは慶應義塾大学を卒業し、新卒でDeNAに入社し、その後25歳で起業されたとのことですが、なぜIT業界から農業に参入しようと考えてたのでしょうか。

秋元:農業に関心を持っていた理由としては、私の祖父母が農家だったことが一つの原体験です。とはいえ、新卒でDeNAに入社したときから「起業したい」と思っていたわけではありませんでした。新しい事業作りには興味があったのですが、やりたいことは見つからなくて……。当時はコンプレックスでしたね。

――秋元さんは、初めから起業にモチベーションがあったわけではないのですね。では、どのようなきっかけでビビッドガーデンの立ち上げに至ったのですか?

秋元:社会人になってから久しぶりに相模原の実家に帰って、変わり果てた農地の風景に愕然としたんです。小さい頃に遊び場にしていた畑は、ほとんどが更地になっていました。その現状に課題を感じて、週末に趣味として空いた農地の活用方法を検討し始めたんです。

実際に農業の当事者になったことで業界の抱える課題やアナログさを目の当たりにし、ビジネスとして取り組む意味を感じて起業に至りました。

――日本の農業が直面する課題を肌で感じたのですね。その中でも深刻なのが、担い手の減少と高齢化です。秋元さんは、その要因をどのように分析していますか。

秋元:農業には、頑張っても報われる仕組みがないことだと思います。収入面でもモチベションの面でも、農業を続ける意義を感じにくいのです。これは、ビビッドガーデンが今まさに取り組んでいる課題でもあります。

――「頑張っても報われない」ですか。詳しく伺えますか。

秋元:はい。収入面では、収穫や売値が天候に左右されることと、生産者に価格決定権がないこと、そして多くの中間業者を介することによる利益率の低さがネックです。生産者の取り分は、小売価格の約3割しかありません。手塩にかけて育てた作物が正当な価格で売れなければ、モチベーションも高まりません。

また、既存の流通構造に乗るとと消費者の顔が見えにくくなります。ただモノを作って市場に供給するだけの生産者になってしまうことも、報われなさを感じる要因ではないかと思います。

農家の方にお話を聞くと「子どもに後を継がせたくない」という声が多いのです。彼らが十分とは言えない対価とやりがいで農業を続けているのは、土地を守るためであったり、自身のこだわりや信念があるから。

でも、それを次の世代に引き継ぎたくないとおっしゃいます。私自身も、母に「農業は儲からない。安定した公務員になってほしい」と言われていました。

むしろ、どこがうまく行っているんだろう? ITの常識が、農業では最先端

――ビビッドガーデンは、こうした現状をマーケットプレイスづくりで変えようとしています。農家直売のECサイト「食べチョク」は2017年のリリース以来、登録農家が300軒を超えるなど好調ですね。競合も多い中で、成功の秘訣を教えてください。


同社が提供する「食べチョク」ウェブサイト

秋元:最初は生産者の繋がりは皆無でしたが、想いを伝えるうちに生産者の抱える課題を本気で解決しようとしていることが伝わり、地道に少しずつ賛同者が増やしました。またIT業界での知見を活かして、生産者だけでなく、実際にサービスを使ってくれる顧客の目線も大切にしている点も評価していただいています。

直売サービスも、鮮度だけをメリットに使ってくれる顧客はそこまで多くありません。スマホファーストで快適に注文できるのは当たり前で、苦手な野菜を指定できたり、レシピの提案をするなど、いかに直売のデメリットをなくすかを考えています。

ビビッドガーデンのメンバーはIT業界出身者が多いので、サービス作りにおいてもIT業界で当たり前に重視していることを追求しています。

――「IT業界の当たり前」を追求している、と。確かにIT業界であれば、ユーザーファーストを意識しない日はありませんね。

秋元:そうですよね。でも、農業では、その「当たり前」が驚くほどに浸透していません。農業は他のレガシー産業と比べてもテクノロジーの導入が圧倒的に遅れている印象を持っています。「むしろ、どこがうまく行っているんだろう?」という状況です。

確かに、ドローンの活用や収穫ロボットといった生産技術は進化しつつありますが、これは設備投資ができる大規模農家向けの取り組みです。農業従事者の94%を占めているのは、私の実家のような中小規模の農家で、彼らに向けたサービスはまだまだ少ないのが現実です。だからこそ壁にぶつかることもありますし、IT業界での経験が貢献できることも多いと考えています。

――とはいえ、国内の農業マーケットは右肩下がりに縮小を続けています。何か追い風を感じることはありますか。

秋元:タイミングに恵まれ、農家さん側の当事者意識が強まってきたように思います。また、農家さん側が代替わりの時期を迎え、40〜50代の若い方が後を継ぐことが増えてきました。ビビッドガーデンの取り組みに賛同いただきやすい土壌ができていると思います。

実際に『食べチョク』は、本リリースの前に60軒もの農家さんが参加してくれました。これは農業系ECの中でも異例の反応です。

正攻法のない道を行く。DeNAで学んだ、レガシー産業×Techの思考法

――秋元さんは、DeNA時代にもレガシー産業とテクノロジーの掛け合わせに挑戦していたそうですね。既存の業界にITを組み合わせるときに意識すべきことは何でしょうか。

秋元:はい。DeNAでは不動産と小売業界の新規事業に携わっていましたが、そこでも痛感したのは、現場の方々への理解を持つことが何よりも大切だということです。価値観も常識も、IT業界とは何もかもが違います。

――顧客理解が何より大切だということですね。一方で、それはtoC向けのマーケティングでも同じことが言えるかと思います。toB、しかもレガシー産業ならではのポイントを教えてください。

秋元:情報の深さと、正攻法の有無ではないでしょうか。レガシー産業向けビジネスの場合、最大の壁は業界言語・常識の違いです。連携をしたいのであれば、自分たちを「よそ者」「初心者」と感じさせないほど精通することが必要です。

業界ならではの商習慣を知ることはもちろん、現在の課題がどんな時代背景のもとで起きたのかを把握しないと的はずれな事業になってしまいます。また、一般消費者へのマーケティングにはいわゆる「正攻法」がありますが、レガシー産業向けビジネスに確立された方法論は今のところありません。

とにかく現場に足を運び、当事者の声を代弁できるほどに深く関わるほかないと思っています。

――「レガシー産業×Tech」の組み合わせは、一見すると先進的で華やかに見えます。連携に至るまでには、地道で泥臭い努力が必要なのですね。

秋元:おっしゃる通りです。卓上の議論、頭でっかちな状態では誰も賛同してくれないですし、本質的な課題にも気付けません。農業はとりわけアナログかつ村社会的な空気が強い業界なので、現場での泥臭い経験はとても大切です。私も農家さんのもとへ何度も足を運んでいます。

「時間が、ないんです」目指すは農家のワンストップ支援

――ここまで、日本の農業の課題と、ビビッドガーデンがどのように挑戦を続けてきたかをお聞きしました。将来の展望についても伺えますか。

秋元:現在は農業ECとして『食べチョク』を運営していますが、今後は単なるマーケットプレイスだけではなく、中小規模農家が最適な販売経路が見つかるプラットフォームへと広げていきたいです。「生産者の課題を解決したい」という想いは創業以来変わりません

農家の皆さんが安心してこだわりをもった農産物を育てることに注力できるよう、生産管理から販売までを一気通貫して支援できたらと思っています。

――農家をワンストップで支援し、農業をビジネスチャンスとやりがいのある業界に変えていこうとしているのですね。そのために、今後はどのような取り組みをしていきますか。

秋元:まずは現状のサービスを成長させることです。これまでほぼマーケティングコストをかけずに運営してきましたが、これからは本格的にユーザー獲得のペースを上げていきます。事業拡大にアクセルを踏むために、次の資金調達も考えています。

農業系ECの分野には、まだまだ成功事例も少なく、先ほどお伝えした通り競合も多いのが現状です。すぐに成果が出る領域ではないことは承知していますが、何年もかけているわけにはいきませんから。日本の農業には、時間がありません。

――時間がない、といいますと?

秋元:日本の農業には、担い手側のタイムリミットがあります。日本の農業従事者の平均年齢は約67歳です。1年1年で、高齢化が進み、農家を廃業する方も増えていきます。5年も待っていたら農家さんがいなくなってしまいます。のんびりしていたら解決できる課題も解決できませんから、一刻も早く会社を成長させないといけないと思っています。やるべきことは見えているので、あとはひたすら進むのみです。

――秋元さんの強い決意に、心を打たれました。本日はありがとうございました。

取材・文:中山明子
写真:西村克也