2020年の東京オリンピック・パラリンピック開幕まで間もなく1年を切り、今年9月にはラグビーワールドカップ大会が日本全国12ヶ所で開催される。日本を舞台とした大イベントを目前に、スポーツビジネスへの注目度は年を追うごとに高まっている。政府もスポーツ市場を2025年までに15 兆円規模へ拡大する目標を掲げるなど、期待の大きさが見て取れる。
しかし、日本のスポーツビジネスは、成長に向けていくつもの壁を超えていく必要がある。その一つがスポーツチームの収益性の低さだ。調査によれば、レアル・マドリードと日本のサッカーチームの収入格差は10倍以上だという。
そんな課題に対し、ITとマーケティングの知見を武器に挑んでいるのが株式会社Speee(以下Speee)だ。企業のマーケティング支援や事業開発を行う同社は、2019年5月にプロサッカークラブ「横浜Fマリノス」と、マーケティング支援を行うと発表した。
天候や選手のコンディションをはじめ、不確実性の高いスポーツビジネス。その世界に、Speeeはデータに基づくマーケティング手法を導入しようとしている。今回は、その狙いや舞台裏を、PAAM事業部 部長の大宮拓(おおみや たく)氏に聞いた。
- 大宮拓
- 株式会社Speee マーケティングインテリジェンス事業本部/PAAM事業部部長。
2012年にSpeee入社。当時のWEBマーケティング事業部で大手クライアントの開拓プロジェクト責任者を経て、2013年10月より事業責任者としてアドテク事業の立ち上げから事業グロースまでを担当。2015年にネイティブアドプラットフォーム事業を創出し、2018年10月よりデータ領域の新規事業であるPAAM事業(Predictive Analytics and Marketing 事業)の責任者を務める。
天候、選手、対戦カード……変数だらけのスポーツビジネスをデータで攻略
――幅広い企業のマーケティング支援を手がけているSpeeeですが、このたびサッカークラブである横浜Fマリノスとの連携に踏み切った背景を教えてください。
大宮:前提として、横浜Fマリノスとは以前よりお付き合いがあり、約1年にわたってクラブの広告運用をサポートしています。具体的には、試合の集客効果を高めるためにWeb広告の効果を測定したり、潜在層のファンを増やすためのweb広告企画づくりを弊社で担当しています。
今回の契約ではSpeeeが4月から提供を始めたマーケティング支援サービス「PAAM(Predictive AnalyticsAnd Marketing、パーム)」を導入し、広告だけでなくデータを活用したマーケティング活動を支援することになりました。
――横浜Fマリノスに対しての支援を、広告運用からマーケティング全般に広げたのですね。「PAAM」はどのようなサービスなのですか?
大宮:PAAMは、マーケターの意思決定をサポートするサービスで、データの収集・分析から実際のプロモーションまで、一連の流れを提案できるのが強みです。
活用例としてはトヨタ自動車の高級車「レクサス」の顧客コミュニケーションや、人材大手リンク・アンド・モチベーションの新サービス拡販などで実績があります。横浜Fマリノスへは、Speee側からPAAMの導入を提案させていただきました。
――数あるクライアントの中から、横浜FマリノスにPAAMを提案したのはなぜですか?
大宮:多様・多量のデータがあり、マーケティングの難易度が高い領域で取り組みたいと思ったためです。スポーツビジネスは、マーケティングの変数が非常に複雑です。
例えばサッカーであれば試合の来場者数は当日の天気や対戦相手によって左右されますし、選手のケガや移籍も大きなインパクトを与えます。ローカルチームであれば、地域性もカギになります。しかし、こうした変数の多さに対して年間の試合数は少なく、テクノロジーを使わずにパターン化することは困難です。
現在は消費行動が多様化しており、ただでさえ変数の多い業界で、人力ですべてのデータやインサイトを読み取るには限界があります。テクノロジーが助けになれることが多いと感じました。
――PAAMを活用すると、具体的にどのようなことが可能になるのですか。
大宮:現在はデータ収集・分析のプラットフォームづくりを行っている段階ですが、ゆくゆくは様々なデータを掛け合わせて、広告投資を最適化できます。
例えばある消費財においては、ロイヤリティの高いユーザーはどんな人で、どういう行動をし、何が購入に繋がっているかを分析し、プロモーションや製品戦略に活かすことを進めています。
ロイヤリティの高いユーザーの態度変容を、定量データや定性アンケート、オンライン・オフラインの広告出稿データといった多様なデータをつなぎ合わせ、その製品を購入する可能性のあるユーザー像をシャープにすることができます。このようにデータから傾向を掴み、ロジカルな投資判断ができる状態を目指せます。
強いチームをつくるのは「勝つためのデータ」だけではない
――マーケティングの現場では、データを整理・分析する負担が大きく、せっかくのデータを実務に生かしきれていないという声も聞かれますね。
大宮:おっしゃる通りです。特にスポーツチームでは、マーケティングデータに向き合える人員も時間も確保できていないのが最大の課題です。
Jリーグでも、マーケティング人材は本当に少数で、各クラブで数人程度ではないでしょうか。彼らは多くの業務を抱えているので、データを分析する時間がとれていません。試合に足を運ぶと、マーケティング担当者も、観戦客の誘導など行っています。
――そこまでの人員不足ということは、スポーツ業界では、データ活用への意識が薄いのでしょうかか?
大宮:いいえ、決してそういうわけではありません。スポーツチームでは、試合に勝つためのデータ活用は非常に進歩しています。例えば試合の戦略づくりは徹底的に競合チームのデータを分析しますし、試合中は選手の心拍数や走行距離に至るまで端末で記録しています。
スポーツ中継でもテロップが表示されますよね。収集したデータは練習メニューの設計にも役立てられています。このように、スポーツ産業にはデータ活用の土壌があるにもかかわらず、マーケティングは手付かずなのが現状です。
――その理由はどこにあるのでしょうか。
大宮:試合に強いチームを作ることが、すなわち魅力的なチームづくりになるという思考が強いのではないでしょうか。確かに戦績のよいクラブは強い選手を惹きつけ、観客も熱心に応援するのでチームの強化につながるかもしれません。
一方で、これは鶏と卵の問題ではないかとも思います。応援してくれるファンがいるからこそチームとしての魅力が生まれ、話題性ある選手をリクルーティングできる側面もあるでしょう。
これからは投資を「試合に勝つための方法」以外にも促していくことが必要です。つまり、サポーターや選手のファンに対するサービスを見直したり、新たなファンを生むための仕掛けを考えていくことが必要ではないでしょうか。
マーケターに、顧客と向き合う時間を取り戻したい
――ここまでのお話を総合すると、スポーツビジネスをさらに成長させるためには、マーケティング視点でファンを獲得することが必要だと。具体的にどのような取り組みが必要でしょうか?
大宮:試合の前後での顧客体験を向上することだと思います。試合の空き時間や、選手との交流、スタジアム周辺の環境までをコンテンツとして捉えることが必要です。
そのためにも、テクノロジーによってデータ収集やレポートにかかる負担を極力ゼロに近づけ、マーケターの方々が本質的な業務に注力できる時間を作りたいと思っています。
それは、どうやったら顧客が喜んでくれるか、どういうコンテンツがあったらファンになってくれるかなどに時間を使っていただくことだ考えており、これは、まさにPAAMが目指していることです。
――例えば、顧客の体験向上のためにどうやってPAAMを活用できますか。
大宮:雨の日の来場が少ない場合、どういうコンテンツがあったら顧客が喜ぶ体験を提供でき、来場につながるかを考える必要があります。
例えば、データを見てみると、雨の日でも来場が増えているランドマークがある。ランドマークのSNSデータを見てみると、雨の日にInstagramの投稿が増えている。詳しく見てみると、カラフルなレインコートを着て行くことが「インスタ映え」として人気が出ていることが分かった……データでここまでの示唆をスピーディーに得られたら、従来集計や分析に使っていた時間を活用し、実際にランドマークの現地に行ってみたり、ユーザーの声を聞きながら、自分たちの企画づくりに生かすことができますよね。それが顧客体験の向上につながると考えています。
――データを活用して時間を創出することでユーザーに寄り添った企画を生み出せますね。
大宮:一人のサッカーファンとしても、試合の楽しみ方にもっと多様性があればいいと思っています。初めてスタジアムに来た人にとっては、楽しみ方をレクチャーする場がまだまだ少ないですし、全てのコアファンがゴール裏で応援したいわけでもありません。
ビジネスにおいては、いかに顧客を囲い込み、ビジネスのサイズを大きくしていくかが大切です。スポーツは特にファンの基盤づくりがすなわち顧客基盤になるので、マーケターが消費者と向き合う時間をつくる意義は大きいと思います。
追い風が吹くスポーツビジネスに、今こそデータを
――インタビューも終盤です。PAAMの今後の展望をお聞かせください。
大宮:PAAMの汎用化を進め、導入の障壁を下げていきたいです。現在はフォーマットづくりのためにも一定以上の規模の企業を支援していますが、将来的にはより小規模なチームや、今マーケティングがうまく活用できていない領域のマーケティングもサポートしていきたいです。マーケティングを行うリソースに悩んでいる人達にこそ、データが役立つと思っています。
近年、DeNAやソフトバンク、楽天などが球団経営に成功している事例や、DAZN(ダゾーン:スポーツコンテンツの配信サービス)の参入によって、日本でもスポーツに投資のオポチュニティを見出す企業が増えてきました。こうした追い風に期待したいですね。
取材・文:中山明子
写真:西村克也