IKEAイノベーション部門が仕掛ける「サブスクリプション型居住スタイル」の可能性

シリコンバレーや香港が示す「世界的住宅危機」の深刻さ

「シリコンバレー」と聞くと、テクノロジー企業で働くエンジニアたちが華やかな生活を送っているイメージを持つかもしれない。グーグルやフェイスブックなどのテクノロジー大手企業で働くエンジニアたちの給与は他の職種に比べ高いということがさまざまなメディアで報じられているからだ。

しかし現実はそうではないようだ。シリコンバレーの住宅価格の高騰によって、多くの人々が厳しい生活を強いられている。

その状況を如実にあらわすのが、ワゴン車など自動車で生活をする人々が急増しているという事実だ。

米メディアliveMintが報じたところによると、シリコンバレーのマウンテンビュー地区では2018年12月単月で居住目的で使用されているワゴン車・RV車の数が300台に上った。パロアルトやバークリーなど他の地区でも、同等数が確認されたという。

増え続ける居住自動車の問題は各地区の地元議会でも議論されており、2019年3月にはマウンテンビュー地区で、公道での車中泊を禁止する条例が可決。近々施行されるという。

不動産情報サイトTruliaによると、マウンテンビュー地区の家賃中央値は2018年8月に4,800ドル(約52万円)の高値を付け若干下がっているものの、2019年6月時点では4,600ドルと下げ止まっている。米国全体平均の3倍ほど高い値になっている。

また、同地区における不動産販売価格の中央値は2019年5月時点で、165万ドル(約1億8,000万円)。10年前と比較すると2倍以上増加したといわれている。


シリコンバレー・マウンテンビュー地区の様子(2018年3月)

シリコンバレー・テクノロジー大手のエンジニア給与は10万ドルとも20万ドルともいわれているが、家賃支出が多く貯金ができないというケースも珍しくないようだ。

この住宅問題の影響はテクノロジー人材に限らず都市全体に波及する恐れが懸念されている。教師や看護師、警察官、建設やインフラ関連人材など社会・都市機能を担う人材の給与が家賃高騰に追いつかず、人材が都市から流出し、社会・都市機能が弱体化する可能性が指摘されているのだ。

すでその兆候はあらわれており、住宅価格問題は早急な対策が求められている。MercuryNewsが伝えた地元コミュニティ組織の調査によると、サンフランシスコの人口流出が顕著になっていることが明らかになったのだ。サンフランシスコの流入から流出を差し引いた流出入総人口数は2014年にマイナス7644人だったが、2015年にはマイナス9,984人に増加。

さらに2016年にはマイナス3万人と流出人口が一気に膨れ上がっているのだ。また、サンフランシスコ・ベイエリア市議会が2018年に実施した調査によると、46%もの住民がサンフランシスコからの移転を望んでいることが明らかになっている。

世界各都市の中でシリコンバレーは特別視されることが多く、その住宅問題も例外的なものとして捉えられがちだが、程度の差はあるものの同様の住宅問題が世界中で起こっており、マクロな視点で考えることの重要性を示しているといえるだろう。

香港、ニュージーランド、アイルランド、英ロンドン、インド、日本でも不動産価格の高騰や都市環境の悪化などによって、地元の社会経済・コミュニティは不安定になっている。


人口過密と不動産高騰に直面する香港

IKEAイノベーション部門が目指す新時代の居住スタイルとは

世界各都市の住宅問題をマクロな視点で見ると、不動産価格の高騰だけでなくさまざまな共通課題が見えてくる。

その共通課題とは「Affordability(金銭的な住みやすさ)」「Sustainability(都市の持続可能性)」「Liveability(コミュニティの活気など)」の3つの課題だ。

多くの都市では、これらの要素のどれかが欠落しており、それが他の要素に影響し、悪循環を加速させるリスクを秘めている。

シリコンバレーと同じく住宅価格の高騰に直面する香港。多くの若者は香港からの脱出を望んでいるといわれている。香港の魅力の1つは都市の活気だが、もし若者が少なくなった場合、その活気は失われLiveabilityが弱体化することが考えられる。

都市の環境問題が深刻化しているインドでも同じことが言えるかもしれない。都市のSustainabilityが欠落した状態が続けば、人口流出を招き、Liveabilityが失われることが想定されるだろう。

新時代の居住空間デザインには、Affordability、Sustainability、Liveabilityの3つの要素を同時に実現することが求められるのだ。

こうした取り組みは先進的な企業が中心となり進められていくことが想定される。

この点で、スウェーデンの家具大手IKEAのイノベーションラボSpace10の取り組み「The Urban Village Project」は特筆に値する。

このプロジェクトはSpace10がこのほど明らかにしたもので、「co-living」というコンセプトを軸にした居住空間の創出を目指す。個別に住宅をデザインするのではなく、コミュニティの生活・居住をいかに心地良いものにするのかを念頭に置いたデザインになるという。

その前提には、Affordability、Sustainability、Liveability3つの要素の同時実現が含まれている。co-livingを推進するために、デイケアシェアやライドシェアに加え、雨水利用やコミュニティ・ダイニング、アーバンファーミングなどを取り入れていく方針が掲げられている。


Space10の「The Urban Village Project」イメージ図(Space10ウェブサイトより)

またこの一環で「サブスクリプション型」の居住スタイルが提案されている点も興味深い。Space10ウェブサイトによると、食、メディア、保険、交通、リクリエーションにおいて、サブスクリプションモデルの導入が検討されている。サブスクリプションによってこれらのコストが下がることが想定されるため、Affordabilityを高めることが可能になるという。

さらに技術的な側面では、クロス・ラミネーティッド・ティンバーと呼ばれる環境負荷の少ない木材を使い、モジュール型工法を活用し、SustainabilityとAffordabilityを高めることが可能なるとも説明している。


(画像)(画像)Space10の「The Urban Village Project」イメージ図(Space10ウェブサイトより)

世界中どこを見渡しても、Affordability、Sustainability、Liveabilityを念頭に置いて全体的にデザインされた居住空間を見つけることは非常に難しいといえるだろう。住宅建設は建設会社、コミュニティづくりは個人・自治体、交通は交通会社など、各プレイヤーがそれぞれの領域のみで活動していたからだ。IKEAのこのプロジェクトが住宅危機に直面する世界各都市にどのような影響を与えるのか、今後の動きに注目していきたい。

文:細谷元(Livit

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