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国内・国外問わず近年多くのマッチングサービスが誕生しつづけている。また採用に民泊、婚活にベビーシッターや医療など、活用されるジャンル・領域の拡大も止まらない。
誰とでもすぐに繋がることができる、インターネットの利点を活かしたマッチングサービスは、今後どのような未来を展開していくのだろうか?
今回このような問いへのヒントを聞いたのは、日本最大級のオンラインデーティングサービス「Pairs(ペアーズ)」を運営する、株式会社エウレカの代表取締役CEOである石橋準也氏だ。石橋氏は2016年よりエウレカCEOに就任し、さらに今年の4月より、エウレカの親会社であるMatch Groupの日本と台湾でのゼネラルマネージャーも兼任することとなった。
国内最大級のマッチングサービスを担う石橋氏は、この市場の未来をどのように見据えているのだろうか。
- 石橋準也
- 建築の道を目指し東京理科大学に入学するものちに中退。大学時代から始めていたエンジニアリング業務を行いながら個人でWebシステムの開発案件も請け負う。数社のIT企業を経て2013年株式会社エウレカに入社。2014年7月に同社執行役員CTOに就任。また2016年1月より取締役COO兼CTOに就任。2016年9月からは代表取締役CEOを就任し、2019年4月より親会社であるMatch Groupの日本と台湾でのゼネラルマネージャーも兼任。
全てのマッチングサービスで大切なのは、最適化された出会いを生むためのアクティブユーザー数
Pairsの市場であるオンラインデーティング領域でも続々と新しいサービスが誕生しているように、今は同じ事業領域でもいくつものマッチングサービスが乱立している。そこでオンラインデーティング領域だけではなく、マッチングサービス全般の発展において重要な点とは何なのか、石橋氏に尋ねた。
石橋 「Pairsなどのオンラインデーティングサービスに限らず、マッチングサービス全般でも、アクティブユーザー数が重要なのはほぼ間違いないと思っています。登録している人の数が増えれば増えるほど、価値が大きくなっていきます」
さらにマッチングサービス全体において共通してユーザーが求めているものとは何か、という問いに対して、”最適化”という言葉を使用して答えた。
石橋 「自分にとっての『最適化された何か』の出会いじゃないかと思います。
Pairsでいえば出会う相手の最適化であり、自分にとって理想の相手の最適化です。他にも求人市場であれば、ユーザーは最適化された結果である、理想の職や職場との出会いを求めています。このように最適化の結果である何かと出会うためにも、マッチングサービスではアクティブユーザー数、つまり母数が重要だと思っています」
現に同社が提供しているPairsの累計会員数はすでに1,000万人を突破しており、国内でトップを独走している。石橋氏の言葉は実績で裏打ちされているのだが、母数を増やすことはそう容易ではない。では、実際のところPairsはどのようにしてユーザー数を増やしたのだろうか。
石橋 「ユーザーを増やすための施策は二つあり、一つは広告で、もう一つはプロダクトとして結果を残すということです。
広告に関しては、僕らは常にサービスリリース当初から、ユーザー数自体が大きな差別化に繋がると思っていたので、広告に対して大きな投資をしてきました。今でも常に使える限界までアクセルを踏んでいて、さらに使いたいから色々な媒体を探しています。それくらい広告投資を続けています。
もう一つのプロダクトとして結果を残すということについてですが、数あるオンラインデーティングサービスの中からユーザーに選ばれる一番の理由は、友達からこのサービスで出会って付き合うことができたという、”口コミ”があることです。
Pairsをリリースしてから、今まで累計20万人以上の方がPairsを通して恋人ができています。この20万人という数字も、退会する時に任意で答えてもらうアンケートの結果であり、「Pairsを通して出会いがあったから退会します」という項目を選んだ人の実数です。
そのためアンケートに答えていなかったり、アプリを消して退会したつもりになっていたりする人も結構いると思います。そういった人達を含めると、Pairsで恋人ができた人の数はもっと多いと予測しています。
実際にPairsで恋人ができた人達から生まれる口コミは、広告からではなく純粋に登録してくれる人を増やす要因だと思っています。毎年どのサービスの口コミが一番強いかなど、他サービスも含めて大々的に動向を調査していますが、やはり口コミの力はPairsが一番強いです。この口コミでの結果が圧倒的なため、純粋に登録してくれる人も年々増えているのだと我々は考えております」
サービスに親しみを持ってもらうのに重要な指標となるのは口コミ
広告への持続的な投資、またプロダクトの結果を残すことがユーザー数を増やした要因のようだ。ではユーザーが安心してサービスに登録するための重要な指標となる、口コミに対してはどのような施策があったのだろうか。
石橋「口コミでいうと、テスティモニアル広告が一番効果はあったと思います。テスティモニアル広告とは、実際にそのサービスや商材を利用した方法を用いて、第三者の信頼性を獲得する手法のことです。Pairsだと、実際に出会った人達が出演するような広告のことです。
例えば、民泊のマッチングサービスであるAirbnbの場合、使って良かったなど、感想を普通に周りの人達に話せると思います。しかしPairsを使って恋人ができた人が、結婚式などで出会いのきっかけはPairsだと話せるかというと、まだ全員が話せる状態ではないと思います。
しかしテスティモニアル広告を行うことで、Pairsで出会って結婚したとか、Pairsで出会って結婚して子供が産まれたとか、世の中に公表するのは普通のことだと思ってもらいたかったんです。
そのためテスティモニアル広告から直接登録者数の増加を狙っているというよりかは、広告によって周りに話す障壁が低くなって口コミが増え、純粋に登録しようと思う人が増えることを狙っています。口コミを増やすにはサービスへの空気感を変えることが重要なファクターだと思います」
また石橋氏は全てのマッチングサービスにおいても口コミが大切である理由を語った。
石橋「どれだけ自分達が広告を用いてブランディングしてこのサービスが素晴らしいと謳ったところで、怖いと感じられたら結果として登録してもらえないです。しかしそういった時にどうやって親しみを持つのかというと、友達からサービスの体験談などを聞いた時だと思います。
人はどうしても新しいサービス、特にインターネットで提供されるオンラインのサービスに関しては恐れを抱きます。そのため他のマッチングサービスに関しても、口コミが重要な指標であることは同じだと思います」
人工知能(AI)を活用して、関係が持続する相性までを科学する
Pairsではマッチング精度向上などのため、人工知能(AI)も積極的に活用している。2018年12月からは東京大学 大学院情報理工学系研究科の山崎研究室とのマッチングアルゴリズムの共同研究開発プロジェクトを開始した。
すでに多くのサービスが人工知能(AI)を導入しているが、今後の展開、またマッチングサービスに導入する上で重要な点を石橋氏に聞いた。
石橋 「それぞれのマッチングサービスで、マッチングにあたって重要な要素とは何かをしっかり見極め、データを活用して実装すれば、人工知能(AI)はパワフルに働くと思います。Pairsのように恋愛、婚活でのマッチングであれば、趣味や価値観が重要だと思うので、それらのデータをベースにモデルを組んでいくのが妥当です」
また石橋氏は人工知能(AI)を活用する上で重要となる指標についても語った。
石橋「マッチングアルゴリズムを変えてから、マッチング率は劇的に伸びています。しかしこれから重要なのはマッチングしたあと、どうコミュニケーションを取って行くかです。メッセージやコミュニケーションが継続しているかという、この指標を追うのは結構難しいです。
これまでPairsではマッチング率を上げることにフォーカスしていましたが、今後はマッチングをしたあとの相性にまで研究領域を広げていく予定です。
重要なのは、『いいね」を送りあってマッチングする、その瞬間だけを求めるための指標ではなく、そのあとも関係が継続する相性の指標です。マッチングしてもメッセージが続かなかったり、実際にコミュニケーションを取って会話がかみ合わなかったりしたら意味がありません。そのあとの相性までしっかり科学するために、人工知能はPairsにとって非常に重要だと思っています」
理想の体験から逆算した施策と、安全面の強化
Pairsでは新しい出会いを能動的に探しているユーザー、また良い出会いを受動的に待っているユーザーなど、違うスタンスを持った様々なユーザーが利用しているが、それぞれの体験を損なわないよう施策を練っている。石橋氏にサービスでの体験を、普段どのようにデザインしているか訊ねた。
石橋「僕らがPairsでの体験を計画する時に特徴的なのは、数字を見ながら改善していくボトムアップのアプローチだけではなく、トップダウンで体験を作り込むアプローチも行なっている点です
まずは恋人探しをしている人を想定対象者とした時に、その人達が求めるベストの体験を考えます。その理想の体験をもとにトップダウンで、このファネルではこういう体験が必要だよね、とすぐに数字に繋がるか分からないことでも、施策に盛り込みます。もちろん数字が下がればすぐに引きますし、変動がなければ改善し、そこから向上させます」
こうした施策を行うとともに、マッチングサービスの場合、満足度の高い体験を提供する上で欠かせないのが安全面の強化だ。
ではPairsでは安全面に対してどのように取り組んできたのだろうか。
石橋「Pairsではオペレーターの常駐に加えて、写真やメッセージの投稿監視も行なっています。プロフィール情報の中に卑猥な言葉が含まれていて、それを目にする人がいたら不快じゃないですか。そういったことが起こらないよう事前に目視でチェックをして、問題があれば否認しています。
またカスタマーサポートは初めは外部で運営していたのですが、途中から内製化しました。全ては知見を貯めて運用効率をあげつつ、安心・安全の品質をあげていくための施策です
オンラインデーティングサービス自体がまだ日本では少し、ネガティブな見方をされるビジネスだと思います。だからこそリーディング・サービスである僕達が衛生要因の解消に投資するのは非常に重要です。また成長ファクターというか、安全性の確保は僕達が成長し続けるためのベースとなるものだと思っています」
デーティング領域だけではなく、安全性はマッチングサービス全般においても基盤として必要なものだと石橋氏は見解を述べた。
石橋「安全性とかに関しては衛生要因というか、あって当たり前のものだし、そこに対して投資しつづける企業が最終的に生き残っていくと思います。
ユーザー数の獲得には全力で取り組まなくても生き残っていけると思いますが、安全性をおざなりにすると間違いなく生き残っていけません」
ライフスタイルよりライフステージ。マッチングサービスを発展させるヒントとは
今現在マッチングサービスでの事業展開を考えている人は、どのような未来を見据えた方がいいのか。石橋氏にマッチングサービスでの事業を考えているビジネスパーソンに向けたヒントとは。
石橋 「マッチングサービス全般でいえば、生活を豊かにするライフスタイルサービスよりも、ライフステージをサポートするライフステージサービスの方が先ほどお伝えした”口コミ”は働きやすく発展しやすいです。
友人からあそこのお店に料理が美味しいよって教えてもらった時よりも、このサービスを使って恋人ができたよって教えてもらった時の方がインパクトがあるって思うんです。なぜならその一瞬の出来事じゃないので。
もちろんライフステージサービスにも一つ大きな課題があります。ユーザーが一定期間しか使わないため、サービスを使うライフタイムが短いことです。
一番良いのは次のライフステージも全てカバーすることですが、一度一つのマッチング領域で成功すると、グローバル展開とか、セグメントを切ってニッチ化を目指すなど、いくつかの選択肢が生まれます。そのためすぐに次のライフステージにはなかなか手を出しづらいものではありますが、弊社はいずれカバーしたいと考えています。
またライフステージ領域で戦うのであれば結果を出していくことが重要です。
例えばベビーシッターのマッチングサービスがありますが、子育てはライフステージの中でも大きな困難が伴うものです。そのため良いベビーシッターさんに巡り会えるなど、そこでしっかりと結果を出せば必然的に口コミは生まれ、2人目が生まれた時や、友人などにまた登録してもらえると思います。サイクルを生むことができるんです」
最後に石橋氏に、エウレカの今後の展開について訊ねた。
石橋「エウレカは今国内だけではなくグローバル展開も目指している時期です。親会社であるMatchグループもアメリカの会社でありながら、直近の決算発表資料の冒頭にアジアの成長戦略を記載しています。それぐらい今アジアは注目されている市場なので、我々が日本市場だけでなく、アジア展開にフォーカスしない理由はありません。
また今日本のオンラインデーティングの市場規模は500億円くらいですが、5年後の2023年には倍近くになると予測されています。今後成長する市場にフォーカスしない理由はないので、弊社が次のライフステージへと事業を広げていくのはまだまだ先だとは思います。
時期が来た時も、もちろん闇雲に事業を広げていくわけではなく、僕らのミッション・ビジョンに沿って意思決定していくつもりです」
マッチングサービスはオンライン上で人、もしくは企業とやり取りを始めるため、信頼感を得られなければユーザーは登録してくれない。そしてユーザーが安心してマッチングサービスを始める鍵は、親しい友人からの話、口コミなのである。
そして口コミを生むためはプロダクトが結果を出すのは必須事項であり、またユーザーが理想とする体験を提供することも必要とされている。
ユーザーがマッチングサービスに最も求めているものは「最適化」だと石橋氏は答えた。その最適化を実現するのに必要なのは、安全性を基盤にした信頼感と、確かな結果、つまり持続性のある、ユーザーが求めている新しい出会いを提供することではないだろうか。
取材・文/片倉夏実
写真/西村克也